1-11.転生への確信
扉が開いた。
同時に、視界の端に「デスストーカー が入室しました」という文字が浮かび上がる。
わずかな間を置いて、ドアの向こうから黄色く長い髪が見えた。
「おー……?一番乗りじゃなかったか。」
デスストーカー。5時間前、この世界で最初に出会ったチームメンバー。
その姿をみた瞬間、胸の奥にわずかな安堵が広がる。だが——
「って、凶蚊君?!あれ、来たの。」
俺を見た途端、彼は目を丸くしてこちらに駆け寄ってきた。
予想外の反応に、落ち着きかけた心臓が再び強く音を立て始める。
「あ…デスさん……何か?」
「いや、メールしたんだけど、既読つかないからさ。グループでも個人でも返信ないし、急用かな〜?って皆で話してたんだよ。」
メール……。その言葉にまた現実に引き戻される。
俺の携帯は、自室のベッドの上に置きっぱなしになっている。この世界にいては、触ることはおろか見ることもできない。
「何時間か前に、凶蚊君と一回マッチングしたでしょ。その時…ほら、なんだか慌ててた様子だったし。予定できちゃったのかもって俺が皆に説明して……。」
「あぁ……。」
「———あっ、ごめん、内緒にしとこうって約束したのにね。でも実は、ほかの皆もここで集合する前にこっそり何戦かやってたみたいだよ。ははっ、流石だよねぇ…。」
ソファーに座るデスさんは、いつもの調子で話していた。やはり、この世界と現実では同じように時間が経っているのだろう。
『これ、夢ですよね』
先の試合でのデスさんとの別れ際、ついそんなことを口走って、彼に気を使わせてしまった。しかし、5時間も経って、俺への心配は薄まったらしい。
長い時間だ。当然だ。
それに、こうやってオンラインのゲームで会話ができているのだ。相手からすれば、俺が何事もなくパソコンの前に座ってゲームを起動している と思うに決まっている。
本当に…こんな状況じゃなければ、本当に何一つ変わらない景色だ。
デスさんと俺が一足先に部屋にやってきて、くだらない話で盛り上がっていると、時間通りに犬井君が、少し遅れて〆傘さんとブラック☆マンバさんが入室する…。
そして5人が揃えば 最強のチームになって、どんな試合も勝利できる。
いつものお決まりの流れ。
深夜の集まり。
俺だって、今頃普通にパソコンの前で談笑していたはずだ。サイダーを飲みながら、コントローラーを持って……普通に………。
「…………。」
頭にはもう、一つの言葉だけが浮かんでいる。
ぐっと手を握りしめた俺は、こちらの様子を伺うデスさんに目を合わせた。
「ちょっと……いいですか。お話。」
「ん?————……あぁ、…うん。」
空気が変わったのを察した彼は、驚きながらもすぐに向き合う姿勢を取ってくれる。流石 本業有能サラリーマンだ。
チラリと部屋の時計を見ると、針は21時52分を指していた。
何年もの付き合いだし、少なくとも数分は 誰も来ないというのはお互い分かっている。
二人きりで話したい———。
せめて、デスさんには、これが異常事態なんだということを分かってほしい。長い付き合いの友人であり、安心できる、優しくて聡明な…社会人には。
これが夢じゃないなら、もう答えは一つなんだ……。
そう思いかけて、唇が 手が震え出す。
「…言って大丈夫だよ。」
「あ……えっと……。」
落ち着け。信じてもらえなくても、何か分かるかもしれない。とにかく行動を起こさなきゃいけない。
この5時間で分かった。
流石に助けがいるんだ。
「デスさん……俺…」
「うん」
全て伝えきれなくても、なるべく分かってもらえるように———!
「俺、て、転生したかもしれないんです。」
かなりの沈黙が流れる。
アバターのデスさんは固まってしまって動かない。
そりゃそうだ、いくら親しいゲーム友達とはいえ…これは冗談キツい。温厚な彼だからこそ返答に困っているのだろう。
「すみません。信じられない話だとは思うんですけど。その、まず、聞いてほしい。」
深くソファーに腰掛け、真面目な声で訴えかける。
「うーん……とりあえず、続けて。」
かろうじてそうは言ってくれたが、やはり話半分のようだ。証拠がないのだから仕方がない。
このまま変な奴だと思われて、関係が崩れてしまうのも不安ではあるが、しかし今はそんなことを言ってる場合じゃない。
ここでも躊躇ってしまったら、今度こそ後悔する。
「俺には今…、このFOR:WINSの世界が現実のように見えています。いや、多分……本物の世界なんです。実体もあるし、痛みとかの感覚もある。」
「……。」
声こそないが、彼の疑うような視線が怖かった。
「でもっ…まぁ、こんなことは言っても伝わらない。多分、何かしら幻覚を見ているだとか……思ってるでしょ…。」
頷きもせず、ただじっとデスさんは聞いている。敵に向けるような冷たい目に見える。
「俺も、夢だと信じたいです。だけど、もしあなたが…現実の世界でこの話を聞いてるなら……これは夢じゃない。自分の妄想でもない。俺は———」
異世界にいる、なんて言っても。ダメだ。笑われる。
もっと違うアプローチを。
言葉を選ばないと。
「証拠になるかは分かりませんが……現実の…、東京の俺の家。自宅、です。そこが……俺が最後にいた場所だ。」
「……。」
「俺はあの時撃たれたような激痛に襲われて、意識を失って…気づいたらここに。…そ、それで」
言葉を詰まらせるが、脳が早く言えと焦らせる。
例の件は念頭にあったが…考えたくはなかった。それでも、一番の証拠になるとも思っている。
「俺の意識は今ここにあるけど、体はゲームの中の凶蚊のものになってる。だとしたら……俺の元の体は自宅にあるってことです。」
「……。」
「転生した……なら、部屋に俺の死体があるかも————」
「よしてくれよ」
デスさんはそこで初めて口を開いた。
呆れたというようにも見えるが、何も罵倒はせず、ただため息をつくばかりだ。
死体なんて言葉…まぁ聞きたくないだろう。信じられない話で、その上こんなことを言われても困るだけ。迷惑だって分かっている。
でもダメだ。
時間がない。他のメンバーの皆も来てしまう。ややこしくなる。頼むから、デスさん、あなただけは架け橋になってほしい。今すぐには解決できなくても、理解者にはなってほしい……!
彼が 話題を変えようと口を開きかけるのを見た。もう手はない。
「すみません、お願いします、気持ち悪いこと言ってるって分かってる、けど本当なんだ……デスさん話を聞くだけでも…どうか……っ」
勢いよく立ち上がってから、俺は両膝と手を床に付け、そして心の底からの気持ちを込めて 頭も床にこすりつけた。
初めて土下座をした。
膝に、手に、頭に…布越しに床の冷たい感触が伝わってくる。少しの埃が肌に当たるのも分かる。
頭に血がのぼっていく。衣の擦れる音もする。
あぁ現実だ。この世界も本物だ。
一方デスストーカーは、こちらの挙動を見てピクリと目を動かした。
————土下座なんてモーション、あっただろうか。
凶蚊君が立ち上がった時、ソファーも反動で少し動いた気がするけど。そんな仕様はないはず……。
また長い沈黙があって、俺はもう頭が真っ白になっていた。あぁ このまま理解されず、ヤバイ奴だと縁も切られて…今度こそ一人ぼっちになる。
顔向けもできずに、俺は床に張り付いたまま動けなかった。
だがそこで、デスさんがやっと口を開く。
「…試合の時、少し様子が変だとは思っていたけど……。———やっぱりもっとちゃんと、心配しておくべきだったね。」
はっと頭を上げた。
いつもの優しい声色だ。冷ややかな視線もなくなっていた。まさか、理解を示してくれるというのか。
「いいかい、僕もネットで見た浅い知識なんだけど…。」
しかし、そう続ける彼を見てすぐに察した。この反応は、違う。
「僕たちは昨日、優勝しただろ。…それで、それまでとは生活がガラッと、突然変わることで」
真っ白な頭が、一気に暗い衝動に飲み込まれていく。
「君は一時的に強いストレスを受けて…精神的に」
転生する前、あの時ことがフラッシュバックした。何度も、何度も、絶望したあの瞬間が過る。
「少しおかしくなっちゃったのかも」
「——————違う!!違う、逆だ!!」
気づけば叫んでいた。
「なんっっにも、変わってなかった!!
優勝して、有名になって…っ 俺はっ、こんな底辺みたいな人生もやっと変わるって思ってた!!」
「……」
「でも変わらなかった…。試合で…何度も確認した…。結果は残酷だった。優勝したって……俺のことなんて…誰も興味がなかったんだ………!
なのに突然こんな世界に来て…余計俺の人生はどん底に落ちたっ!めちゃくちゃだ!
救いもない。
夢じゃない、これは…転生だ……っ。
帰る方法も、いくら探したって見つからない。俺は、一生このまま———」
床にうずくまって、肩を震わせた。
デスさんは、感情を顕にした俺を前に動揺している。
あの時彼が、優勝しても期待通りじゃなかった と打ち明けてくれたのを思い出す。同じ気持ちだったんだ。
分かってくれるだろう。
だから言葉を詰まらせているんだ。
俺だって言いたくない、認めたくなかった。
「なんで…こんな残酷な嘘つかなきゃいけないんだよ……っ。
俺だって……普通に……!
せめて皆とだけは、普通にゲームをやれるままでいたかった…!それが、俺にとって唯一の…、生きる意味だった。」
それでも、返答はなかった。ただ俺の荒い息が部屋に響くだけだった。
もうダメだ。
はたから見ればおかしい奴だよな。
向こうだってみんな、生活がある。FOR:WINSが全てじゃないんだ。
これ以上……迷惑をかけられない。
「どうもー、お疲れ様でーす。」
犬井が入室しました、の文字が浮かび上がるとともに、場違いな声が聞こえてきた。
時計の針は、22時ちょうどを指している。
「あ、やっぱ二人は集合早いね。何話してたんです?」
「———悪い、俺ちょっと予定ある。帰るわ。」
「えっ?」
俺は犬井君の姿を見るなり、急いで扉へと向かった。何事もなかったかのように、しかし震える声でそう告げると、「凶蚊君」と呼び止めるデスさんの声を背に…部屋を出る。
「え、喧嘩でもしたんですか?」
「…いや……。」
二人の会話が扉越しに聞こえながらも、俺は振り返らずに歩いた。
事情を知らない三人はともかく、デスさんがいる以上チーム部屋に出す顔がない。いや、もう彼が全員に話して…数時間後にはチーム離脱申請されるかも。
そうなったらもう、頼る術は完全になくなる。
歩きながら、もっと時間をかけるべきだったとか、言葉を選ぶべきだったとか、またくだらない後悔に苛まれた。
もどかしい悔しさや焦りや、罪悪感も押し寄せてきた。
ただ見下ろす街の明かりだけが、変わらず鮮やかな色を放っている。




