7話 聞こえてしまった声
「そこの段ボール、こっちに運んでくれ! おい、それ逆!」
体育祭準備で、校内は朝からうるさかった。
廊下の向こうでは、瑞稀が冷静に指示を飛ばしている。
赤組団長に選ばれてしまった正樹は、「なんで俺が団長なんだよ……」とぶつぶつ文句を言っていた。
それでも手は止めず、ちゃんと作業に加わっている。
「正樹、うるさいよ。時間が押してる」
「わかってるって!」
廊下の向こうから、正樹の声がよく響いた。
その一方で、ルキアと清之助は教室に残り、旗の装飾をしている。
この一角だけ、妙に静かだった。
三年生が中心の行事だからか、二年の教室はどこか締まりがない。
手を動かしているのは数人だけで、あとはマジックやガムテープを投げて遊んでいる。
清之助は旗に色を塗りながら、教室の様子を横目で見た。
(俺らのクラス、まとまりねえよな。これ、あとで絶対怒られるぞ)
そう思った瞬間、隣でルキアがぽつりと言った。
「確かに、あとで怒られそうだね」
清之助の手が止まる。
ルキアはその気配に気づき、顔を上げた。
「どうしたの?」
「俺、今何も言ってねえけど」
「そうだっけ?」
ルキアは首を傾げる。
清之助はじっとその顔を見た。
「……待て。もしかして今、俺の心読んだのか?」
ハケを持ったまま小声で問いかける。
ルキアは不思議そうな目でこちらを見返した。
「……あれ? 言ってなかった?」
「何も言ってねえ!」
清之助の声に、教室が一瞬だけ静まった。何人かがこちらを見ている。
清之助はすぐに「わりい」と手を振ってごまかし、椅子を引き寄せて声を潜める。
「お前さ。ていうか、いつから? 最初から? 昨日の風呂上がりとかも?」
そこまで言って、自分で何を掘り返してるんだと思ったのか、清之助は顔をしかめた。
ルキアは少し上を向いて考えているようだった。
「うん。でも、清之助のは、聞いても聞かなくてもだいたい同じだから」
「そういうことじゃなくて!」
思わず声が裏返る。
清之助は、がくりと机に突っ伏した。
「やば……なんか、いろいろ終わった気がする」
「大丈夫。必要なとき以外は、聞いてないから」
「そういう問題じゃねえ!」
清之助は勢いよく顔を上げた。
「……てか、必要なときってどういうときだよ」
ルキアは顎に手を当てていた。
「清之助が妙に静かなとき、かな」
「……俺、静かなときがあるのかよ」
「あまり、ないかな」
そう言って小さく笑うと、ルキアは何事もなかったように旗へペンキを塗り始めた。
「それ褒めてねーよな。つか、お前、人の心読むのやめろよ……」
勢いで言ったわりに、語尾が弱くなる。
「……善処する」
「善処って何だよ」
返ってきた言葉の意味より、ほとんど悪びれていないことのほうが引っかかった。
清之助は大きく息を吐き、何か言い返しかけて、結局ハケを持ち直す。
しばらくして、ルキアが口を開いた。
「明日は競技のリハーサルだっけ?」
「……うん。リレーの順番とか決めるらしい」
清之助は「俺、走るの嫌なんだけどなー」とぶつぶつ言いながら、旗に色を乗せていく。
ルキアはその横顔をちらりと見た。
教室中の思考は散っていて、拾おうとするとすぐほどける。
けれど、隣にいる清之助のものだけは妙に輪郭があった。
真っ直ぐで、隠さないぶん、かえって目につく。
ルキアは立ち上がり、窓を開けた。
こもっていたペンキの匂いが薄まっていく。
廊下の声と、遠くの笛の音が戻ってきた。
その中に、瑞稀の短い指示も混ざっている。
「よし。キリのいいところまでやろう」
そう言って振り返ると、清之助は思いのほか真剣な顔で旗を塗っていた。
さっきまであれだけ騒いでいたのに、筆を持つと急に黙る。
そういうところは、まだ読みきれない。
ルキアは、その横顔に少しだけ目を留めた。




