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観測士ルキア  作者: 蒼
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11/23

10話 体育祭

 体育祭当日。

 応援団の掛け声と笛の音が、朝から校庭に響いていた。


「うわ、朝から暑っ……」


 清之助が体操服のまま大きく伸びをしている。


 ルキアは、赤組のハチマキをしっかりと締め、静かに校庭を見渡していた。

 周囲では、すでに各組が整列を始めている。

 声は多いのに、不思議と流れはひとつにまとまって見えた。


「すごいな。地球の行事って、こんなに全力でやるんだ」

「当たり前だろ。っていうか、お前も走るんだぞ?」

「うん。もちろん」


 頷くルキアに、清之助は苦笑する。


「いや、本当に大丈夫かよ……」


 開会式が終わると、午前の競技がすぐに始まった。

 最初の大きな競技は騎馬戦だった。


 グラウンドの中央では、男子たちが雄叫びを上げながらぶつかり合っている。

 土煙が舞い、土台役の生徒は歯を食いしばっていた。


「上がれーッ!!」


 騎馬の上で絶妙にバランスを取りながら指示を飛ばしているのは、赤組団長の正樹だった。

 全身で仲間を鼓舞している。ぶつかり合いの中心にいて、あの一帯だけ空気の熱が濃い。


「赤組がやや優勢でしょうか」


 冷静な声で進行を務めているのは、瑞稀だ。

 淡々とした口調のまま、状況だけを正確に拾っていく。


 ルキアは離れた場所から、騎馬戦の様子を見ていた。


「おっと、青組の騎馬が崩れかけ……いや、持ちこたえた!」


 瑞稀の実況が響く。

 その直後、正樹の騎馬が一瞬大きく傾いた。


 ルキアは、気づかぬうちに身を乗り出していた。

 手のひらには、うっすら汗が滲んでいる。

 観測しているだけのはずなのに、勝敗がやけに気になった。


 午後になると、校庭の熱気はさらに増していた。

 やがて、ルキアたちの出るリレーが始まる。


 各組の歓声が上がる中、清之助はバトンを受け取って走り出した。

 風を切る音。飛び交う声援。前を行く走者との距離が、少しずつ縮まっていく。


「……ったく、走るの苦手だってのに!」


 必死に走る清之助の姿に、スタンドから笑いと声援が飛んだ。

 トラックを一周し、ルキアにバトンを渡す。


 ルキアはそのまま走り出した。

 クラスメイトたちから「ルキア、がんばれ!」と声が飛ぶ。


 ルキアは前を走る生徒を追った。

 体を抜けていく風が心地いい。土を蹴るたび、乾いた感触が靴の裏に返ってくる。

 気づけば、前の背中との距離だけを見ていた。

 そのときは、ただ追いつきたかった。


 ゴールすると、すぐに清之助が駆け寄ってきて肩を叩いた。


「ルキア、すげえ! 二人も抜いたぞ」


 ルキアは少しだけ肩で息をしていた。

 清之助は、ルキアの顔を見た。


「お前、今日なんかいい顔してるぞ」

「……そうかな」


 ルキアは自分の頬に触れた。

 いつもより熱を持っている気がした。

 走ったからかもしれない。


 タオルで汗を拭きながら、二人は並んでスタンドへ戻る。


 そのとき、ふと視線の先に人影があった。

 御影薫だった。

 競技の喧騒から離れた場所で、ぼんやりと校庭を眺めている。誰かと話すでもなく、笑うでもなく、ただそこに立っていた。


 その姿を見た瞬間、さっきまで耳の近くにあった歓声が、遠くなった気がした。


「おい、ルキア。どうした。行くぞ」


 清之助の声に、ルキアははっと顔を上げた。

 少し先で、清之助が手を振っている。


「今行く」


 そう答えながら、もう一度だけ薫を振り返った。

 薫は、こちらを見ていなかった。


 夕方の閉会式では、全員が整列し、結果発表の瞬間を待っていた。

 赤組は準優勝だった。


 正樹は「ま、頑張ったほうでしょ!」と仲間たちと肩を組んで笑っている。

 瑞稀は結果ボードを一瞥し、小さく頷いただけだった。


「なんだかんだ楽しかったな」


 清之助が、両手を頭の後ろで組みながら言った。


「とても面白かったよ」


 ルキアの頬は上気していた。


「お前、今日はいつもより楽しそうだったな」


 清之助が笑いながら言う。

 ルキアはすぐには答えず、少しだけ目を伏せた。


「……そうだったかな」


 自分の中でも違う気はした。

 ただ、言葉にはまだできそうにない。


 夕焼けに染まる校庭を見渡す。

 疲れ切っているはずなのに、校庭にはまだ熱の名残が漂っていた。

 土の匂いと、ぬるい風が、昼の騒ぎを薄くとどめている。


 ふと、御影薫の横顔がよぎった。

 けれど、今はその横顔を追わず、夕焼けの校庭を眺めていた。

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