15話 乾いた音
ルキアは清之助と並んで食堂へ向かっていた。
「ルキア、どうした? ぼーっとしてるけど」
清之助が、顔をのぞき込むようにして尋ねた。
「何でもないよ」
ルキアは、少しだけ笑った。
清之助はちらりとその横顔を見たが、それ以上は聞かず、前を向いた。
「それにしても、工事終わんねーな」
食堂へ向かう途中、二人は吹き抜けの前を通っていた。
壁際には足場が組まれ、上の方まで金属の骨組みがむき出しになっている。
「補強工事してるんだってさ」
「そうなんだ」
ルキアはふと足を緩め、上を見上げた。
細い鉄骨が、天井まで複雑に伸びていた。
そのまま歩いているうちに、二人は食堂へ着いた。
食券を買い、混み合う中で席を探していると、奥の方から大きく手を振る生徒がいた。正樹だった。
「おーい、ここ空いてるぞ」
見ると、正樹と瑞稀の横にちょうど二つ、席が空いていた。
「ちょうどよかった。隣、お邪魔します」
清之助がそう言って腰を下ろす。
ルキアもそれに続いた。
正樹が無造作に寄せたトレーを、瑞稀が何も言わずに元の位置へ押し戻す。
「もうすぐ中間テストだな。部活は休みなんだろ」
正樹が言った。
「サッカー部はもう試験休みです。マジでテスト嫌ですよ。先輩たちは賢くて羨ましいです」
清之助はそう言いながら、険しい顔でうどんをすすった。
「先輩じゃなくて、この生徒会長が、だろ」
「なんだかんだで、お前も点数は取ってるだろ」
瑞稀の言葉に、正樹は肩をすくめた。
「でも、お前に勝ったことは一度もねーよ」
「それは当然だ」
瑞稀はそう言って、何事もないように食事を続けた。
「……かわいくないな、お前」
正樹が笑うと、瑞稀もほんの少しだけ口元を緩めた。
「ルキアは余裕だろ?」
不意に正樹に話を振られ、ルキアははっと顔を上げた。
箸を持つ手が、一瞬止まる。
「あ、いえ……僕はまだ勉強中で」
片手を小さく振る。
その動きを追うように、瑞稀の視線が一度だけ手元へ落ちた。
ルキアはそれに気づくと、手を静かに下ろした。
瑞稀は箸を置いた。
「中間テストは毎年だいたい似たような問題が出るだろ。よかったら過去問貸そうか」
「マジっすか!」
清之助の目の色が変わった。
「いいよ。たぶん、生徒会室にあると思う」
瑞稀は席を立った。
「後で持っていくよ」
「ありがとうございます!」
「俺ももう行くわ。じゃあな、二人とも」
正樹も瑞稀に続いて立ち上がり、二人は食堂を後にした。
「ルキア、ラッキーだな」
「……そうだね」
ルキアと清之助は、賑やかな食堂の人波に紛れていく二人を、しばらく見送っていた。
◇
瑞稀は食堂を出ると、そのまま生徒会室へ向かった。
棚に並ぶファイルの中から、自分用にまとめてある去年のテスト用紙を探し出す。
必要な分を抜き取り、そのまま食堂へ戻った。
再び近くまで来ると、さっきまであれほどいた生徒たちの姿は、もうほとんどいなかった。
遠くの厨房から、後片付けの音だけが微かに響いてきた。
そのとき、前方を横切るルキアと清之助の姿が目に入った。
ルキアが不意に足を止め、真上を見上げている。
瑞稀もつられるように視線を上げた。
視界の端で、何かが揺れた。
工事用の足場から、小さなものが落ちてくる。
ネジだった。
清之助の頭上へ、真っ直ぐ落ちていく。
瑞稀の喉が詰まる。
声を上げるより先に、ルキアの指先がわずかに動いた。
その瞬間、ネジの軌道がずれた。
清之助の頭上をかすめるように逸れ、床へ落ちる。
カツン、と乾いた音が静かな通路に響いた。
その短い音が、不自然なほどはっきり瑞稀の耳に残った。
清之助が振り返った。
「ん? ……今、なんか落ちてきたな」
床に転がったネジを見つけると、顔をしかめる。
「うわ、ネジじゃん。あぶねーな」
「……本当だ」
ルキアは上を見たまま、少し遅れて答えた。
清之助はネジを拾い、足場の脇にある資材置き場へ置いた。
「行こうぜ」
二人は、瑞稀に気づくこともなく、そのまま教室へ戻っていく。
その背中が見えなくなっても、瑞稀はしばらくその場を動けなかった。
はっきり言葉になる前に、あのときの軌道が先に浮かぶ。
「……同じだ」
ほとんど息に近い声だった。
無意識のうちに、手の中の紙を強く握りしめる。
くしゃり、と音がして、瑞稀はそこでようやく顔を上げた。




