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はるばるお嬢様を探しに!ジュディ来訪、そして捕縛

 季節が変わっても真新しさの抜けないカーレル・シズネ町に、今日も朝が来る。

 花弁が葉と生え変わり、初々しい緑が深まるのは毎年変わりないが、住民たちはどのような変遷であっても、新鮮な気持ちで受け取っていた。


 町人の中でも、エイプルたち"魔法少女(略)"の三人の変化と成長は著しかった。彼女たちは新たな誓いと覚悟を胸に、初夏の町を歩く。


 リーネを囲んで、今朝もまた学校へと向かう。守るべき友達と、平和的な町並みを眺める彼女たちは、悪童三人組がずたぼろの少女を引き回しているところに出くわした。


「あんたたちー!! さすがにそれは犯罪!!」


「なんだよ、エイプルねーちゃん。こっちは不審者の連行中なんだ。早く道を開けろ」

「不審者? だからって、こんなひどいことしなくたっていいでしょ。すぐに放してあげなさいよ!」

「断る。これでも、こいつの制圧には手間をかけたんだ」


 身柄を縛る手綱を引き、少女の進行を促すウェザー。対象を警戒するラリィとエリュンストとともに、自警団本部への護送を図る。

 不審者とみなされる少女は、相当弱っているようで、エイプルが声をかけても反応を見せない。埃で汚れた緑髪を伏せたまま、虚脱状態で引きずられていく。


 そのような有様の彼女を、心優しいエイプルが見過ごせるわけがなかった。しかし、馴染みの少年たちを止める前に、思いがけないところでが動きがあった。



 突然、地面に膝をつくオーガスタ。

 小さく、意味のない声を出しながら、緑髪の少女を凝視する。


「ふぇ? オーガスタちゃん、どうしちゃったの?」


「なんでよおおおおお! なんで、あなたがここにいるのよおおぉぉ!!」


 リーネの問いに対し、オーガスタは困惑を叫ぶことで答えた。その様子は、さながら地面へ咆哮しているようだ。

 皆が大声と衝撃を受けた直後、虚ろな少女に気力が宿る。



「あ、うう……オーガスタおじょうさまあああああ!! ずっとお会いしたかったっすうぅぅぅ!!」



 強い力で縄を引き、主の前に馳せ参じる姿は、忠実な犬のよう。少年たちは三人がかりで彼女を抑え、オーガスタへ飛びかかるのを防いだ。


「ジュディ! あなた、わたくしについてきたのね!」


 仲間たちに支えられ、ようやく混乱から立ち直るオーガスタ。激情のまま怒鳴ったのは、かつての従者の名前だ。

 不審者として捕縛された少女は、オーガスタがエドラ首都を去る最後の日まで、主君を信じ、慕っていたメイドであった。



 ◇ ◇ ◇



 腕ごと上半身を縛られ、限られた行動範囲でありながらも、ジュディは拝謁の姿勢を取った。

 首都の官邸においては当たり前の行為であったが、カーレル・シズネ町に親しんだ今のオーガスタにとって、この仕草は心地いいものではなかった。


「お懐かしゅう、オーガスタお嬢様。この町におられたのですね。ずいぶんと探したっす」

「ちょっと! あなたが来るなんて一言も聞いてないわよ! しかもこれ、どういう状況なの!?」


「はい! 不肖ジュディ、町に忍び込もうとしたところをパクられてしまいました!」


 手入れのなってない髪を跳ねさせ、快活に侵入行為を申告する。頷く少年たちを見るに、ジュディは許可なく町に立ち入り、主人の家を探そうとしたらしい。


「ジュディ! おばかなこと言ってないで説明なさい。引っ越し先も教えてないのに、わたくしを探し当てるなんて……というか、紹介したお仕事はどうしたのよ?」

「そんなもん初日でクビになったっす! やはりわたしの居場所は、お嬢様のおそばしかない!」

「うわあ、すごい忠誠心だねぇ。でも、会いたい人に会えてよかったね。遠くからはるばるやってきたもんね」


 型破りな従者に対しても、リーネはのほほんとした気性を崩さず、自己紹介を進めた。

 お嬢様のご学友! ということで、ジュディは彼女なりの敬意をもって、初対面時の挨拶を返す。その間、少年たちのことはほったらかしであり、特にラリィは苛立ちを募らせていた。


「さっきからうるせーぞてめー! 自警団本部はこっちだ、おとなしくついてこいやあああ!」

「うわあああん! 嫌っす!! お嬢様と離れたくないっす!」


「もういい。ラリィ、そいつを放してやれ」

「ウェザー! 本気で言ってるのか!? こいつ、自由にさせたら絶対やべえって」

「ぼ、僕もそう思う。まずは自警団の人に知らせてあげたほうが……」

「却下だ。あのお嬢様とやらが身元引受人となるだろう。あとは任せるぞ」


 颯爽と場を離れるウェザーにつられ、しぶしぶ二人はジュディを解放した。これから彼女は、町滞在の手続きをするため、役場へと送り届けられる。


 新たな人物の登場に、オーガスタ以外の少女たちは満面の笑顔で進む。しかし、"素人"には伝わらない方法で、秘密裏に交わされた会話があった。



「あの……久しぶり、だよね? 今の名前は"ジュディ"さん、だっけ……?」


「ええ、"メイ"さん。三年前の抗争以来っすね」





 強い雨が来そうだ、と町役場にいる男が呟いた。エイプルにとって聞き覚えのあるそれは、父オリバーの同僚大工が発したぼやきだ。

 役場職員がジュディを質問攻めしている間、エイプルとリーネは手持ち無沙汰に周りを見渡す。


 屈強な男たちがする会話は、遠くともはっきり耳に入った。窓から暗い雲を見ながら、地方で起こった河川氾濫の噂をしている。そのときの川は、流れの一筋に至るまで、大蛇のうねるような力強さだったとも。


 もし同規模の洪水が起これば町はどうなるか。仮施工の用水路はどこまで持つだろうか、オリバー棟梁はどう判断するかについても思索している。

 エイプルは大工たちの話を一通り聞いたあと、リーネが顔を曇らせていることに気づいた。


「もしかして、あの人たちのお話聞いてた? 大丈夫だよリーネちゃん! 大雨が降ったって、橋も用水路も壊れないよ。だって、私のお父さんが手掛けてるんだから」

「違うの。私が気になったのは、そういうのじゃなくてねぇ……」

「え?」


「あの人たちの近くで……"ちょうちょ"が飛んでて」



 時季外れの蝶について、エイプルが詳しく尋ねようとしたところ、奥の部屋からオーガスタが足早にやってきた。

 険しい顔でつかつかと歩み寄られては、そちらを優先するほかない。


「あっ、お話は終わったんだねぇ。彼女、この町に居られるようになったんだよね? やっぱりオーガスタのおうちに行くの?」

「じゃあジュディちゃんも同じ学校に来るんだ! やったあ、お友達が増える!」


「いいえ。あの子は首都に送り返しますわ」


 学校が終わりしだい迎えを寄越すと、オーガスタは厳しい表情で言う。それまで役場で待たせるつもりだ。


「なんで? ジュディちゃんは、オーガスタちゃんに会いたくてやってきたんだよ? あんなにぼろぼろになってまで歩いてきたのに、すぐ帰すのはかわいそうだよ」

「エイプル。いくらあなたでも、こればかりは口を挟まないで。わたくしだってこんなこと言うのはつらいわ。でもね、これはジュディのためでもあるの」


 自身を慕って来た元メイドといえど、今のオーガスタの家では再雇用も難しい。職や住処も用意してやれず、ましてや学校など通わせられない。

 ジュディの将来を思ってこそ、父の影響力があるうちに、新しい勤め先を紹介したのだ。何よりオーガスタは彼女に、必ず幸せになってほしいと祈っていた。


「あの子はね、数年前まで奴隷だったの。慈善事業で引き取ったときに、"ジュディ"と名付けて、わたくしの家に住まわせていたの」


「え? それは……本当なんですか?」

「そうよ、メイ。奴隷商人に捕まっていたとき、よほど酷い目にあったんでしょうね……うちに来たばかりの頃、彼女は喋ろうともしなかったし、何の感情も表さなかったわ」

「でも、助けてもらってからは、優しくしてもらえたんだろうねぇ。そうじゃなきゃ、今みたいなはっちゃけた性格にはならないもん」


 悪人たちに虐げられ、物のように扱われた姿を知っているからこそ、オーガスタはジュディを手厚く庇護していた。

 これからの人生が豊かになるよう、強く願っていたが、それらは今の自分のそばにいても叶えられないことだ。


「首都に戻してあげるのがジュディにとって一番いいことなの。また雇ってもらうためなら、わたくしはいくらでも頭を下げますわ。まずは、お父様にお伝えしないと」

「ま、待ってよオーガスタちゃん! もうちょっと考えようよ! ジュディちゃんの意見だって聞いておかないと……きゃあっ!」


「おっと、ごめんよ!」


 出口へ向かいかけるオーガスタの先回りをせんと、エイプルは扉に飛びつく。不運なことに、反対方向から駆け込んで来る者がいた。


 急な雨に降られ、いつもの白衣を湿気にくすませる彼は、この町において博士と呼ばれる男。優秀な研究員にして、不死者。この世に七人存在する、永遠を生きる魂のひとつである。



 ◇ ◇ ◇



 "獣"の気配がしたのだ、と博士は説明した。あろうことか人の多い役場内で、突然発生し一瞬で消えたという。

 少女たちは顔をこわばらせて報告を聞いた。博士の探知能力に関しては、全面的に信頼を寄せている。


 "獣除けの陣"を管理している者として、いつも彼は獣の位置を予測していたが、その仕組みはきわめて単純なものだった。


 彼の機体からだは陣そのものと連結していたのだ。


 陣は、住民の魔力を束ねて発現するものとされるが、細やかな調整と維持は不死者の魔力によって贖われていた。

 町中に巡らせた術式は、彼の感覚器官に繋がっており、迅速に脅威の規模と場所を知らせるという。



 大雨を警戒し、本日の学校はお休みとなった。リーネを自宅に帰したのち、少女たちは状態変化へんしんして町を哨戒する。

 たとえ一瞬だけの反応でも油断は許されない。人型の獣、"堕天者フォール"暗躍の可能性もある。


「よし! やっぱりお父さんが造ったつつみはびくともしてない。まだまだ降ってもへっちゃらだね」

「確かに見事な技術だけれど、わたくしたちの目的は獣討伐なのよ。建物じゃなくて、動物を探しなさい。ほら、メイも。ずっと集中力が途切れているじゃない。しっかりしなさいったら」

「ごめんなさい。やっぱり、私。ジュディさんのことが気になってて……」

「誰だいそれは……? まあいいや。雨の中悪いんだけど、あとちょっとだけ付き合ってほしいな」


 "魔法少女(略)"ら一行は用水路に沿って歩き、時々上空からも見渡して、獣の影を探す。けれども、一片たりと姿は見えず、博士の陣も異変を知らせない。

 やがて水路の行き止まり、貯水池に到達した。彼は不可解そうに空を見上げる。


「おかしいなあ……魔法だとしても、発現元がいない」

「何がおかしいの、博士?」


「"この雨"だよ。雨雲に対して、降水量が多すぎる。まるで自然の雨に水魔法を重ねているみたいだ。獣の魔法かと思ったけど、気配は相変わらず感じられない」


 博士に倣い、少女たち三人も空を仰いだ。彼が獣の正体を割り出せない以上、対処の方法も思いつかない。

 雨を重複して降らせる魔法は今のところ無害だ。待てばそのうち晴れるだろうと、博士が出直しを呼びかけた瞬間、決定的な変化が起こった。


「なっ!?」

「きゃああああ!! 水が!」

「っ……みなさん、上に逃げてください!」


 貯水池の真上にて濁流が発現され、勢いよく池に降り注ぎ、轟々と渦を巻いた。急に加算されたのは自然の水ではない。これもまた、魔法からなるものだ。


 オーガスタはメイを、エイプルは博士を連れて飛んだ。一秒でも判断が遅ければ、全員残らず瀑布に飲まれていたところだった。

 火球の勢いで滑空する博士は、濁流発現の瞬間になってやっと獣の兆しを感じた。信じがたいことに、その位置は当初と変わらず、"町役場の中"を示している。



「なんだこの水、堤が決壊したのか!? おおい、おまえら! 急いで角材に掴まれ!」


 目下から警告が発せられた。近くに人がいたのだ。彼らの姿を認識したとき、エイプルは悲鳴をあげかけた。

 現場責任者として堤の様子を見に来たのだろう。父のオリバーは、部下とともに貯水池へ歩いているところを、濁流に絡め取られた。


 体力自慢の精悍な男たちだが、急流には逆らえない。水は、意思を持っているかのように、彼らを易々と攫っていく。

 それらは、流れの一筋に至るまで、大蛇のうねるような力強さを持っていた。





 濁流が発現される直前、町役場の窓から外を見ながら、一人の男が呟いた。


「ますます降ってきやがったな。ああ……堤は無事だろうか。長く降り続けば、洪水になるかもしれん」


 噂話から端を発し、水災害への不安を抱く彼。まさに危惧したとおり、雨足は激しくなるばかり。遠くでは水流のうねる地響きと振動も感じた。

 仲間たちや役場の者にも危機感は伝わった。非常事態の一報が要所に走り、やがて警報の鐘が町に流される。


 噂話の主の背に、ひらりと"黒き蝶"が舞う。

 恐怖は伝染し、思い描いたとおりの厄災が発現されていく。




 役場奥の部屋にも騒ぎは届いた。ジュディはひょっこりと顔をのぞかせ、何事かと様子をうかがう。


「なんすかこの鐘は!? 町で何かあったんすか……はっ! オーガスタお嬢様はご無事でしょうか?」


「待て! 君、どこへ行く気だ!?」


 外は危険だ! という警告も無視して、役場を飛び出す。

 止める声など耳に入らない。ジュディはもう、主人のことで頭がいっぱいになっていた。

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