第三話 6月19日(水)06:25
僕が着いたのは、朝の六時二十五分だった。
六月のその時間の空気には、まだ夜の冷たさが残っていて、北野高校の別棟のコンクリートの壁のあいだに閉じ込められていた。廊下の明かりは消えている。僕の足音は薄暗がりの中で、金属のように澄んで響いた。医師たちの回診前の、無人の病院を歩く人間のように。
音楽室のドアを開けると、閉め切った木と樹脂の匂いが胸に突き当たった。空っぽの譜面台の列は、黙って整列した影の軍隊のようだった。
制服の上着を脱ぎ、一番手前の椅子に丁寧に畳んで掛けた。棚からネル地のクロスとピストン用のオイルを取り出す。七時半までに、六十本の楽器を磨かなければならない。
自分のものでさえないトランペットの抜差管にこびりついた油汚れを擦りながら、僕は不都合な真実に気づいた。罰は、昨日始まったのではない。昨日はただ、正式なものになっただけなのだ。
振り返れば、兆しは何週間も前から、カレンダーのあちこちに散らばっていた。先月、練習時間の変更を確認するためにLINEのグループができたとき、僕の名前だけ、追加されるまでに四日かかった。五月の昼休み、中庭でお弁当を食べていると、僕が近くに座るたびに、進学先の話はさりげなく途切れた。偶然だと、自分に言い聞かせていた。内気さや、学期末の疲れのせいで距離ができているだけだと。
偶然ではなかった。あれは準備段階だった。集団は、仲間の追放を即興ではやらない。技術的な口実が見つかるまで、静かにリハーサルを重ねるのだ。
七時十分、引き戸が開いた。
高橋先輩が、鞄を片方の肩に掛けて入ってきた。髪はわずかに湿っていて、姿勢はいつもどおりまっすぐだった。床に膝をつき、黒い潤滑油で手を汚し、きれいなクロスを右側に並べた僕を見ても、驚いたようすはなかった。
急ぐこともなく近づいてきた。トロンボーンのケースの表面を人差し指でなぞり、それから、点けたばかりの蛍光灯の光に、指先をかざして見た。
「クラリネットのキーに、磨き剤が足りてない」
僕の目を見ずに、彼は言った。
「まだ木管のところまで行ってません、先輩。言われたとおり、金管から始めたので」
高橋先輩は答えなかった。自分のハンカチをポケットから出し、外科医のような落ち着きで指先を拭うと、隅のごみ箱に捨てた。
「遠藤先生は八時に来る。それまで木管が光ってなかったら、お前はこれを償いじゃなく、ただの作業だと思ってたってことだ」
彼は僕の横を通り、奥の倉庫へ向かった。肩がかすめたが、暴力はなかった。それでも、確定した判決の重みを感じた。どれだけ働いても、ゴールはいつも、手の届かない半メートル先へ動いていく。
七時五十五分、部員たちが集まり始めた。音楽室はたちまち、いつもの笑い声と、制服を直す音と、鞄が床に落ちる音でいっぱいになった。けれど、その騒音と僕とのあいだには、完璧な真空の泡ができていた。譜面台を磨く僕の脚にぶつかる者はいない。廊下の水たまりを避けるときの、あの本能的な自然さで、みんなは僕をよけていった。
小林でさえ、入ってくると反対側の壁にぴったり沿って歩いた。目が合いそうになった瞬間、スマホを持ち上げ、急ぎのメッセージを打つふりをした。
八時十分、朝のホームルームの予鈴が鳴った。
廊下の手洗い場で手を洗った。業務用の石鹸でも、指先に染みついた鉱物油の匂いは取れなかった。僕は一年B組へ歩いていった。
一年B組は、吹奏楽部とは何の関係もない。少なくとも、そう信じたかった。サッカー部の男子も、書道部の女子も、どの部にも入っていない生徒もいる。それでも、戸口の敷居をまたいだ瞬間、空気が変わった。
くすくす笑いはなかった。悪口もなかった。本物の恐怖は、音を立てない。
もっとずっと繊細なことが起きていた。僕の真ん前に座っていて、日本史のノートをよく交換していた佐々木が、椅子を五センチ前に引いて、前の机にぴったりくっつけていた。後ろの掲示板では、昨日まで貼ってあった教室の掃除当番表の、僕の名前が、とても薄い鉛筆で消されていた。赤いマジックの攻撃的な二重線ではない。ほとんど透明に近い灰色の線で。誰かが誤植を消そうとしたかのように。
窓際の三列目の自分の席に座った。
冷たい木の机に手を置いた。黒板に目をやると、左隣の斉藤との距離が、越えられないものに感じられた。斉藤は僕を見なかった。ただ、机の端に教科書を積み上げて小さな壁を作り、視線が交わる可能性さえ塞いだ。
そのとき、すべてを理解した。
部活は別世界ではなかった。北野高校は、ひとつの生きた有機体だった。昨日の五時二十分、音楽室で始まった感染は、すでに廊下を伝い、ドアの隙間から染み込み、今は僕の机の表面に横たわっている。
誰かが口を開く必要はなかった。一年B組の全員が、もう空気を読んでいた。ハルトが今月の不良品だということを、みんな知っていた。そして誰ひとり、本当に誰ひとり、汚染された物に触れるという過ちを犯そうとはしなかった。




