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観測士ルキア  作者: 蒼
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8話 読めない心

 昼休みのざわめきから離れたくなって、ルキアは屋上へ向かった。

 観測記録を送るなら、そのほうが都合がよかった。


 階段を上がり、重い扉を開ける。

 すると、そこには先客がいた。


 フェンス際に立ち、空を見上げている生徒が一人。

 制服にはまだ張りがあり、どこか着慣れていないように見える。一年生だろうか。


「こんにちは」


 声をかけると、相手はゆっくりと、ほんの少しだけ振り返った。


「……こんにちは」


 返ってきたのは短い返事だった。


「ここ、来てもよかったかな。邪魔だったら出るけど」

「大丈夫です」


 それだけ言って、彼はまた空へ視線を戻した。


 校舎のほうから生徒たちの声が届いていた。

 けれど、ここだけ別の場所みたいに静かだった。


 ルキアは、その中へ足を踏み入れるように、彼のほうへ歩き出した。


 言葉を交わすより先に、いつもの癖で相手の感情へ軽く触れようとする。

 けれど、指先を滑らせたみたいに、何も掴めなかった。


 ルキアの足が止まる。


 こんな感覚は、初めてだった。


 思わず相手を見た。

 その視線に気づいたのか、彼の眉がわずかに動いた。


 ルキアは、いつもの調子に戻るように、口元を緩めた。


「君、名前は?」

「……御影、薫」

「御影くん。僕はルキア・エルヴァン。二年生だよ」

「……二年生なんですか」


 その返しは、拍子抜けするほど普通だった。

 

 しばらくして、薫はフェンスから離れた。

 ルキアに向かって軽く会釈する。

 その動作は、迷いがない。


「失礼します」


 そのまま屋上の出口へ向かって歩き出す。

 ドアに手をかけたところで、指先が一度だけ止まった。

 振り返ろうとしたようにも見えた。

 けれど結局、そのままドアの向こうへ消える。


 ルキアは閉まった扉のほうを、しばらく見ていた。

 手を伸ばした先に、何もなかったような感覚だけが残る。

 拒まれたわけではない。

 けれど、届いた感じもしなかった。


 予鈴が鳴った。

 そこでようやく、ルキアは本来の目的を思い出した。


 いつも通りの手順で観測記録をまとめた。

 ただ、最後の分類だけが、すぐには決められなかった。


 いつもより時間をかけて記録を送り終え、屋上を後にした。

 

 教室へ戻った途端、喧騒が一気に流れ込んできた。


 弁当が足りなかった。

 午後の授業が面倒だ。

 さっきのことを謝らなければならない。


 断片的な声が、いつも通り次々とかすめていく。

 今はその中にいるはずなのに、さっきの屋上だけが妙に遠い。


 人の気配は、こんなにも満ちているのに。

 御影薫の気配だけが、そこから抜け落ちたみたいに残っていた。


 それが何なのか、まだうまく言葉にできなかった。

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