第十五話 7月12日(金)07:20
僕が壊れた瞬間は、暴力ではなかった。
こぼれた牛乳だった。
名前は掃除当番表から消されていたのに、僕は相変わらず七時に来ていた。窓を拭き、ごみ箱を空にし、奥のリノリウムをこすった。父に命じられたことを果たすために、僕に残された方法だった。我慢。耐えること。倍働くこと。理由を与えないこと。
七時二十分、高橋が部のファイルを取りに入ってきた。教壇を拭いている僕の横を通った。振り向いたとき、リュックの角が、誰かが飲みかけで置いていった牛乳パックに当たった。パックが倒れた。牛乳が、木の床の上にすばやく広がった。
「あ」
彼は言った。
「こぼれた」
僕を責めはしなかった。ただ、誰かが、つまり僕が、片付けるのを待って、立っていた。
急いで雑巾をつかんだ。手の反応が遅れた。冷えて、感覚がなかった。雑巾が滑った。手がバケツの縁にぶつかった。
汚れた水が、一気にこぼれた。
灰色の波が、牛乳と混ざり、教壇を濡らし、教卓の脚に届き、高橋のリュックの端まで届いた。誰もいない教室で、その音は、とてつもなく大きかった。
水たまりの中に、膝をついたまま動けなかった。冷たい水が、ズボンを伝って上がってきた。高橋は一歩下がり、自分の上履きを見て、それから惨状を見た。
「掃除もまともにできないのか」
彼は背を向けて出ていった。ドアを開けたままで。
僕は、ひとりになった。
拭こうとした。手が震えた。雑巾はもう水を吸わなかった。水は指のあいだに染み込んだ。そのとき、身体が、何週間も僕が禁じていたことをした。崩れたのだ。
声を上げて泣いたのではない。醜い、鈍い、肩の震えだった。涙がひとつ、汚れた水に落ちた。もうひとつ。震え方さえ、恥ずかしかった。
されたことを泣いていたのではない。
あの言葉が、本当だったから泣いていた。
僕は、音を外さずに吹くことができなかった。
摩擦を生まずに教室にいることができなかった。
食卓を裁判にせずに、家で食事をすることができなかった。
そして今、雑巾ひとつ、床を水浸しにせずに扱えなかった。
それまで僕は、理不尽に耐えているのだと思っていた。
水たまりに膝をついて、別のことがわかった。世界が厳しすぎるのではなかった。僕には、いちばん簡単な仕事さえ持ちこたえる力がなかったのだ。
欠陥は、部にも、一年B組にもなかった。
欠陥は、構造的なものだった。
僕が、その欠陥だった。
最初の生徒たちが来て、顔が汚れ、ズボンの濡れた僕が膝をついているのを見たとき、誰も何も言わなかった。ただ、水たまりを避けて通った。
立ち上がった。トイレで、皮膚の感覚がなくなるまで顔を洗った。鏡には、被害者は映っていなかった。また失敗した物が、映っていた。
その日の午後、黒いノートには、時刻も名前も書かなかった。
ただ一行だけ。
『最も簡単な作業を遂行できず。確認:無能は一時的なものではない。構造である。』
問いが、変わった。
もう「あとどれだけ耐えられるか」ではなかった。
もっと静かで、もっと重い、別の問いになっていた。
『壊れることしか知らないものを、なぜ立たせておかなければならない?』




