落日。堕天者の夜がはじまる
学校帰りに研究所へ立ち寄った少女たちは、博士から魔道具の調整を受ける。
彼は真剣に"魔法少女(略)"とその使用者を検査しているが、エイプルはじっとしていることに飽きたので、おしゃべりを開始した。
「ねえ、博士。"黒き獣たち"は、不死者の"魔女"が生み出したって聞いたんだけど、本当なの?」
「そうだよ。まったく、実に迷惑な思いつきだよね」
「じゃあ、魔女に"獣"をつくらないで! って説得できたら、みんな安全に暮らせるようになるのかな?」
「残念だけど無理かな。彼女は、絶対に人の話を聞く相手じゃない。獣の方も、発生してしまった以上は、どうにもならないよ」
エイプルは、んんー? と首をかしげて、博士の顔を覗き込む。
"不死者"とは世に七人しかいない非常に珍しい存在。生き抜いた年だけ魔力を得るこの世界において、莫大な力を誇る者たちなのだ。普通に生きていれば目撃することも叶わない。
しかし彼は、まるで知り合いの愚痴を言うように"魔女"を語っている。このような反応を示す大人は、エイプルの知る限り、博士だけだった。
「もしかして博士は、魔女に会ったことがあるの? だったら教えて! なんでその人は、獣たちを解き放ったの? どうして人を襲わせてるの!?」
「……エイプル。それを知ってどうするんだい? まさか君は、この"魔法少女(略)"があれば、魔女を止められるなんて思ってないよね?」
魔道具をそっと持ち上げ、博士は少女を不安そうに見つめる。嵌め込まれた赤い宝玉がきらりと光った。
黙り込む様子は肯定を示している。獣討伐のために出征したエイプルの母は、今日まで帰っていない。いつも気丈に振る舞う彼女だが、獣の元凶たる魔女を、快く思うはずがなかった。
「私たちの任務は、この町の防衛だけど……獣を追い払うだけじゃきりがないし、本当の意味でみんなを守るには、やっぱり魔女に会う必要があると思って」
「僕は反対だよ。君たちが彼女と会うなんて考えられないし、勝手に行こうものなら、どんな手を使ってでも止めさせる!」
「どうしてだめなの!?」
「だって君たちの教育に悪いから!」
博士は大声で主張した。椅子から立ち上がってまで叫ぶのは、危険だからという警告ではなく、少女たちの将来を大真面目に心配する内容だった。
個性豊かな少女たちと同じく、博士もそれとなくズレている。
「きょ、教育的に見ちゃダメな感じの人なの? 魔女って?」
「それはもう、いろんな意味でものすごく危ないよ。彼女に関わったってろくな大人になれない。この僕が断言してもいい!」
「うわぁ……そんなこと言われたら、逆にこわくなってきちゃったよ……」
めくるめく妄想に鳥肌が立ったところで、博士の整備が終わった。
「本来なら、君たちみたいな子が戦う必要なんてないんだ」
「博士、急になによ? もしかして、まだわたくしたちの救済が不要だと言うの?」
「あの……心配してくださってるんですよね。でも、大丈夫です……戦いなら、得意ですし」
別れ際の言葉に引き止められ、少女たちは博士の顔を返り見た。とうに戦う覚悟を定めたオーガスタとメイは、この発言をおせっかいと受け取ったが、エイプルだけは、彼がしんみりする理由がわかった。
先程の質問が、心の平穏に一石を投じたのだ。
「遊んで学んで大きくなって、どうしても譲れない大切なものができたなら、それを守るために戦ってもいい。命を賭けるなんて行為は、極力ないに越したことはないね」
博士は少女たちだけが戦う現状を、完全に受け入れたわけではなかった。
これはあくまで緊急措置、魔道具が初期化できれば、彼女たちを普通の町娘に戻してやりたいとも考えていた。
万が一の時には、身を呈してでも護ろう。
そう、ひそかに決めていた。
◇ ◇ ◇
翌日が休日であることから、少女たちは前々から計画していたお泊り会を実行する。メイとオーガスタ、そしてリーネと合流し、向かうのはエイプルの家だ。
彼女は宿泊場所として自身の家を提案していた。ちょうど今夜は自警団の集会があり、父のオリバーは家を空けている……また、使われていない母の部屋もある。
「私のお父さんって小説家だからねぇ、たくさん取材旅行にもいくの。私もいっしょに連れてってもらってて、いろんな場所を見たり、おもしろい人たちに会ったりしてたの」
賑やかで楽しい夕食が終わり、四人は床に敷いた毛布にくるまって、おしゃべりをはじめる。
一つの灯火だけでは部屋の隅々まで照らせない。薄暗い周囲に合わせて、話す言葉も音量を落とす。
「そのとき聞いた話をもとにしてね、私もお話を書いてるの。はじめはお父さんの真似っこだったんだけど、やってるうちに楽しくなって、将来は絵本作家さんになりたいなぁ、って思ってる」
「うんうん。リーネちゃんの絵本、子どもたちに人気だよね。でも、旅行中のお話も聞きたいなあ。私、この町から出たことないから、他の場所のこと、よく知らなくて」
「あら、エドラ首都について語らせたら、わたくしの右に出る者はいませんわ。かつては名城と謳われた、議事堂の絢爛さも、話してあげてもよろしくてよ」
「首都でしたら……私も、お話しできると思います。議事堂のつくりも、知ってますよ。よく潜入してましたから」
町以外の場所が知りたいと言うエイプルに、二人はエドラ首都ついて紹介しはじめる。特にメイは、議会の暗部について知りすぎていたので、オーガスタが戦慄する事態に陥っていた。
そんな様子をあたたかく見つめ、ころころとリーネは笑う。
「この国にも見どころはいっぱいあるけど……ここだっていいところだよ、エイプル。私ね、この町に来れて本当によかった。"シズネ"の人たちにはすっごく感謝してるの」
「こちらこそ、リーネちゃんたちに会えて嬉しいよ。私だって、みんなが引っ越してくるのを、わくわくしながら待ってたんだよ? この町に来てくれてありがとう。おかげで毎日が楽しいよ!」
毛布の下から手が伸びて、エイプルの手のひらを力強く握った。突然の動きに、メイとオーガスタも話を中断して、リーネに注目する。
「本当に嬉しいことだったんだよぅ! カーレルの町が、"人の住めない土地"になってから……私たち不安でしかたなくて……」
生まれ育った町を離れたのには、それ相応の理由がある。リーネが口にしたのは、"カーレル"側住民の大多数が、"シズネ"町の者へ抱いている感謝の念。
わざわざ迎え入れる義理もない。本来なら厄介だと断ってしかるべき。なのに、この町は移住を認めてくれた。住処を提供し、獣除けの陣で守ってくれた。
エイプル以外の少女たちにも、この町の優しさに思うところがあった。行き場を無くしたメイ。家族が失脚し、都落ちしたオーガスタ……それぞれに理由がある。
「ありがたくて、どれだけお礼をすればいいかわからないよ……ありがとねぇ、エイプル。私たちを……受け入れて、くれて……」
「リーネちゃん……あれ? 寝ちゃった?」
熱い感謝のまなざしが閉ざされた。エイプルはそっとリーネの頬に触れたが、彼女は反応しない。寝息を立てるのみだ。
自然な眠りではないことは明らかだった。不思議がる少女たちは、暗い部屋に三色の光が立つのを見た。魔道具からの発光だ。
名を"魔法少女(略)"と改め、使用者が移り変わったとはいえ、博士の指令を受け付ける機能はある。
今も、製作者からの声が届けられた。
「夜分遅くにごめん。獣の襲撃だ」
◇ ◇ ◇
今まで夜の出撃はなかった。周囲が暗闇であることからか、不穏さが際立つ。
冷静に進行する皆と違い、エイプルはどうにも胸騒ぎがした。いつもと環境が異なるから、と自分を納得させ、気を引き締める。
既に状態変化した少女たちは、警戒怠りなく進み、獣の出現予測場所に立った。
「本当にごめん。急に獣の反応があったんだ……これまで、こんなことはなかったんだけど」
「いちいち謝らないでちょうだい、危機に駆けつけるのは救世主として当然のことよ。夜間の戦闘くらい想定してるわ。夜行性の獣だっているでしょうし」
「……そういえば、意外です。普通なら、もっと夜の襲撃があっても、おかしくないのに……」
「だ、大丈夫だよみんな! くらくたってこわくないよ! 私が周りを照らすから、早く獣を見つけよう」
おうちにリーネちゃんもいるし、と張り切ってみせるエイプル。自身の装備を松明と見立て、林道を光に染めていく。
彼女の近くなら照明に不自由しない。博士の指示の下、三人でいっしょに行動すれば、すぐに獣も見つかる。今までのように捕まえられると、皆は予想していた。
そうして足を向けた先。木々と違う、生物の影に暖光が重なった。
他に生命の存在はない。彼方に佇むのが標的の"獣"だ。
灯火が暴いたその姿は、"人のかたち"をしていた。
「え……誰、ですか? 博士、獣の反応があったのは、この場所ですよね? でも……ほかに生き物の気配なんて……」
「ちょっと! 誰だか知らないけど、こんな夜中に出歩くなんて何考えてるの? 獣が出るかもしれないのよ!?」
「メイちゃん、オーガスタちゃん離れて!! まさか、あなたは……!」
獣と同じ魔力反応を持つ人物。思いつくのは一人しかいない。
すべての元凶たる……不死者"魔女"。
だが、振り向いたのは、男だった。
顔の半面を闇で覆っているものの、陰影整ったつくりは成人男性のもの。全身黒ずくめの装いは、傭兵や武装した旅人を想起させる。
武器と呼べるものは携えていないが、異様な気配だけで、少女たちは最大の警戒心を掻き立てられた。
漆黒の長髪は果てが見えず、夜そのものと繋がっている気がした。闇の権化とも表せる彼は、光放つエイプルが前へ出ても、その全貌を照らしきれない。
茫洋とした夜の静寂を破り、博士は呟く。
「……"堕天者"」
「久しいな、"人形"」
男が動いた。こちらに来る、エイプルはそう知覚した。
けれど闇は迫らず、代わりに現れたのは白衣。いつの日か彼女を守った、薬品と歯車の香りを感じる。
はじめからそうすると決めていたかのように。
博士はエイプルを庇い、男の手刀に胸を貫かれた。
「貴様を壊すのは二度目だな」
「うそ……博士っ! 博士えええ!!」
「来るな!」
光源たるエイプルは、最も至近で非道の現場を見た。遅れてやってくる恐怖と、博士からの気迫に圧され、ふらふらと後退する。
「走れ、君たちでは無理だ! 早く逃げろ!!」
「いやだよ! だめっ、博士もいっしょに来て!!」
「……っ、エイプル、言う通りに逃げるのよ! メイ、殿を頼むわ」
「は、はいっ……!」
少女たちの中で唯一、軍略知識のあるオーガスタは、撤退を判断した。
相手の力は全くの未知数。"魔法少女(略)"の力をもってしても、闇にまぎれ、意識の隙を狩る攻撃には対処できない。
わからないことが多すぎる。人の姿をし、言葉を話す"獣"と、その腕に貫かれてなお、生存している"博士"も。
硬ってぇ、との感想とともに、男は博士から腕を引き抜く。胸の穴からは血や骨の代わりに、バラバラと白色の欠片がこぼれた。
博士は衝撃でよろめくも、苦痛を感じるそぶりはない。
「……要請、"この身を対価に、魔撃の発現許可を乞う"」
臨戦態勢で朗じた言葉は、魔法の詠唱のような響きがあった。呼応し、かつて身体だった一片が光帯びる。男に向け、投げたそれは爆発し、視界を白い霧で満たした。
これは時間稼ぎだと、全員が気づいた。自身を"消費"する戦いなど、長く続くはずがない。
はじめて見る博士の武装だが、エイプルたちにはどこか既視感があった。自らが纏う"魔法少女(略)"との親和を感じる。
あれらもまた魔道具、そして……"彼"自身も。
「石と、土くれなど、喰えたもんじゃねえ。力となるものは、やはり……」
「……っ! 僕に構わず行け! 夜明けまでは持ち堪えてみせる」
状況への疑問は尽きない。心は恐怖で塗り潰され、これ以上ないほど乱れている。
退避する場所などひとつしか知らなかった。新しくなった愛する故郷、カーレル・シズネ町。あたたかな光を求めて少女たちは走る。
だが、いかなる安寧の地でも、闇の到来を防ぐことはできない。
庇護者が斃れ、見守りの陽は落ちた。
これより、無慈悲な夜がはじまる。




