5話 屋上の記録
ルキアは、人のいない場所を探していた。
たどり着いた屋上には、風の音しかなかった。
フェンスの近くまで歩いていき、空を見上げる。
地球の空は広い。どこまでも澄んでいて、母星の空とは違っていた。
静かにまぶたを閉じた。
内側は、ひんやりと澄んでいる。
意識だけが、遠く離れた観測艦へと伸びていく。
【地球文化記録:03】
▷ 観測地点:星桜高校(第三区域・日本)
▷ 観測期間:到着五日目
▷ 文化的特性:
・男子単一環境における階層構造の存在
・衝突と協調の同時発生
記録は静かに送信された。
接続が切れると、ルキアはゆっくり目を開けた。
フェンス越しに校庭を見下ろす。
ボールを追って走る生徒たちの姿があった。
同じ輪の中にいるのに、笑っている者、苛立っている者、ただ合わせているだけの者がいた。
ひとつの場所に集まっていても、それぞれが少しずつ違う時間を生きているように見えた。
ここは、文化も技術も環境も、母星とはまるで違う。
最初は、それだけを見ればよかった。
東條清之助のことが頭に浮かんだ。
初めて会った夜、あのとき記憶を消すこともできた。
本来なら、そうするべきだった。
けれど、手が止まった。
彼がこの先どんな反応を返すのか、見てみたいと思ってしまった。
単なる好奇心のはずだった。
地球では、口にする言葉と内側の感情が噛み合わないことがある。
感情が読めるルキアには、それがまだうまく掴めない。
けれど、清之助は違った。
口にする言葉と、そのときの感情が、ほとんどずれていなかった。
あの率直さは珍しかった。
それだけのはずなのに、なぜか残った。
——ルキアはルキア。
あの言葉を思い出す。
清之助の中には確かに戸惑いがあった。
それでも、最後には笑った。
その声が、妙にはっきり残っている。
あのときは、何も言えなかった。
記録して、帰るはずだった。
それなのに、気がつけば目で追っていたのは、人の表情や、昼休みのざわめきばかりだ。
記録に残すには小さすぎる光景。
けれど、そういうもののほうが、なぜか強く残った。
星に惹かれて来たはずなのに、見ているのは人のほうだった。
ルキアは小さく息を吸い、もう一度空を見上げる。
雲は、さっきとは違う形になっていた。
風もまた、少しだけ向きを変えている。
そのとき、昨日の視線が脳裏をかすめた。
視線が合ったとき、すぐには逸れなかった。
あの人の目は、こちらを測るようだった。
白川瑞稀。
根拠は薄い。
それでも、あの感覚だけはうまく捨てきれなかった。
清之助とは、違う種類のざわつきだった。
「……気をつけないと」
呟きは風に紛れて消える。
地球での時間は、思っていたよりずっと速い。
帰るまでに、それを掴めるだろうか。




