第十三話 アサシン、特殊清掃。
「新しい銃弾が完成しました」
引き出しを開けると、まるでバイオリン工房に差し込むような柔らかな光のなかを埃が舞う。
フレイが取り出したのはふたつの鉛玉を九十センチの極細ワイヤーでつなげたもので、そのワイヤーをぐるぐる巻きにして銃の口径に合わせて小さくまとめ、紙で包んである。
「これはどういう弾丸なんだい?」
「発射されると、ワイヤーが伸び切って、ふたつの金属球体に引かれる形で回転しながら飛んでいきます」
「そして、鋼鉄製の極細ワイヤーがスパッと敵を斬ってくれる」
「これを斬撃弾と名づけました」
淡々と説明するフレイにクレオがクククと笑う。
「これはいいねえ。はやく人間で試してみたいよ」
「現在、市内にはカンパニーに雇われた犯罪者が活動しています。わたしたちの支配領域にも彼らの侵食が見られます」
クレオはフレイの機械工房を出ると、シルヴェストロ・グラムが手招きしていた。
「なにかあったのかい?」
グラムが指差したのは十人のチンピラだった。
赤と黒の縞ズボンをはいたカンパニーの愚連隊だ。
愚連隊はタダで飲ませろ、酒場の権利をよこせと無茶を言って、グラムを(嬉しくさせて)困らせていた。
「だから、酒場の権利を全部よこせって言ってんだよ。このちんばが!」
チンピラの頭らしい男が言った。
体が大きいわけではないので、この男が頭を務めるのは頭が切れるか、ナイフさばきに優れるかだろう。
グラムはチンピラ頭にまあ、待て、いま権利書を持ってきてやるといい、カウンターの下の金庫を持ち上げて、チンピラ頭の前に置いた。
はて?とクレオは考える。
このくらいのチンピラ、グラムなら片手でひねることができる。
それをどうして僕の手を借りたいのかなと考えてみたが、ああ、そうか、フレイの工房に入ったのを見られたのかと納得した。
つまり、グラムは新しい殺人術を試したくてしょうがないだろうと思って、クレオのためにチンピラどもを瞬殺せず、クレオが工房から出てくるまで待っていてくれたのだ。
シルヴェストロ・グラムは顔つきが凶悪犯そのもので、中身も凶悪犯そのものだが、こういう気遣いができる。だから、〈ラ・シウダデーリャ〉の酒場を任せられているのだ。
グラムが取り出したのは四十×二十×十五の小さな金庫で鋲のまわりから青錆がにじんでいる年季の入った金庫だった。
グラムがそれを開けようとすると、チンピラ頭がそれを止めた。
「待て。てめえ、なかに武器を隠してねえだろうな」
「隠してねえよ」
「信用できねえ」
チンピラ頭はグラムの手から金庫の鍵をひったくると、金庫を自分のほうに向け、鍵を差し、蓋を開けた。
金庫からパン!と癇癪玉のような軽い音が鳴ったかと思ったら、チンピラ頭の顔が百の燃え上がる肉片となって飛び散った。
フレイの機械工房を使っているのはクレオだけではなかったのだ。
哀れな犠牲者の背中が床に触れるより先にクレオの短剣が目の前にいたチンピラの背中から心臓を突き刺す。
肘を曲げてショットガンのふたつの銃口を引き出すと、特にこれといって特徴のないチンピラを狙い、撃った。
銃声と、ブゥンと低い唸り声に似た音が鳴ったかと思えば、次の瞬間、チンピラは袈裟懸けに叩き切られていた。
特にこれといって特徴のないチンピラが世界で初めて斬撃弾で死んだチンピラに格上げされているあいだにグラムもカウンターの下に隠してある二連式のショットガンを取り出し、引き金を二本とも引き切って、三人のチンピラを赤い塊肉に変えていた。
何人かは逃げ、あとまともに戦えるのは戦斧をもった大男だけだった。
「あいつ、僕にくれないか?」
「構わんぞ」
グラムは散弾を浴びて半死半生のチンピラたちに銃の台尻を振り下ろし、ひとりずつ丁寧に地獄に送っていく。
大男が斧を横に薙ぐ。
クレオは跳ね、斧を足下にかわし、宙を舞いながらその太い首を狙って斬撃弾を撃った。
ストッと降り立つころには大男の首は天井にぶつかって、その足元に落ちていた。
「店が汚れたね」
血と肉と内臓は場所を選ばず飛び散っていた、天井まで血まみれで血が雨漏りみたいにポタポタ落ちてくる。
「すまんが、白ワイン通りの十番地に行ってきてくれんか。殺人現場の掃除を専門にしてるやつらがいる」
「いいとも。クックック」
――†――†――†――
小さな前庭と厩舎があり、小さな屋敷には上は八十歳から下は十三歳まで血みどろゲロゲロな現場を片づけ続けるプロの女性軍団が詰めていた。
屋敷に入ると、大きな半円形の受付机があり、若い女性がにこりと笑いかける。
「フローラ特殊清掃会社にようこそ。自殺ですか? 殺人ですか?」
「殺人だね」
「場所はどちらでしょうか?」
「〈ラ・シウダデーリャ〉の酒場」
「では、シルヴェストロ・グラムさまのご依頼で?」
「そういうことになるね」
「グラムさまにはいつもご贔屓にしていただいています」
あの人、あそこで何人殺してるんだろ?とちょっと考えたが、まあ、あそこは彼の城だ。王さまが自分の城で何人打ち首にしようが構うものではない。
「それではいくつかご質問させていただきますね。汚れは血だけですか?」
「いや。骨の欠片もあるし、肉も飛び散ってるし、もちろん内臓も。まあ、でも、そこまで内臓は多くないかな」
「飛び散った臓器は主にどのようなものでしょうか?」
「腸だね。オーソドックスに。あ、それとひとり、顔が燃えながら飛び散ったやつがいたっけ」
受付嬢は依頼帳に『焼けた肉あり』と書き綴る。
「他にですが、性器の切断はされましたか?」
「うん?」
「性器です」
「してないけど、してたら、どうなるの?」
「依頼をお断りさせていただいております。弊社は女性社員ばかりですので」
「それはよかった。大丈夫。うちは血と肉とハラワタだけさ。クックック」
結局、〈ラ・シウダデーリャ〉には大ベテランひとりと後は最近メキメキ成長中と言われる若い娘が送られることになった。
小さな庭に椅子があったので、そこに腰かける。鉄の柵越しに赤ワイン通りの雑踏を眺めていると、「トッポはいらんかね~」と呼び声がきこえてきた。
ポッキーとトッポはカード・プレイヤーに人気だ。片手で食べられ、甘いチョコレートのおかげでそこそこの栄養になり、徹夜でカードを握り続けることができる。サンドイッチ以来の大発明と言っている。
もちろん、他のあらゆる階級の人間にポッキーとトッポが売られている。
そして、それはあのノヴァ・オルディアーレスで作られていることになっているが、実際はクルス・ファミリーの影響下にある菓子屋ギルドが作っている。来栖ミツルは菓子屋ギルドに緘口令を敷き、ポッキーとトッポをつくっていることを他者に知られないよう注意している。
しかし、妙な話だ。
来栖ミツルはラケッティアリングに天才的な才能があるが、ああして刑務所の株価が上がれば、現在、ファミリーが総出で行っている株券集めがより難しくなる。
この二日、クレオは何人か脅しあげたが、人間、欲が大きくなると、命の価値を安く見積もりがちになり、絶対渡すものかと意固地になる。
ノヴァ・オルディアーレスの株式を買い取って、自身を釈放させる試みが難しくなっているのだが、来栖ミツルはそんなことはお構いなしだ。
ただ、何かあるのだろう。
奇妙だとは思うが、不安はない。
鉄門が開いた。二時間と経たないうちに掃除屋たちは戻ってきた。どこかで買ってきたポッキーとトッポを食べながら。
この仕事に就くには相当タフな胃袋を持っていないと務まらないようだ。




