6話 故郷の話
夜の寮は静かだった。
廊下の照明が落とされ、各部屋からは小さな明かりがもれている。
ルキアと清之助の部屋でも、静かな時間が流れていた。
清之助は教科書を開いていたが、何度目かのあくびを噛み殺している。
ルキアは机に向かい、ノートに何かを書いていた。
「……なあ、ルキア」
不意に、清之助が声をかける。
「ん?」
「お前の星って、どんな感じなの?」
「……星?」
「ほら、お前が来た星だよ」
清之助は机から離れ、ベッドの端に腰をかけた。
ルキアは持っているペンを置き、椅子ごと身体を向ける。
「……何が知りたい?」
「いや、難しいことじゃなくてさ。景色とか、街の様子とか。そういうの」
「景色……」
ルキアはエルセリアを思い出し、目を細めた。
「地球とは、ぜんぜん違うよ」
「どう違うんだ?」
「まず、空一面が氷で覆われてる」
「……は?」
清之助は思わず眉をひそめた。
「氷? 空が?」
「うん」
「エルセリアでは、強い力には必ず対となる力が生まれるって考えられてる。だから空は、ずっと氷に覆われてる」
「へえ……」
清之助は、わかったようなわからないような顔で頷いた。
「それって、めちゃくちゃ暗いってこと?」
「いや、逆だね」
ルキアはわずかに笑った。
「エルセリアの近くには、光を放つ星がある。その光が氷に反射するから、地上はずっと明るい」
「明るい?」
「うん。氷が光を返して、地面も建物も、全部きらきらして見える」
ベッドが小さく軋んだ。
清之助が身を乗り出していた。
「なんだそれ。すげえ綺麗じゃん」
「そうかな。僕にはずっと当たり前の景色だったけど」
そこまで言って、ルキアは深く息を吐き出す。
「小さい頃は、眩しくて目を開けにくい日もあったかな。今は慣れたけど」
「すごいな……全然想像つかねえ」
清之助は目を瞬かせていた。
「なあ、お前の星って、地球と違うとこ、他にもあるのか?」
「……うん。大きく違うことが、ひとつある」
「なに?」
ルキアは言葉を選ぶように、少し間を置いた。
「エルセリアには、嘘がない」
「は? 嘘がないって、どういうこと?」
「そのままだよ。誰も、嘘をつかない」
「いや、待てよ。嘘つきたくなることとか、ないの?」
ルキアは首を横に振る。
「ない。少なくとも、僕は嘘をつきたいと思ったことはない」
「マジで?」
清之助はしばらく口を開けたまま固まっていた。
「それ……キツくね?」
ルキアは少し考えてから答えた。
「地球へ来たとき、最初に驚いたのはそこだった。みんな、思っていることと違うことを口にする」
「……ああ」
「エルセリアでは、悪いことを隠せない。だから……」
そこでルキアは、一瞬だけ言葉を止めた。
「少なくとも、僕の知る限り、悪人はいない」
「悪人がいない?」
「うん」
清之助は天井を見上げたまま、考え込んだ。
「それって、すげえ平和な世界だな。じゃあ、争いとかもないの?」
「それは、また別の話だよ……」
その一言だけ、ルキアは窓の外を見たまま言った。
あまり思い出したくない小さな頃の記憶が、ふとよぎった。
清之助は首を傾げる。
「別の?」
「……そうだね」
ルキアは微かに笑って、話を戻した。
「だから、地球のこういう曖昧さは、僕には新鮮なんだ」
「……曖昧さって、嘘も含めて?」
「うん。たぶん」
清之助はベッドに寝転がり、腕を頭の後ろで組んだ。
「……なあ、ルキア」
「ん?」
「お前、地球、好きになれそう?」
ルキアは目を見開いた。
そして、緩やかに微笑んだ。
「うん。もう、好きだよ」
「マジで?」
「マジで」
清之助は照れくさそうに笑って、また天井を見上げた。
「……そっか。それなら、よかった」
やがて清之助があくびをして、布団に潜り込んだ。
「じゃあ、俺寝るわ」
「うん、おやすみ」
清之助が、布団から顔だけ出した。
「……なあ、ルキア」
「なに?」
「嘘つかないなら、やっぱりお前って宇宙人なんだな」
ルキアは小さく笑った。
部屋の明かりが消える。
静けさが、ゆっくり戻ってきた。
暗闇の中で、ルキアはそっと目を閉じる。
きらきらと光る地面。嘘のない世界。
どちらも確かに自分の知る場所のはずなのに、エルセリアの景色が少し遠く感じた。




