リーネの絵本読み聞かせ会
「よいこたちあつまれ~絵本の読み聞かせをするよぉ~」
「ヒャッハー! あたらしい絵本だぜええ!」
「この日をどんなに待ちわびたことかあああ!!」
「うおおおおお!! えほん、だいすきいぃ!!」
図書館の一角は子どもたちの熱気で満ちていた。本日はリーネが定期的に開催する、絵本の読み聞かせ会が行われている。この催しは"カーレル"側の子たちにとって習慣と言え、幼年のちびっ子たちは全員集まっていた。
やわらかい声で呼びかける丸眼鏡の少女と、妙に興奮し、目をぎらつかせながらおはなしを求める子どもたち。
たった一人を除き、これが異様な光景と指摘できる者はいなかった。
「こ、これは大変な集会だ……絶対に生還して、ウェザーとラリィに伝えなくちゃ……!」
息を潜め、隠し持った手帳に状況を記す少年はエリュンスト。"シズネ"町が生んだ悪童三人組の参謀役だ。彼は自主的な調査として、この読み聞かせ会に潜入していた。
大人たちは深い思慮をもって、カーレル・シズネ町の成立を受け入れたが、この出来事は子ども社会にとって天変地異そのものであった。
急激な環境変化に対応できない子らは、先住児童と諍いを起こし、遊び場は侵略されるだろう。ウェザーはそのように予測していた。
自らが統率し、庇護するシズネの同胞らのためにも、三人組は"カーレル"の子ども勢力図を正確に把握し、あちら側の"ガキ大将"の人となりを知らなければならない。
鉛筆を持つ手に力がこもる。同盟か決裂か。いずれにしても、近いうちに結論を出さねばならない。まずは両陣営の代表者を、話し合いの席に着かせることが重要だ。
どんな情報を持ち帰ろうと無駄ではない。特に今日は、本好きのリーネが、カーレルの子どもたちへ凄まじい影響力を持つと知れた。
これもまた交渉に使えると信じ、エリュンストは固唾を飲みつつ、彼女の朗読に耳を傾けた。
◇ ◇ ◇
「おおかみのかげ」
むかしむかし、あるところにおおかみの家族がおりました。やさしいお母さんおおかみと、強くてたくましいお父さんおおかみ。そして、ぼうやの三匹です。
みんなはとてもなかよしで、いつもいっしょに旅をしておりました。
ある日、お父さんおおかみが狩りに出ている間、お母さんおおかみとぼうやは清水を探しに出かけました。
霧ふかい山道を歩くお母さんおおかみと、そのあとをころころと走るぼうや。お母さんおおかみが、見通しの悪い道を気をつけて進んでいくのに、ぼうやはあっちこっちに興味を引かれてなりません。
「あれはなあに?」
ぼうやは霧のむこうに光るものを見つけました。お母さんおおかみが止めるのも聞かず、正体を探りに行きます。
「だめよぼうや! お待ち!」
お母さんおおかみは叫びました。いそいで、ぼうやのもとへかけつけます。
ガシャン! 葉っぱの下からおおきなはさみがあらわれ、お母さんおおかみの足にかみつきました。ぼうやが近づきかけたしげみには、動物を捕まえるためのわながあったのです。
二匹の叫びを聞きつけたお父さんおおかみは、狩りの途中で戻ってきました。するどい爪と牙を使っても、お母さんおおかみの足から、はさみを外すことはできませんでした。
わなにつかまったお母さんおおかみは、その場から一歩も動けません。
お父さんおおかみはがんばって狩りをして、毎日ごはんを届けてくれました。小さなぼうやは、木から落ちるしずくを葉っぱにためて、お母さんおおかみの口元へもっていきました。
それでも、そばで寄りそうぼうやには、お母さんおおかみがやせ細っていくのがわかりました。
ある朝のことです。お父さんおおかみが傷だらけで戻ってきました。狩りの途中で人に見つかり、弓矢を射かけられたのです。
何とかここまで逃げてきたお父さんおおかみですが、傷はふかく、これ以上歩くこともままなりません。
「お父さん、お父さん!」
泣きじゃくるぼうやに、おおかみの夫婦は困ったように顔を見合わせました。
二匹の命はもう長くありません。このままいれば、追手に見つかってしまいます。けれど、ぼうやはすがりついてはなれません。
「おまえだけでも、ここからはなれるんだ」
お父さんおおかみは言いました。
「おれたちをおいていけば、おまえはまだ生きられる。人に見つかる前に逃げるんだ。そしてこれから、ひとりで生きろ」
「いやだ! どこにもいきたくない! ずっと、お父さんとお母さんといっしょにいるんだ」
「いいかげんにしないか!」
言うとおりにしないぼうやに、お父さんおおかみは怒ります。お母さんおおかみはおちついて、となだめました。
それから、ぼうやにむけて、やさしい言葉をかけます。
「ごめんなさいね。わたしたちは、もうぼうやを守ってあげられない。でもこれは、決まっていたことでもあるの」
「そんな! ぼくは、いっしょにいられないの? ひとりにならないといけないの?」
「よく聞いて、ぼうや。わたしたちはいなくなるわけじゃないの。ただ、すがたを変えるだけよ。あなたの"かげ"になって、ずっとそばで見守っているの」
"かげ"になる……と、ぼうやは聞き返しました。"かげ"は、生きていくかぎり足元からずっとはなれず、いつでもそばにいます。
ぼうやは、さみしさが小さくなっていくのを感じました。かたちはちがいますが、お父さんおおかみとお母さんおおかみは、これからも近くにいてくれるのです。
一歩、二歩と……ぼうやは歩きだしました。
一度だけふりかえったとき、二匹はぼうやに最後の言葉をおくりました。
霧ふかい道を抜け、丘を下り、山のふもとにつくまで、ぼうやは走り続けました。つかれきって、動けなくなったとき、かなしみとさみしさがぼうやをおそいます。
そのとき、まばゆい光がぼうやをつつみました。まぶしさに下を向いたとき、自分の"かげ"を見ました。
うしろの岩はだに映し出されたのは、"おおきなおおかみのかげ"です。
そのすがたは、強くてたくましいお父さんおおかみのようでした。
やさしいお母さんおおかみのようでもありました。
ぼうやはまた歩きはじめました。送り出してくれた二匹の、最後の言葉を思い出しながら、前に進みます。
"どんなことがあっても生き抜くんだ"
"そして、しあわせにおなりなさい"
◇ ◇ ◇
「すばらしき銀たぬきの冒険 ~第五話 銀たぬき、港町にあらわる~」
猟弓、獣取り網などを背負った一行が、お屋敷に近づくのを見て、門番たちは声を荒らげました。
「何者だ! ここは海鮮問屋の豪商、サバス様のお屋敷であるぞ!」
「あやしいやつ! 名乗れ!」
門番たちは手に持った警杖を突きつけ、一行を警戒しました。
すると、つばの長い帽子をかぶった、代表者の男が進み出ました。部下の一人が、彼の身分証を高々と掲げます。
「無礼者! この方をどなたと心得る? これが目に入らぬか!」
「なに? こ、これは狩猟免許! しかも全世界に通用するだと!?」
「そんなことが許されるのは一人しかいない! あ、あなたは……」
「国際猟師のエフだ! 本日は警告に来た。こちらのお屋敷は、"銀たぬき"に狙われている!」
な、なんだってー!! と、門番たちは驚きました。
銀たぬきは、世界中の食べ物を盗み食いする大泥棒です。どんな隙間からでも"すり抜ける術"を使い、様々な高級食材を狙っています。そのすごさは港町にも伝わっていました。
「我々は奴の足あとを追って港町にやってきた。そして、あちらの壁に襲撃の兆しをみつけたのだ!」
「なんだ? こちらの壁一面に、やたらめったら足あとが押してあるぞ!」
「そう、これは銀たぬきからの予告状! 私が見るに、このようなことが書いてある!」
"親愛なるお魚屋さんへ"
"貴公が釣り上げた金色鯛はすばらしい。"
"本日深夜に、ワガハイがいただきに参上しよう。"
"銀たぬきより"
「おのれぬけぬけと! 銀たぬきめ、今日という今日は絶対に逃がさん! すぐにサバス氏に目通りを! 一刻も早く警戒網を敷かねばならん」
「……ただの足あとの羅列から、なぜそこまで読み取れるのだ?」
「それがエフ氏のすごいところなのです。さあ、お屋敷のご主人に報告を、さあさあ!」
部下たちに急かされながら、門番たちは一行をお屋敷の中に案内しました。
真っ暗な夜に、丸い銀色がぽっかりと浮かんでいます。暗い色をした水の上に、漁船が篝火を焚いて、海原を漂っていました。
「本当にこの策で襲撃を防ぐことができるのですかな、国際猟師のエフ殿?」
「はい、サバス氏。見ての通り、ここな海上なら銀たぬきと言えど泳いで渡れません。船にて金色鯛を保管するのが最も安全なのです」
夜であれど帽子を外さないエフ氏は、海鮮問屋のサバスと防衛策について話しています。豪商である彼は、でっぷりと脂ののった体を揺らし、辺りを見渡します。
間もなく銀たぬきが犯行を予告した深夜となります。海鮮問屋の護衛やエフ氏の部下たちも、気を引き締めて、警戒にあたっています。
「ん?」
護衛の一人が海を見下ろしました。妙な動きを感じたのです。
薄い雲がかかった空は、星の輝きを海上まで届けません。ひとつだけ浮かんだ銀色の光が、水面に反射しています。
その光は少しずつ船に近づきます。はじめは波のせいと思った護衛たちですが、上を見て驚愕の叫びをあげました。
「違う! 最初から月なんかじゃなかったんだ!! あれは……!」
「気をつけろ、銀たぬきだ! 上から来るぞ!!」
黒い翼を持つ鳥に掴まれ、もふふーんと船首に降り立ったのは、銀色の豊かな毛皮を持つたぬき。明るく光る身体を丸め、月のふりをしていたのです。
銀たぬきは得意の"すり抜けの術"を使い、護衛たちの足を潜り、船の奥へ走ります。
「ふふふー! たやすいたやすい。ワガハイに忍び込めぬ場所などないのだ!」
銀たぬきは自信たっぷりに船内を歩き回りました。捕まえようとする護衛たちの手を、難なくかわして進んでいきます。
最後の扉をすり抜けようとしたその時、好敵手が銀たぬきの前に立ち塞がりました。
「貴様の思い通りにはさせん! この国際猟師のエフが相手だ!」
「やはり最大の難関はエフ氏か! だが、ワガハイの足取りについてこられるかな?」
狭い船内ですが、エフ氏は獣追い棒を武器に、隙なく立ち回りました。
小槍ほどの長さの棒には、両端にとりもちが塗ってあります。銀色の毛皮にくっつけば、さすがの銀たぬきもべたべたになり、すり抜けの術が使えなくなります。
次から次に繰り出されるとりもち棒に、銀たぬきは部屋のすみに追い詰められていきました。しかし、攻撃を走ってかわした勢いのまま、銀たぬきは壁をけり、エフ氏のおなかへ、もふん! と体当たりを食らわせました。
「ぐふっ! し、しまった……武器が!」
体勢を崩されたエフ氏は、とりもちを壁につけてしまいました。べったり張り付いて取れません。
その間に、銀たぬきは最後の扉をすり抜け、金色鯛をくわえて逃げていきました。
「おのれ! このままでは済まさないぞ銀たぬき! 次こそは絶対に捕まえて、その毛皮をもふもふしてくれるわー!!」
来た時と同じく、黒い鳥に掴まれ、銀たぬきは去っていきます。エフ氏はその姿を大層悔しがりながら見るしかありませんでした。
「これはどうしたことだ!? エフ殿、話が違うぞ! あの魚は朝市の目玉商品だったのだ、どう責任を取ってくれる!?」
「お言葉ではありますが、サバス氏。金色鯛を保管していた船倉で、この瑠璃色いわしを見つけました。これは絶滅危惧種で、漁が禁止されていたはずでは?」
エフ氏がつまんでいる小魚を見て、サバス氏の顔はみるみる青ざめました。
「あっ……誤解だ! わ、私はそんな魚など知らぬ!」
「詳しい話は漁業組合で聞こう。よし皆の衆、サバス氏を連行するのだ!」
「はっ!」
国際猟師のエフ氏は、銀たぬきを捕まえることを生涯の目標としていますが、狩猟の秩序を守ることも仕事の一つでした。
今日は銀たぬきの代わりに密猟者を捕らえ、瑠璃色いわしたちの絶滅を防ぐことができました。
陸地に下ろしてもらった銀たぬきは、えものを巣まで持ち帰ろうと、路地裏を歩いていました。
「さて、この金色鯛はどれほど美味なのか。ワガハイの巣でゆっくりいただくとしよう」
「おにいちゃん。おなかすいたよう」
「がまんするんだ。また、市場でごはんをとってきてやるから」
銀たぬきは足を止め、声のする方へ体を向けました。そこには、子猫の兄弟が空腹で泣いていました。
そんな子猫たちの前に、銀たぬきは迷わず金色鯛を差し出しました。
「坊やたち。お魚は好きかね? さあ、これをお食べ」
「いいの!? ありがとう、たぬきのおじちゃん!」
「どうもありがとうございます、たぬきさん。でも、これはあなたが手に入れた魚ですよね? どうしてぼくたちなんかに……?」
子猫の兄弟をやさしく見守りながら、銀たぬきは答えます。
「ワガハイはえものにはこだわっていないのだよ。常に求めるのは、すり抜けがいのある壁と、好敵手との戦いだけだ。一番大切なのは、心躍る冒険がずっと続けられることなのだ」




