第十二話 カンパニー、ポッキーとトッポをなめてもらっては困る。
〈王子〉の発射した弾丸はその黒人の腰骨を砕いた。
崖を転がり落ちるのを眺めて、猟銃を従者に渡し、装填済みの銃と取り換える。
「さすがでございますな。殿下」
殿下、と呼ばれた小太りの中年は本物のロンドネの王子だった。
王位継承順位は八位。本来なら大公と名乗るべきなのだが、なぜか王子の称号をもらっていた。
おそらく国王が〈王子〉の姉だか妹だかを妾にしているからだろう。
エインズワース卿はもし〈王子〉がロンドネ国王に即位するなら、海外に移住することを本気で考えている。
そのくらい無能なのだ。この〈王子〉は。
顔が子どもっぽいだけでなく、中身も子どもっぽい。
得意なことと言えば、性交と狩猟くらいだ。
「エインズワース卿。やはり狩猟は人間に限るな。それも新大陸から連れてきた黒い人間がよい。魔物や亜人では得られぬ味がある」
「殿下のおっしゃる通りでございます」
それでも理事会のメンバーにしているのは王室とのつながりを利用するためだ。
「次の黒人を放て!」
馬車に積まれた鉄の檻が放たれると、ごわごわした白い布を腰に巻いただけの黒人がふたり外に出される。
彼らを王室専用の狩猟地区の森に放し、勢子と犬を使って狩り出し撃ち殺す。
「まさに貴賓の趣味だ」
獲物が窮鼠猫を噛むで襲いかかることを考え、大勢の護衛を連れながら、エインズワース卿が初夏の緑が蒸すように育とうとしている、森の道を進む。青いカエデが鳥の歌う天蓋をつくり、水の染み出す苔や小川が朽ちた葉の重なりを湿らせている。
この森はカンパニーが国王に寄進したものだった。
アルビロアラ沼沢地の寄進を潰された代わりだ。
〈王子〉は〈将軍〉とどんな羽根飾りが騎兵の閲兵において最高の見栄えを飾るかについて話し合っている。〈将軍〉には悪い趣味があり、しきりに〈王子〉にクーデターを起こして、独裁者になり、ロンドネを救うようにけしかける。
そのときの〈将軍〉のべた褒めはちょっと異常なくらいなのだが、それに気づく〈王子〉ではない。〈将軍〉はけしかけるのが好きなのだ。それが相手を破滅に導くと知っていながら。
さすがにいまロンドネでたとえ未遂で終わるとしてもクーデターなど起こされては困るし、〈王子〉にもまだまだ使い道がある。
〈将軍〉にそれとなく、もういいだろうと言おうとしたとき、カンパニーの軍服のなかでも特に華美なものを着た社の早馬が森のなかを駆けてきた。
伝令はエインズワース卿に言った。
「〈判事〉閣下と〈頭取〉閣下が山荘にお着きです」
「わかった」
エインズワース卿が山荘に戻ると、〈判事〉と〈頭取〉は庭園のほうにせり出したテラスにいた。
「それで――」
と、エインズワース卿はすでに自分のための軽食が用意されているテーブルについた。
「ノヴァ・オルディアーレスの話だときいているが?」
「株価が上がっている」
〈頭取〉がかけていた眼鏡をナプキンの上に投げ出し、目頭を押さえながら言った。
「それで、何かまずいことなのかね?」
「高すぎるんだよ。この四日で三十倍だ」
「三十倍?」
「まだ上がり続けている」
「この四日間のあいだに突然、ノヴァ・オルディアーレスの経営構造が劇的に変化する何かがあったと言いたいのか?」
「エインズワース卿。言わなくても分かるだろう? 四日前といえば、カラヴァルヴァのボスたちを一度に収監した日だ」
「もっと言えば、クルスを収監した日だ」
〈判事〉の言葉にエインズワース卿の白い片眉がつり上がる。
「ノヴァ・オルディアーレスの時価高騰の裏にクルスがいると?」
「最初は小さなものだった。刑務所内では適度なガス抜きとして、ある種の薬とそれに服装倒錯者の性行為を売っていた。ところが、クルスが入った次の日にはその購買にポッキーとトッポという二種類の菓子が加わった」
「たかが菓子でこの高騰が?」
「ノヴァ・オルディアーレス刑務所はこのポッキーとトッポの販売について独占契約を結んだ。つまり、カラヴァルヴァの菓子ギルドで製造された焼き菓子がノヴァ・オルディアーレスへ運ばれ、それがまたカラヴァルヴァに運ばれて、販売される」
「それがクルスの仕業だという証拠は?」
「ベラスケスはこの焼き菓子販売に関するアイディアの出元はダウンという刑務所内の犯罪組織の首領から出されたものだという。さらにそのダウンは菓子屋ギルドに従兄弟がいるという、やつの獄外の手下から進言された。そして、菓子屋ギルドはクルスの支配下にある。もちろん、そこにクルスが具体的な命令を飛ばした証拠はない。それどころかクルスは菓子屋ギルドに何ら役職を持っていない。一見すると、クルスは無関係に見える。だが、事実だけを見れば、どうだ? 菓子屋ギルドはポッキーとトッポの製造販売を行っていることを秘密にしている。だから、普通の人間からはポッキーとトッポは刑務所内労働で生み出されたと見える」
「それが株価高騰につながるのか」
〈頭取〉がいらつき気味の手でコーヒーを混ぜる。
「さきほど〈判事〉はクルスは無関係といったが、やつらはカラヴァルヴァで様々な商売に手を出している。菓子屋ギルドには確かにクルスは何ら役職を持っていない。だが、菓子屋ギルドに小麦粉を供給する会社がクルスのものだし、製粉業ギルドはクルスからの融資で風車を生み出している。さらに言えば、ロンドネ南部の農家のかなりの数がクルスに小麦を売っている。これは氷山の一角だよ。エインズワース卿。漁船団、冶金業、出版、貨幣師ギルドにも影響力があるのだ。ヴィンチェンゾ・クルスには徴税人の帳簿に載らない商売がたくさんある。そしてコネもな。そのクルスがノヴァ・オルディアーレスに収監され、その翌日にはポッキーとトッポが売られだした。大学を出ていなくても、これはクルスが秘密裏に関係していると誰もが思う。そして、クルスはカネ儲けでしくじったことはない。大勢の投資家はクルスを黒幕としたさらなるビジネスがノヴァ・オルディアーレスから生まれるのではと期待し、監獄株を買いに走っている」
〈判事〉は首をふった。
「エインズワース卿。クルスは、あれは化け物だ。自分が人から黒幕として期待されていることを利用し、子ども向けの菓子の販売だけで、株式投機熱を作り上げた。やつはこれまで我々が相手にしてきた敵とは違う。これまでの敵は我々に損をさせることで我々にダメージを与えようとした。だが、クルスは我々に得をさせることでダメージを与えようとしている。その戦術がまったく読めん」
遠くで銃声が鳴った。〈王子〉がまたひとり仕留めたのだろう。
エインズワース卿は軽く咳をした。
「諸君。我々は営利企業だ。クルスが我々を儲けさせたいというなら、いくらでも儲けさせてもらおうではないか。我々がやつらの商売を全て奪っても、そんなことができるか、試しに見るとしよう」




