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第五話 6月20日(木)06:45

最初の肉体的な暴力は、拳では訪れなかった。

匂いとともに訪れた。


学校に着いたのは六時四十五分だった。一階の廊下には、まだ消毒液と夜の湿気の匂いが残っていた。生徒用玄関で靴を脱ぎ、一年B組の十七番の下駄箱に、白い上履きを探した。


なかった。


代わりに、サイズの違う、汚れた、踵を踏み潰された上履きが一足入っていた。僕のものは消えていた。廊下の左右を見た。誰もいない。二階のどこかでドアの閉まる音が、遠くにこだましただけだった。


叫ばなかった。誰にも訊かなかった。他人の上履きを履き(大きすぎた)、借り物の皮膚の中を歩くようなぎこちない足取りで階段を上った。一段ごとに、音が違った。身体はもう、自分の足の重さを覚えていなかった。


教室では、僕の机がいつもの場所で待っていた。けれど、引き出しの中はもう僕のものではなかった。ノートは乱れていた。いちばん厚い数学のノートは、誰かが急いで、軽蔑をこめてめくったかのように、角が内側に折れていた。筆箱の中のシャープペンは、真ん中で折られていた。芯が、プラスチックの底に小さな灰色の欠片となって散らばっていた。


メモはなかった。

必要なかった。


席に着いた。現代文のノートを開いて、読むふりをした。漱石の文字は、まばたきのたびに一ミリずつ動いた。また胃が痛んだ。でもそれは昨夜の結び目ではなかった。もっと乾いて、もっと静かなものだった。場所を取りはじめた、諦めのようなもの。


一時間目、誰も僕を見なかった。

二時間目も、見なかった。


休み時間、クラス全員がほとんど同時に立ち上がったとき、誰かが僕の椅子のすぐそばを通り、空気が揺れた。押されはしなかった。ただ、ほとんど優雅と言っていいほどの正確さで、丸めた紙片が、開いたノートの上に落とされた。すぐには開かなかった。教室が空になるのを待った。


中には、黒いボールペンの小さくきれいな字で、三文字だけ書かれていた。


邪魔


紙を畳み、制服の上着の内ポケットにしまった。捨てなかった。なぜかはわからない。捨てれば、誰かがわざわざそれを書いたと認めることになるからかもしれない。僕はもう、その力を相手に与えたくなかった。


午前中の残りは、濃い霧の中を過ぎていった。体育では、リレーの練習でペアを組む相手がいなかった。先生は気づきもしなかった。あるいは気づいて、正すほどのことではないと判断した。僕は列の最後尾で、ぶつかる相手がもう誰もいなくなってから、ひとりで走った。


一歩でも踏み外すたびに、もう自分のものとは思えない内側の声が、同じ言葉を繰り返した。


みんなは正しい。

お前だけが違う。

二度と失敗するな。


昼休み、昨日と同じ食堂の隅に座った。誰も近づいてこなかった。母の作った弁当を半分食べた。ご飯は段ボールの味がした。残りはしまった。食べ物を捨てるのも、迷惑になるやり方のひとつだった。


午後の自習の時間、トイレに行っているあいだに、誰かが僕の椅子を左へ三センチずらした。戻ると、空間は、身体が覚えていた幾何学と合わなくなっていた。それでも座った。姿勢を直した。新しい角度を受け入れた。


その夜、家で、必要以上に長くシャワーを浴びた。熱いお湯でも、皮膚が大きすぎるような感覚は取れなかった。借り物の上履きと同じだった。洗面所の鏡に映る自分を見て、世界が僕を余りものと決めた理由になりそうなものを探した。何も見つからなかった。ただ、隈のある十六歳の少年と、噛みすぎて少し腫れた下唇があるだけだった。


早く床についた。

明かりを消す前に、ポケットから紙を出し、枕元の目覚まし時計の隣に置いた。


邪魔。


その言葉は、僕を侮辱してはいなかった。

僕を、説明していた。


目を閉じて、声に出さずに繰り返した。まだ果たせそうに思える、たったひとつの約束を。


もう失敗しない。

場所を取らなくなれば、きっと、みんな僕に気づかなくなる。

完全にいなくなれば、水面はまた平らになる。


亀裂はもう、外側だけのものではなかった。

内側でも、開きはじめていた。

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