第十話 ファミリー、株式譲渡。
ウェティアとフェリスが立派なマフィアエルフとなるべく、弓を捨ててパーカッション式リヴォルヴァーを持ち歩き、自分たちでは殺しも引き受けられるというが、そのこけたら爆発するニトログリセリンみたいな体質のせいで依頼人はみな怖がって、ふたりに暗殺を頼みに来ない。
ふたりはあれからいろいろ試していて、まず弓術士だったころの経験をパーカッション式リヴォルヴァーに活かせないか、〈ラ・シウダデーリャ〉に工房をもらったフレイのもとに相談に行く。
その日もフレイをたずね、以前作成を頼んだ弾丸を引き取りにきた。
フレイの工房にはギル・ローが入り浸っていて、フレイの機械技術にギル・ローの錬金術テイストが加味され、死なないメガンテ姉妹やクレオ、シャンガレオンが銃を持ち込み、工房はいよいよヤバい場所になっていった。
地方からのカラヴァルヴァ旅行ツアーで「特にヤバい場所を案内してくれ」と言われたら、ケレルマン商会の正面や魔族の〈大当たり亭〉と一緒にチョイスされるほどのヤバさである。
「こんにちはー」
「おや、ウェティアさんにフェリスさん。弾丸ですか? 完成してますよ」
フレイがふたりに渡した小さな包み紙のなかには弾とも種ともいえない奇妙な球体が六つ。
「試射を行ったところ、ターゲットへ与える損傷は三八二%増加。戦争における国際陸戦法規をクリア。対コスト効率では八九%と低調ですが、威力に偏向した結果と言えます」
「ずばり、その心は?」
「人体への使用は合法でダメージは増えますが、高いです」
「その点、心配いりませんわ。別に乱射するわけではありませんから」
「クルス・ファミリーの収入を考えれば、何らかの弊害が発生するほどのコストではありません」
さて、カルデロンが来栖ミツルからノヴァ・オルディアーレスの株式を買い集めろという話が出てから、カラヴァルヴァ市内の大口株主の名前をリスト化し、交渉に当たることになったのだが、この街で金持ちになるにはそれなりの根性と悪徳が必要で、どいつもこいつも海千山千の投機家ばかり。
そうした連中にウェティアとフェリスを送りつける時点で説得する気はゼロで、ふたりも対暗殺装備で株主のもとに向かった。
相手は三百株保有のグラッツという山師で自前の両替商を赤ワイン通りに持っていた。
娼婦と蒸留酒、スピード超過の辻馬車、窓からゴミを捨てるモラルの低下はいつものことで、グラッツの銀行は三日前に殺人事件があった家のふたつ隣にあった。
モラルの低下した街にふさわしいモラルの低下した門番はウェティアとフェリスを見ると、
「なんだ、お前ら? 最近流行りのエルフ売春婦か?」
ウェティアは驚いてたずねた。
「そんなものが流行っているのですか?」
「いや、流行ってねえ」
「え? でも、さっきこの人流行ってるって言ったよ? お姉ちゃん、確かにきいたもん」
「言ってねえったら。で、お前ら、なんだ?」
「わたしたちはマフィアエルフですの」
「なんだ、そりゃあ?」
「ちょい悪なエルフのことだよ~」
「それが何の用だよ」
「グラッツさんに用があってきました」
「予約は?」
「してません」
門番は横柄な態度をとる前に、ふたりがはくぴったりとしたズボンの腿に縛りつけられたホルスターを見て、ちょっと考えた。
「お前ら、どこの身内だよ?」
「クルス・ファミリーですわ」
「なに? クルス? 今朝、ぶち込まれたばかりじゃねえか。――おい、まさか、グラッツの野郎、クルスを密告したのか? 冗談じゃねえや、月金貨二枚でやってられるかよ。おれは何にも知らないぜ。やつは三階にいる。いいか、おれは何にも知らないからな」
こうして何にも知らない男は去った。何にも知らないとは言っていたが、彼の雇い主が何階にいるかは知っていた。人は往々にして自己の把握をしくじることがあるが、ふたりは気にしないことにした。
グラッツはふたりがあらわれても驚くような様子は見せなかった。
丸々と太った体を金メッキの鋲で綿入りの革をとめた椅子に深々とおさまり、投機家が誰かをだますときによくやる余裕の肩すくめをしてみせた。
「これは、これは。レンディック判事の言ったことは正しかったな。クルス・ファミリーがやってくると言っていたが、こんなにすぐ来るとは。大したもてなしもできないが、まあ、用件をきこうか」
勧められた椅子を無視し、ふたりはグラッツが持っている三百株を一株金貨一枚で買うと申し出た。
「市場価格の二倍以上の値段です。お互いいい取引だと思いますが」
「それがねえ、レンディック判事は株をきみたちに売らなければ、無担保無利子無期限の融資を金貨千枚してくれることになっている。つまり、株を売らなければ、わたしは総資産が金貨一千枚増えるということだ」
「つまり、断るということですか?」
「その通り。あきらめたまえ。資金力ではきみらはカンパニーに勝てない」
「姉さま」
「うん。これはしょうがないねえ」
ふたりは銃を抜き、グラッツの頭に突きつけた。
ウェティアはベルトの革の箱から書類を取り出し、グラッツの前に放った。
それはノヴァ・オルディアーレスの三百株を無償で譲渡するという公証人作成の書類でグラッツのサインを待つだけのところまできていた。
「これにサインしてください。そうしたら、命だけは助けます」
グラッツは笑った。
「カンパニーが何の対策もしないと思ってるのか? お前らが力ずくで来ることは想定済みだ」
重い金属がぶつかり合う音がして、振り向くと、飾られていたふたつの鎧が大きな斧槍を手に動き出すところだった。
「カンパニーが販売を考えている魔法生物だ。その鎧はかのブラン王が身につけた本物だ。ちょっとやそっとの弾丸など受けつけないぞ。形勢逆転だな」
「どうしましょう、姉さま」
「どうしようか、ウェティアちゃん」
「とりあえず撃ってみましょう」
「そだねー」
ふたりはブラン王の鎧を撃った。
弾は胸甲にめり込んだが、魔法生物を停止させるほどのものではなかった。
「だから、言っただろう。銃弾は通用しな、い、と、……え?」
めり込んだ弾丸は絞め殺しの樹の種を錬成し、弾丸に精製したものであり、金属と植物の融合の最高傑作だった。
弾丸から発芽した蔦はあっという間にブラン王の鎧にはびこって、内部へ伸び続け、そのまま握りつぶすように力がかかり、重要文化財はバスケットボール大にまで縮んだ。
「よ、鎧が。ブラン王の鎧が」
人生においては多大な損失を前に涙を流す間もなく決断を迫られることがあるが、グラッツ氏が体験しているのはまさにそれだった。
彼の大事なコレクションをぐしゃぐしゃに丸めたその元凶が装填された銃がぴたりと彼の胴体に向けられ、株式に関する取引が再開したのだ。
「署名、してくださいますよね?」
ウェティアはハンパない美少女の微笑みを見せた。
――†――†――†――
シデーリャス通りを歩いていた物乞いの前に小さな銀貨が一枚落ちてきた。
「おお、これも精霊の女神のお恵み。ありがたくいただくとしよう」
すると、今度は青い綾織の火打ち袋が落ちてきた。
火打石は入っていなかったが、握りに人魚が刻印された当たり金と煙草が少々。
落ちてきたのはそれだけではない。
海泡石のパイプ、まだ封を解かれていない手紙、公営質屋の質札、銀筆、懐中時計……。
物乞いはそばの建物――服地商ギルド館を見上げた。
すると、四階の窓から男がひとり足首をつかまれた状態で逆さづりにされていたのだ。
「分かった! 売る! 全部売る!」
「いくらで?」
「一株銀貨一枚!」
「この野郎、まだ自分の立場が分かってねえみたいだな。〈インターホン〉、文字通りゆすってやろう」
〈インターホン〉は逆さづりになった男を乱暴にゆすると、ポケットの中身がどんどん落ちていく。
シャンガレオンがたずねる。
「で、ノヴァ・オルディアーレスの五十株、どうするんだ?」
「譲渡! 譲渡します!」
「します?」
「させてください!」
「よーし、決まり!」
〈インターホン〉は男を引っ込めて、子どもでも摘み上げるみたいに椅子に座らせると、男の仕事机に置いてあった火酒をひと口飲ませ、シャンガレオンは無償譲渡書を男の目の前に置いた。
「まったくションベン漏らす前に決着がつくなんて奇跡だよなあ」
集めた株券を勘定しながらシデーリャス通りを東へ歩く。
「全部で何枚だ?」
「さっきので一三六枚。カンパニーの連中、株主みんなに株を売るんじゃねえって言ってやがるとは用意がいい。僕らを本気で潰すつもりらしいじゃねえか」
そのとき、かっぱらいがひとり、後ろから株券を入れた革の紙ばさみをさっとかっさらった。
「ひゃっほー! カンパニーがこいつを高く買い取るぜえ!」
どんどん小さくなるかっぱらいの背中を見ながら、〈インターホン〉が感心したように言う。
「カンパニーはあんなかっぱらいまで手なずけてんだなあ」
「ったく」
シャンガレオンは革バンドを手繰って背負っていたライフルを構えると、立ったまま銃身と同じ長さの真鍮製照準鏡を覗き込み、なかの十字線をかっぱらいの背中にぴたりと合わせて引き金を引いた。
かっぱらいは既にロデリク・デ・レオン街まで逃げていたが、そこで銃弾に背骨を断ち割られ、顔から舗道に突っ込んだ。
かっぱらいの手から紙ばさみから離れ、株券が派手に飛び散ったが、その場にいた人びとは株券を全て拾うと、素直にシャンガレオンたちに返した。
全部そろったことを確かめながら、シャンガレオンが言った。
「まだまだ僕らのファミリーも顔が利いてるじゃんか。これが君臨するってことなんだなあ」




