第十七話 暗黒街、抗争激化のスケッチ。
来栖ミツルが三白眼について、油断できないあれこれを考えているあいだ、塀の外ではあちこちで面倒ごとが湧いて出てきた。
カンパニーに雇われた黒と赤のズボンのチンピラたちが四人、真昼なのにランタンを灯した馬車でデ・ラ・フエンサ通りを北へ流していた。
ひとりは馭者台に、三人はなかの座席にいて、眼帯をした男の膝の上には大きな木製の箱が置いてあった。王室付きの測量士が器具をしまうような作りのいい箱で赤いニスで仕上げてあり、箱の角には花模様を彫った真鍮がかぶせてある。
箱はサンタ・カタリナ大通りの倉庫街の第七番倉庫の男から受け取ったものだ。
大きなルビーがはまった銀の鍵も一緒に渡されていて、そのルビーが今回の仕事の報酬だった。
眼帯をつけた男が箱をポンポン叩きながら、どかーん!と口にし、笑った。
他のふたりも笑い、空いた座席に置いてある四本のクロスボウを見た。大きなクロスボウですでにクランクをまわして弦を引いてある。射出用に彫られた溝は矢を放つ通常のものよりも大きかった。
辻馬車が匕首横丁にあるレリャ=レイエス商会の前に止まる。
その凝った意匠の扉をはめた入り口の左右には二体の女神像が二階のテラスを支えるように立っている。
クロスボウをもったふたりが降り、馬車に残った男が箱の鍵穴に鍵をさし、錠を解く。
ビロードで内張された箱のなかには四つの丸い爆弾がおよそ七秒分の導火線を生やしていた。
クロスボウのふたりはひとつずつ爆弾を手に取ると、馬車のランタンの火屋を開けて、導火線に火をつけ、クロスボウにはめ込むと、まず二階のテラスめがけて、引き金を引いた。
白い煙を引きながら、爆弾はテラスへ弧を描いて落ちていき、爆発とともに木片とガラス片が燃えながら落ちてきた。
もうひとりの男は右の女神像を狙った。
爆弾は女神像の首にぶつかり、閃光と轟音ののちに女神のへそから上がズタズタの醜い石塊と化す。
最初に撃った男が三丁目のクロスボウを取り出したころに扉が開き、レリャ=レイエス商会の組員たちが外に出た。
三つ目の爆弾は慌てて手をふりまわす組員たちの上を飛びすぎ、なかに飛び込んだ。
扉とガラス窓が全て吹き飛び、組員たちがなぎ倒されると、ふたりは馬車に飛び込み、馭者のチンピラが馬の尻に手綱を打ち、現場から逃げた。
匕首横丁を疾走し、白ワイン通りを西へ進んだころ、馬車のなかのチンピラたちは手を叩きあった。
「ざまあみろ!」
「見事吹っ飛んだぜ!」
眼帯の男も嬉しさで声が上ずった。
「ちゃんと四発叩きこんだもんな。ありゃあ、見事だった」
すると、クロスボウのふたりがきょとんとした。
「いや、使ったのは三個だけだぜ」
「でも、箱は空っぽだ」
「クロスボウを見ろよ。一本だけ弦が巻いたまんまになってるだろ?」
「じゃあ、最後の一個はどこに行ったんだ?」
最後の一個は眼帯の男の座席の下を転がり、その導火線はまだ手で触れないくらい熱いガラス片にぶつかった。
およそ七秒後、四人のチンピラはバラバラに焼きちぎれながら、ロデリク・デ・レオン街を高く飛ぶことになる。
――†――†――†――
甲冑職人街にある診療所が本当は診療などしておらず、カンパニーと手を結んだ男の賭場であることは誰でも知っていた。
男は抜け目ないつもりでいたので、しっかり賄賂も払い、歩合制給料のせいでいつも利権を目ざとく探す捕吏たちを警備員がわりに使っていた。
ただ、甲冑職人街には大きなスラム街である金塊市場があり、そこにデル・ロゴス商会が本拠地を持っていることについては深く考えなかった。
ロデリク・デ・レオン街で爆発があったころ、聖院騎士団の証を剣の柄頭から垂らした五人の騎士が診療所のドアを破り、地下の事務所で金勘定をしていた男の身柄を取り押さえた。
「お前には賭博容疑がかかっている。支部まで同行してもらおう」
男は騎士の剣の柄から下がる金属片を見て、肩をすくめた。
「代言人が来るまで、何も話すつもりはない」
「好きにしろ」
一時間後、金塊市場の一階、あばら家に囲まれた広場でデル・ロゴス商会が地元の住人相手に無料のふるまい鍋がつくっていた。
直径三メートル以上ある大きな鍋にはいろいろな獣の肉が煮えていて、骨のついた肉片が浮いたり沈んだりしている。
「火力が足りないな」
鍋の面倒を見ていた組員が言うと、そばにいた別の組員が、これを燃やせ、といって、聖院騎士の制服を炉に突っ込んだ。
――†――†――†――
数字が配されたグリーンのラシャのテーブルと小ぎれいな青のお仕着せのディーラーたち、シャッフルするとパリッと音がする新品のトランプに観葉植物まで用意したこの賭場は紳士淑女のための上品な〈遊び場〉であり、娼婦と密造酒を絶対に入れないことで品位を保っていた。
罪で錆びついたカラヴァルヴァでは平日の昼間からギャンブルに没頭する連中を紳士淑女と呼ぶのだ。
だが、ピストルと山刀で武装し、一週間風呂に入ってないひげもじゃの男二十人を紳士と呼ぶほどカラヴァルヴァは狂ってはいない。
この二十人の強盗は顔を隠さないどころか、おれたちはドン・ガエタノの子分だと大声で吠えた。
ガエタノ・ケレルマンの山賊時代からの古参子分メッシーナはこの手の強盗はもうやり飽きたというくらいやってきたので、いろいろコツをつかんでいた。
「てめえら、全員手を上げろ! でねえと、ぶっ殺すぞ!」
そう叫びながらコインを蹴散らし、ルーレット・テーブルに仁王立ちした。
メッシーナは経験豊かな山賊だったから、ここでひとり殺しておけば、その後の金目のものを集める作業が実にスムーズにいくことを知っていた。
「くそっ、なんてこった」
そうこぼしたのはブラックジャックのテーブルを担当していた若いディーラーだ。
別に見た感じに反抗的なところも不快なところはないし、なかなか骨がありそうで好感が持てる。
メッシーナはためらわずそのディーラーを撃ち殺した。
今日は朝から金貨三十枚勝っているご機嫌な官吏夫人の顔に血と脳漿が飛び散って、悲鳴が上がる。
だが、メッシーナが銃を向けると、彼女は自分の手で口を塞いで黙った。いま、彼女の胸中に強く訴えるのは、目の前で人の脳みそが吹っ飛ばされたことでも、野蛮な山賊が自分の命を脅かしていることでもない、ここで死んだら金貨三十枚を使えないという感情だった。
「おれたちにとっとと消えてもらいてえか? じゃあ、金目のモンを全部出せ!」
まあ、結局は山賊に奪われるのだが。
その後、山賊たちは「また来るからせいぜい稼いどけ」と嫌な捨て台詞を残して去っていった。
しばらくのあいだ、残された人びとは放心状態になったが、誰かが「賭けは? もうおしまいなのかよ?」というと、何とか隠しおおせた小銭でゲームが再開された。
――†――†――†――
その小包はどこにでもあるごく普通の小包だった。
防水のための油を引いた茶色いガサガサした紙で包み、白い糸を十字に渡して最後を片結びにしたものでふってみても音はしない。
この手の小包はカラヴァルヴァじゅうで一日に何十個とつくられ、配達屋の手で運ばれる。
ガサガサした紙で包んだ音のしない小包は北河岸通りの魔族居住区よりも東の街にある剥げた漆喰からレンガが見える贋金師の家のポーチに置いてあった。
これを運んだ九歳の少年は、背が高くて声がしゃがれた男に大銀貨一枚で配達を頼まれた。男は注意して運べとか、中身が壊れやすいとも言わなかった。まるでなかに詰まっているのは刈ったばかりの羊毛しか入っていないときと同じように箱を託した。
だが、箱を持ってみると、やや重い。羽毛や羊毛で出せる重さではなかった。
男は配達屋の少年に小包を託すと、さっさと外国行きの船に乗って街を出た。
少年はというと、割のいい仕事をもらえたことに上機嫌で、ときどき小包をポーンと空に放って、下で受け取るということを繰り返した。一度、落としそうになったが、何とか落とさずに済んだ。
あとで受取人から荷物を粗末に扱ったと苦情を受けても面白くないので、小脇に抱えて、持ち歩くことにした。
「おい、アズール」
同じ配達屋稼業の少年に呼びかけられ、アズールは足を止めた。
「なんだよ?」
「さっきから街ででかい音がするぜ」
「ケツのでかい象みたいな女が尻もちついたんじゃねえの?」
「ゾウってなんだ?」
「でかい動物さ」
「牛よりもでかいのか?」
「でかいな」
「トロルよりでかいか?」
「そこまででかくない」
「それ、箱。配達か?」
「まあな」
「いくらだ?」
「銅貨十枚」
アズールは嘘をついた。
配達屋稼業をする子どもはみないい仕事にありついたら、それを秘密にする。
うまくいけば、この客を囲い込めるからだ。
「しけてんなあ」
「お前の、その荷物は?」
「おれも銅貨十枚だあ」
「しけてんなあ」
「じゃあ、おれ、行くぜ」
「おれも行く。じゃあな」
こうして、小包は届けられた。
十数分後、徹夜仕事で起きたばかりの贋金師が姿をあらわした。
小包が目にとまる。
贋金師は特に考えもなく、小包を軽く蹴った。




