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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
カラヴァルヴァ ノヴァ・オルディアーレス騒乱編
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第十一話 ラケッティア、ユーチューバーへの忠告。

「おい、面会だ。あんた、人気者だな」


 一日に三回の面会。

 なんか、おれってどうして刑務所入ってるんだっけ?

 許可するほうも許可するほうだけど。


 カサンドラ・バインテミリャが看守ひとりをボコボコにした菜園近くの柱廊でガエタノ・ケレルマンに会った。


 このじいさんはおれにリンゴをひとつくれた。


 どうやら、厨房から失敬したらしい。

 このじいさんは根が山賊だ。

 このじいさんの残虐非道な列伝はそれこそ長さ三キロの巻物に収まりきらないほどだが、このじいさんが一番好きなのは殺しではなく、盗みだ。


 物心ついたときから手につくものはかっぱらって生きてきた。

 自分で盗んだベーコンとタダで食べさせてもらえる最高級ステーキなら迷わずベーコン。

 官人獣医を抱き込んで病気の牛を高く売るよりも、蛮刀をふるって家畜泥棒に励みたい。


 それがドン・ガエタノ・ケレルマンなのだ。

 たぶん、シチリアやカラブリアの山賊たちはこんな感じなのだろう。


「カサンドラ・バインテミリャがボコボコにした看守のことはきいたか?」


 言っておくけど、ここにはおれを面会室まで連れていく看守がひとりいる。

 ガエタノ・ケレルマンが見張りの看守なしで菜園をうろついてるのも大問題なのに、このじいさんはさらにまずいトラブルについて語ろうとしている。


「現場を見ていたよ」


 これは威力偵察だ。

 カンパニーの手下がどれだけおれたちに手が出せるかの。


「奇跡的に生きてたそうだ。でも、そいつ、目ん玉は潰れて、喉も潰れて、顔はまったくプラムみたいに真っ赤に膨らんでるからうなずくことができん。そいつの耳元で、といっても鼓膜の破れてない左耳の元でだが、誰がやったか指を差せって言っても目が見えないし、名前も言えねえ。カサンドラ・バインテミリャがやったのかってきいてもうなずくことができねえ。顔がパンパンに脹らんだからな。こうして『カサンドラ・バインテミリャ看守ボコボコ事件』は迷宮入りしたわけだ」


 夕日がガンガン照ってくるので看守の顔が怒りで赤くなっているのか、それとも蒼褪めているのかは分からない。


 ただ、確かなことはドン・ガエタノ・ケレルマンが話したいだけ話した後になり、ようやくおれを面会室へ連れて行ったことだ。


 逮捕されたボスのなかで一番大人しいのはおれだろう。

 それは間違いない。そして、誰が一番凶暴かでは、おれ以外の四人が同率一位だ。

 レリャ=レイエス商会の黒のジョヴァンニはカサンドラやドン・ガエタノ・ケレルマン、それにフェリペ・デル・ロゴスとドン・ウンベルト二世に比べれば大人しそうだが、たぶん怒ったらマジで怖いのはこの人。

 ラソ兄弟やフェリペ・デル・ロゴスのことでもめたとき、速攻で殺そうとおれに持ちかけたのはこの人だし。


「ほら、ついたぞ。この部屋だ」


 面会室は夕暮れ時で、果たしてランプをつけたほうがいいか、それともまだ西日でいけるか、ギリギリのところ。

 いや、五分もすれば真っ暗だよ。


 そんなわけでいつもの見張り四人が壁の燭台に獣脂の蝋燭をつける。


 なんと面会席にいたのはロジスラスとイリーナだった。


 おれは対面に座ったが、四人の見張りが部屋の四隅に立ったままだ。


「きかれてもいい話題なのかね?」


「いや」


 どうもおれが人払いの賄賂を払わないといけないらしい。

 こんな調子で面会するたびに賄賂払ってたら、この四人は早晩億万長者だ。


 しかし、聖院騎士団の諜報機関が四人の看守に払う賄賂もケチるとは。

 さてはこいつら、あんまり予算もらってねえな。


 そういえば、こんな話がある。


 映画で主人公の正義のFBI囮捜査官が盗聴器をつけてマフィアと会い、マフィアが盗聴器に気づくと踏みつぶして壊し、それをきいていた本部が大変だ、出動する!ってことになるが、あれはフィクションらしい。


 確かにFBIはマフィアの家やたまり場に盗聴器を仕掛ける。

 でも、マフィアは盗聴器を見つけると、電池を抜くだけで壊したりしない。


 ボナンノ・ファミリーの幹部カポだったジョーイ・マシーノの酒場はマシーノと手下たちのたまり場だったのだが、定期的な盗聴器調べを専門家を雇ってやったところ、トイレから盗聴器が見つかった。


 マシーノはその盗聴器の電源を切って、バッテリーを抜くと、靴の空き箱に入れて保管しておいた。


 なんで、そんなことをするのか。


 それはFBIの罰ゲームのせいだ。

 予算が潤沢ではないFBIには発見された盗聴器は回収してこいという命令がある。


 だから、マフィアに盗聴がバレたら、盗聴責任者はマフィアのもとに行き、「あの、すいません、盗聴器返してください」と言わないといけないのだ。


 マフィアからしてみれば、こんな笑えることはないだろう。


 ちなみにこれは蛇足の蛇足だが、このマシーノ、のちにボナンノ・ファミリーのボスになり、そして、五大ファミリーで初の警察側に寝返ったボスになる。

 これまでアンダーボスやコンシリエリの寝返りはあったが、ボスが寝返るとは。


 そもそも、ボスに売るものあるか?


 裏切り者は常に上にいる人間を売る。

 兵隊ソルジャー幹部カポを売り、幹部カポはアンダーボスを売り、アンダーボスはボスを売る(ちなみに前に出てきたアーリアン・ブラザーフッドに殺しを断られたジョン・ゴッティはアンダーボスに売られた)。


 で、ボスは何を売るのか? 売り物がないですな。上に誰もいないから。


 しかし、マシーノは売らないわけにはいかなかった。

 というのも、今回の裁判から量刑の基準が変わり、複数の殺人に対して、かなり厳しくなったからだ。

 マシーノは死刑判決がほぼ確定していた。

 もし死刑判決が下れば、レプケ・バカルター以来の死刑になるマフィアのボスである。


 全盛期なら、黙って処刑されただろう。

 バカルター始め、マーダーインクの殺し屋たちは黙って電気椅子に座ったのだ。


 さて、マシーノは何を売ったのか。


 なんと「手下たちが連邦検事を殺すつもりだ」と言ったのだ。


 これ、ホントにひどい話。


 マシーノのもとに代理ボスのヴィンセント・バシアーノが面会にやってきて、むかつくから連邦検事のグレッグ・アンドレスを殺しちまおうぜと言ったらしい。

 だが、普通に考えれば、そんなこと不可能だし、やればマフィアへの締め付けは半端じゃないものになり、マシーノはマジで死刑になる。

 それだけではない。全米の連邦検事とFBIがマフィアを徹底的にガサ入れする。

 バシアーノはよくて刑務所、悪ければ他のファミリーのボスたちに殺されるだろう。

 ダッチ・シュルツだって地方検事を殺す、マジでぶっ殺すと言って、他のボスたちに殺されたのだ。


 だから、ありえない話だった。


 そもそも、マシーノがボナンノ・ファミリーのボスになってから、五大ファミリーで初めてネット証券を取り扱うなど若干経済マフィア化が進んでいて、殺しに躊躇が出始めていた。


 マシーノ自身は殺せ殺せで死体を道端に放置する昔の方式を採用していたが、手下たちはそうではなかった。


 というのも、マシーノが逮捕された後、マフィアのたまり場に仲間がやってきたが、そいつが盗聴器をつけていることが分かった。


 普通だったら、酒飲ませて、人気のない、FBIのバックアップがない場所に連れ出して拷問して殺したが、なんとマシーノの部下たちはその盗聴野郎に「お前、盗聴バレてるよ」みたいなことをほのめかして、そいつを追い出し、なあなあの解決をはかったのだ。


 そんな連中が連邦検事を殺せるわけがない。

 それを知っていながら、マシーノはバシアーノの連邦検事暗殺計画wwwを売ったのだ。


「そんなことあるわけないと思うが、しかしマジで連邦検事が殺されては洒落にならん」


「そーだ。嘘発見器にかけてやろうぜ――嘘じゃねえか、このデブ!」


 嘘だったらしい。


 てめえ、このデブ、こんなもん売り物にならねえぞ、と凄むFBIにマシーノは自分が盗聴器をつけて、バシアーノと話すからチャンスをくれと言った。

 マジで死刑が嫌だったらしい。


 哀れなバシアーノに対して、マシーノは誘導尋問みたいなことを繰り返したが、バシアーノの口からは連邦検事のれの字も出てこなかった。


 ただ、バシアーノは最後の最後で「ランドルフ・ピッツォロの野郎をバラしたいんで、やる許可をください」と言ってしまった。


 ランドルフ・ピッツォロとは準構成員アソシエイツで末端の末端にいるチンピラだったが、FBIはこれでよしとした。


「まあ、しょうがねえ。これで我慢してやる」


「じゃあ、おれはこれで」


「は? まだ、終わりじゃねえぞ。こんなカスみたいなチンピラ殺しの許可くらいで満足すると思ってんのか? おら、ジャンプしろよ」


 FBIは一度情報のカツアゲを始めると止まらない。


 それからマシーノはマフィア絡みの殺しで行方不明になっている連中が埋められている場所を吐かせまくった。


 そのなかには『グッドフェローズ』のジョー・ペシ演じるトミーのモデルであるトーマス・デシモーネや、前述アーリアン・ブラザーフッドに殺しを依頼して断られたジョン・ゴッティの十二歳の息子を誤って自動車で跳ねて死なせてしまった家具屋のマネージャー、ジョン・ファヴェラの死体もあったとか。


 ただし、これもほとんどが嘘だった。


 そうだ。蛇足の蛇足の蛇足になるけれど、よい子のパンダのみんなも興味があるかもしれないから教えておこう。


 マフィアのボスの息子を自動車で跳ねて死なせてしまったら、どうなるか?


 バットでメチャクチャに殴られ、生きたままチェーンソーでバラバラにされるらしい。


 どんどん話を脱線させるけど、メキシコのユーチューバーがメキシコの麻薬王を馬鹿にして殺されたというのもある。


 組織犯罪に興味があって犯罪系のまとめサイトを見ているよい子のパンダのみんななら「ロス・セタス」という麻薬組織についてきいたことがあるだろう。


 メキシコ軍特殊部隊出身の連中が始めた麻薬組織で最新の武器と通信設備を使い、さらに敵対者はギャングだろうがカタギだろうが、判事だろうがジャーナリストだろうが、そして女子どもだろうが構わず殺しまくり、その手口がどこまでも残酷で、たいていはバラバラにした死体を道にばらまき、死体にはロス・セタスの印であるZを刻む。


 ところが、メキシコのギャングのなかにはあんなの公務員崩れじゃねえかと馬鹿にし、どれ、いっちょやってみるかとロス・セタスの主要メンバー三十五名を殺害したさらに凶暴なやつがいる。


 それがハリスコ新世代カルテルのネメシオ・オセゲラ・セルバンテスというすごく面白そうな小説を書きそうな名前のボスなわけだが、これを馬鹿にしまくったユーチューバーがメキシコにはいて、それを見たセルバンテスはこの馬鹿をぶっ殺してこいと命じて、本当に殺されてしまった。


 ちなみにオバマ大統領は世界の危険な犯罪組織をいくつかリストアップして銀行に預けたカネ使えないようにしてやると言ったとき、リストにはロス・セタスと一緒に山口組も載っていたとか。


 よい子のパンダのみんなもユーチューバーになって再生数を稼ぎたいと思っても、犯罪組織だけは馬鹿にしてはいけません。

 もちろん、警察はもっと馬鹿にしてはいけないが。


 さて、じゃあ、ロジスラスの言い分をきいてみよう。


「市内はパニック寸前だ」


「わしらが捕まって一日も経っていない」


「カンパニーはあんたたちの商売を乗っ取ろうとしている」


「なら、お相子だな」


「どういう意味だ?」


「わしもここの刑務所の株を買おうとしている。手始めに購買にヤクとオカマ以外にも売り物を増やして、高収益化を図るつもりだ」


「自分を収監する刑務所に利することをするのか?」


「わしはただの善良な一般市民だ。市場と宿屋を持っていて、友人たちの好意を頼りにささやかな商売をしている。刑務所が儲かり、それにより犯罪者の更正が進めば、みんなが幸せだ」


「……なにをたくらんでいるの?」


「なにも。先ほども言った通り、わしは善良な一般市民だ。一般市民として、できることをしている」


「カサンドラ・バインテミリャやガエタノ・ケレルマンも?」


「彼らはただの商売人だ」


「ここにはわたしたちしかいないし、わたしもここでの発言をどうこうするつもりはない。今度のことを、どう思っているのだ?」


 ロジスラスのやつ、結構焦ってるな。

 よっぽど街の治安が悪くなっているらしい。


「どうって? 治安裁判所の長官が一部の企業の便宜を図り、わしらのような善良な市民を空飛ぶ刑務所に閉じ込め、しかも、その購買ではポッキーもトッポも売っていない。そんな目にあわされたからと言って、わしがレンディックのことを死ねばいい、できれば一番ひどい死に方をすればいいと思っているかということか? こたえはノーだ。官憲殺しの大変さは知っている」


「あんたがこの街にきた直後、治安裁判所の長官がやはり殺されているな」


 懐かしいな。

 あれはあのボケが欲をかいて、街じゅうの犯罪組織を敵にまわしたから死んだんだ。

 そして、口が裂けても言えないが、あのとき、実際に引き金を引いたのはイヴェスだ。


「イヴェス判事はどうしている?」


「出世した。裁判所歴史編纂室長だ」


「給料は多少はよくなったのかな?」


「そうらしい」


 左遷か。


「わしとしてはこのカラヴァルヴァが平和で女性も夜ひとりで歩くことができる都市になってほしいと思っている。だが、レンディックはその邪魔をしている。とりあえず一週間、司法の人間の自浄作用に賭けてみようかと思っている。だが、カンパニーの力がそれよりも強いとなると、まあ、わしらとしてはこの不当な拘留を終わらせるために新しい段階に解決策を探さないといけない。たぶん、きみとまた話すのはそのときだろう。ああ、そうだ。ダミアン・ローデウェイクはどうしている?」


「誰にもなびかない。悪党を叩き潰すだけだ」


 あの警吏、賄賂が効かないからな。

 カンパニーに尻尾をふるほど器用な性格をしてるとも思えない。


 つまり、司法サイドにはカンパニーの影響下にない連中もいるってことだ。


 目の前のこのふたりみたいに。


「もうじき面会時刻も終わるだろうから、わしから忠告しておこう。あんたたちが表立ってカンパニーに逆らうようなことはしないことだ。やつらを潰す方法はひとつ、儲けさせてやることだけだからな。そんなことは天地がひっくり返っても、あんたたちの予算では無理だろう?」

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