魔法少女(略)エイプルと不滅の人形
"博士"は、場所を変えようと言い、少女たちは戸惑いながらも従った。エイプルが抱く"影狼"の子犬を気遣ったことでもあったが、彼への質問を考える時間も必要だった。
あの夜、博士は確かに死んだ。闇を纏う男、"堕天者"に殺されたはずだ。しかし、いるはずのない彼は、普段と同じような仕草をし、町を歩きながらすれ違う者へ愛想よく声をかけている。
エイプルたちはぎこちない気持ちのまま、研究所の門を潜った。
「そう身構えなくてもいいよ。君たちを傷つけるつもりはない、むしろ逆だ。大変なことがあったら守ろうと考えていたし、実際に庇ってみせただろう?」
「ええ。わたくしたちを守って死んだと思っていたわ。でも、あなたは……生きてる」
「そりゃあ、僕の機体はいくらでもあるからね」
飄々とした口調で話すのは、常人ではありえない生命の在り方。
オーガスタはひそかに懐中の魔道具を握りしめた。正体を現した博士を警戒してのことだ。しかし、"魔法少女(略)"は、もともと彼の発明品。信頼できる対抗手段とは言い難い。
「えっと……私が聞くのも変ですけど……博士は、本当は"何者"なんですか?」
「それはもう言ったろう? 僕は……そうだね。君たちの不安を解くには、詳しく話した方がいいかもね」
博士は椅子に深く座し、解説の姿勢を整える。
少女たちの長居を気にしての、お茶いるかい? という申し出は、オーガスタに一蹴された。
「じゃあ、改めて自己紹介しようか。僕は不死者、世界的には"学者"の通称で知られているかな。昔、この国の王宮で働いていた時も、そう呼ばれていた」
あの時は大変だったなあと、懐かしげに嘆息するが、通常の生者なら覚えているわけがない。少女たちの住む国、エドラサルム=ジ・エラに王室があったのは遥か過去の話。
現在より、二百年以上も前のことである。
◇ ◇ ◇
この世界には、寿命という制約を受けず、永久に生きることのできる者たちがいる。彼らは"生きれば生きるほど魔力を得る"という摂理の恩恵を、最大限受けられる存在だ。
その数は七人。膨大な魔力があるのをいいことに、世界を支配する、滅ぼす、祈る、守る、弄ぶなど……各自、好き勝手な思惑で人々を脅かしている。
「そして僕は、世界を研究するために不死者となったね」
「そう……もしかして、あなたがこの町にいるのは、わたくしたちを実験材料にするためなの? 今までも、罪のない人間を犠牲にして、研究を続けてきたんじゃないでしょうね!?」
「ひどい偏見だな、オーガスタ。物語の読みすぎじゃないのかい? 現実の研究者はねえ、理解の足りない資本家と、乏しい予算に苦しみながら活動しているんだよ」
「伝説的人物のくせして、ずいぶん世知辛いことを言うのね」
「なんでもいいよ、博士」
暗い声が話を促す。一瞬、誰の発したものか迷うほど、普段とかけ離れた響きだった。
赤茶色の前髪が目にかかるのも厭わず、エイプルは食い入るように博士を見ている。
「エイプルさん……」
「昨夜、何があったのか話して。あの黒い人は誰だったの? 博士は、もう本当に大丈夫なの?」
「……ああ、そうだね。ではまず昨日の襲撃者について話そうか。若い男の容姿を持ち、あらゆるものを飲み込む魔法、"侵掠の黒靄"を扱う存在は、世界に一人しか該当しない。彼の個体名は"堕天者"……人が変異した"獣"だ」
「嘘をおっしゃい!」
椅子から飛び上がって、オーガスタは叫ぶ。握りしめた拳は震えていた。恐怖のためだ。
今朝の戦闘で、彼女は獣への恐れを植え付けられた。自身も同じような存在になるなど、可能性を示唆されるだけでもおぞましい。
「"黒き獣たち"は動物だけがなるものよ! 人が、獣になるなんて……そんな恐ろしい話、あるわけないじゃない!!」
「君こそ何を言っているんだ。人が、動物の枠から出ることなんて、未来永劫ないよ」
どこまでも無機質な反応は、部屋に静寂をもたらした。
博士は淡々と解説を続ける。
「八年前のことだ、不死者"魔女"は動物に自分の魔力を分け与えた。いや、呪いをかけたと言った方がいいかな。哀れな動物たちは、魔女の力によって、少しの延命効果と特異な魔法を得……"黒き獣"に変異した」
あるいは、"魔女の使い魔"になる契約を交わしたとも言う、博士はそう補足した。
「"獣"の脅威は、魔法を使って人々を襲うことだけじゃない。魔女から与えられた魔力は、彼らが死んでも残る。呪いごと土に還って世界に浸透していく……君たちは、カーレル町で起こった悲劇を覚えているかい?」
「リーネちゃんが言ってた。向こうの町は、人の住めない土地になったって……」
「そのとおりだよ、エイプル。襲撃してきた獣たちは討伐したんだけど、後処理がいけなかった。死骸埋め立て場から魔女の魔力が漏れ出し、土壌を汚染して、周囲に呪いをまき散らした。あの場所は現在も封鎖されている」
深刻な結果からして、大規模な戦闘だったのは事実。人々を襲撃からは救えたが、町全体の汚染を防ぐのに、手が回らなかった。だからこそ、カーレルの町人は居住地の大移動を余儀なくされた。
食物連鎖の順序はあるが、獣の数は確実に増え、汚染は広がっている。カーレルの集落や、エドラ国内だけではない。世界各地で同じような被害が見られる。
「自由に生きる動物たちを使って呪いを拡散。時間のかかる方法だけど、魔女の呪いは着実に大地を蝕んでいる……このままだと世界は、生命の住めない場所になるだろうね」
「そんな……! じゃあ、その……魔女という方は、私たちを滅亡させたいんですか?」
「目的はそんなところかな。そして、"堕天者"こそが、最も魔女の理想に近い手駒だと言えるね。命令を理解できる知性に、獣の胆力、扱う魔法も驚異的だ……僕の"前の機体"も彼に壊されてしまった」
そこで一息ついた博士は、少女たちの疑問が、別の種類に変わったのを察した。集まるのは、彼自身の特質を問う視線だ。
しかし、今までの振る舞いからして、予測できる要素はあった。薬品と歯車という、生命感のない香りを纏い、いつも白を基調とした姿は規格的に見える。感情は淡白なものしか表さず、激情に駆られたこともない。
すなわち、博士は人工物。
"堕天者"もまた、彼を人形と呼んでいた。
「ああ。もう気づいているかい、みんな。僕は物質に魂を宿す不死者だ。自分で作った機体を器にして、壊れたら乗り換える。そういう不死を叶えた」
◇ ◇ ◇
不死者と呼称されてはいるが肉体は滅ぶ。しかし、彼らには自己を復活させる方法があった。
やり方は各人それぞれ異なる。転生して新たな体を得る。他者の亡骸に憑依する。あるいは、細胞の一片から再構築する者など、死を乗り越えることの意味は広い。
「あきれた! あなたは一回壊れたあと、新品になって戻ってきたってことね。軽々しく復活できるなら、最初にそう言っておきなさいよ。心配したわたくしたちがおばかみたいじゃないの!」
「あの、博士……何度死んでも平気だったら……そういう大事なことは、ちゃんと伝えてもらえないと、適切な戦略が立てられません……」
「ごめんごめん。でも、これでわかったろう? エイプルも……僕への心配は不要だ。これからも、"堕天者"の襲撃や、危険な獣と遭遇したときは、また僕自身を使って君たちを守ろう。この体は研究用に作ったものだけど、足止めくらいの役には立つよ」
「……本当に、そうなの?」
エイプルは静かに訊ねる。先ほどにも増して底冷えする響きは、メイとオーガスタを完全に沈黙させた。
対する博士は、様子のおかしい彼女を見ても平然としていた。物々しい気配で迫られても変わらず微笑んでいる。
自分を消耗品だと割り切る彼に、破壊されることへの恐怖などないのだ。
「僕の性能に不満があるかい? だったら、試しに僕を砕いてみなよ。戦闘のための機能は、ほとんど君たちにあげちゃったけど、硬度はあるから攻撃の盾くらいにはなれる」
「私が知りたいのは、そういうことじゃないよ。博士」
「もしかして……怒っているのかい? 僕のせいで、獣たちとの戦いに巻き込まれてしまったから。それは確かに僕の責任だ。なら、君の気が済むまで、僕を壊してしまってかまわない」
博士の進言へもはや返答せず、エイプルは行動で思いを表した。
迷いなく博士の肩に触れ、髪と頬を撫でる。新しくなった彼の存在と、材質を確かめるような触れ方だ。そして、何かに気づいて、握り込んだ魔道具、"魔法少女(略)"を高々と掲げる。
紅蓮の火花が彼女を包み、花開くように状態変化が展開する。炎色の長髪とスカートを揺らめかせる様子は、燃え尽きることなき篝火を連想させる。
どのような闇の中でも、命を照らし続ける燈たらんと、真紅の瞳は決意に輝いていた。
「ちょ、ちょっと!! なんで今、魔道具を発動するのよ!? やってることがさっぱりわからないわ!」
「まさか、エイプルさん。本当に、博士を壊すつもりなんですか……?」
"影狼"を前にしても状態変化しなかった彼女が、博士を相手に魔力を高めている。仲間たちは驚いて目的を問うが、エイプルのただならぬ気迫に、言葉は飲まれた。
「さっきの話。確かめても、いい?」
「どうぞ。お好きなように」
研究所の一室において、白と赤が向かい合う。
火力を上げて博士を攻撃し、破壊の手法を学べば、彼を御しやすくはなる。無限の残機があるといえど、対処法がわかっていれば、ひとまずは安心だ。
博士に最初から抵抗の意思はない。見ていてはやりづらいだろうと、灰色の目を閉じ……エイプルの手を受け入れる。
炎の魔法を纏った腕が、博士の上体にふわりと回され、彼を暖光で押し包んだ。
「えっ? なにこれ……」
「博士の体、すごく冷たかった。寒いの?」
「いや……この機体は、さっき起動させたばかりだから、まだ温まってないだけで……」
混乱して、動力炉からの発熱について説明しかけた博士だが、すすり泣く声を聴いて黙った。
エイプルは博士を抱き込んだまま、あたたかい熱と、彼がいなくなってどんなに悲しんだかを伝えている。
「気にする必要なんてないだろう? たかが一体が機能停止したくらい、騒ぐことじゃない。どうせ、僕は不滅なんだから」
「でも、壊されたら痛いでしょ! あのときも怖かったはずだよ!? 私、博士がひどいことになるのはいやだよ! 受け入れられるわけないよ!!」
「エイプルさん……」
「あなたって子は、どうして、そんなに……」
新しき隣人、カーレル町の者や、訳あって集まった住民と同じく、不死者"博士"に対しても、エイプルは親愛を感じた。
たとえ、彼に多数の残機があり、死という意味が限りなく薄くとも、守りたいと思う。彼のために戦うことに、ためらいはない。
「博士が、自分のことをどう思ってるなんか関係ない! 私がいやなの! 私が耐えられないの!! 絶対に守る。みんなも、博士も……もう、どこにもいかせたりしない」
誓いの気持ちを新たに、魔法少女(略)エイプルは、不滅の人形を抱きしめる。
「本当によかった。博士生きてる……ここにいる……」
「ああ。心配をかけてごめんよ。ありがとう……君はあったかいね」
白と赤の抱擁を見ながら、オーガスタだけはこの光景を認められなかった。普通の環境で育てられなかったメイ、そも人ですらない博士と違い、彼女の感性は不可解さを訴えている。
底抜けの優しさはまた、狂気に近い。
来る者は笑顔で迎えるが、去ることを全力で拒絶する。それが人でも、獣でも、不死者であっても適用するのなら……その心は、歪と称するに値する。




