09話 勉強会のおさそい
きっかけは千賀屋君のお願いだった。
「勉強を教えてほしい? 千賀屋君なら普段の勉強で問題ないでしょう?」
「来週から中間考査なので。もちろん、先輩がご迷惑でしたら、断って頂いて構わないです」
今日も千賀屋君はうちのクラスに来ている。クラスの女子からは歓迎されているようで、千賀屋君が来るとすぐに知らせてくれる。
ゲームの千賀屋と違って、千賀屋君は可愛がられているなあ。
「お姉ちゃん」「レンせんぱーい、おじゃましまーす」
珍しい、咲愛と麻菜ちゃんがうちのクラスに来るなんて。
咲愛が大きな封筒を渡してくる。
「先生からお姉ちゃんに渡してって言われて」
「二年生の教室ってあんま来ないんで来ちゃいました!……てか、ちがやん。さっき会った時は家の用事あるって言ってなかった?」
麻菜ちゃんがにんまりと笑っている。
千賀屋君が「いや……」と言いにくそうに説明するのを横目に、私は先生からの封筒を開ける。
「これ、来月の球技大会の種目希望調査ね。そういえば先生から渡すって言われてたの。ありがとう咲愛」
「えー、レン先輩が勉強教えてくれるの!? いーなー。レン先輩、あたしも教わりたい! さーちゃんはもちろんとして……そーだ、せっかくだし、まっさんも誘ってあげよ!」
麻菜ちゃんがスマホを取り出して素早く操作した。
「まっさんもオッケーだって。んで、いつやるんですか?」
こうして、明後日の放課後、翔馬と千賀屋君のクラス、一年一組で勉強会をすることが決まった。
その日の夜。
今日の晩ご飯は咲愛特製の親子丼と豚汁。「今日は簡単なものにしたよ」と言う咲愛の本気の料理は、一体何が出てくるんだろう。
「沙月から急に『レン姉が勉強会するから参加しろ』って来たけど何あれ」
一杯目の親子丼を食べながら、不思議そうに翔馬が聞く。翔馬の前にはさらにもう一杯、親子丼が入った丼が置かれている。
最近はこれでも足りないらしく、おやつにおにぎりや、菓子パンを食べているのをよく見る。翔馬がたくさん食べるので、晩ご飯は六人前を目安に作っている。我が家は両親と私、咲愛と翔馬の5人家族なのに、男の子って凄い。
「『了解』だけ送っといた」
麻菜ちゃんはとっても簡潔な内容を送ったらしい。
「来週から中間考査でしょ? 千賀屋君が勉強したいって」
翔馬は千賀屋君と聞いて顔をしかめる。
「翔馬君、豚汁多めに作ったからおかわりどうぞ」
咲愛が、翔馬の空になったお椀に、おかわりの豚汁をよそう。
「ありがと」
翔馬は既に一杯目の親子丼を食べ終えて、二杯目に取り掛かっている。
「また千賀屋かよ。レン姉も引き受けなくていいのに」
「何で。勉強しようとして、偉いじゃない。そんな風に言わないの」
「……勉強して偉いんなら、レン姉も偉くなるじゃん」
ん?
「ちょっと待って。どういう意味よ翔馬!」
翔馬はおどけた風に変顔をすると、食べ終えた丼を置き、「ごちそうさまでした!」と手を合わせた。さっさと食器をシンクへ運んでいく。
「ちょっと翔馬!」
「お姉ちゃん、まだ食べている途中でしょ。暴れないの」
「でも咲愛、翔馬が先に!」
「だめ。席を立つのは食べ終わってから」
「……はぁい……」
次の日の昼、楓にも「明日勉強会をするんだけど」と伝えた。
「明日の勉強会、楓も来る? 皆でやりましょうよ」
「やめとく。私はできることしかしないの。誘ってくれてありがと」
「そっか」
こんなことを言ってるけど、楓って成績悪くないのよね。
放課後、今日は早めに帰ろうと校門へ向かう。
「あ、レン姉」
翔馬とちょうどタイミングが一緒だったらしい。
声の方を見ると、こちらに向かってくる翔馬。と……その隣に、小柄な少年がいた。その顔は原作ゲームでも見たことがある。ゲームより幼く見えるけど、絶対そうに決まってる!
「すげー。本物の鈴白先輩だ。ちわっす」
本物?
不思議そうな私を見て、翔馬が少年を肘で小突いた。
「こんにちは」
「レン姉。こいつ、同じクラスの来見。明日の勉強会に参加したいって言ってんだけど、いい?」
「翔馬の友達でしょ。いいわよ」
考える前に即答していた。
来見優輝は、原作ゲームでの、数少ない翔馬の友人だ。……ゲームの翔馬は、女の子以外だと、この子とくらいしか話をしていなかったのではないだろうか。
ゲームでは、彼の反応で今のルートが順調に進んでいるのかわかるようになっていた。そのため、どのルートでも彼と何度か話すことになる。ゲームプレイヤーには馴染みのある顔だ。
「ども。来見優輝っす。……雨坂、オレのこと家で話してんの?」
「……言ったっけ?」
やばい。友達だってこっちは知っているから、つい。ここは黙っておこう。
「ん?」
ごまかそうとして、にっこり笑って返す。二人がたじろいだ。
でもゲームの舞台になる二年生では、優輝は「翔馬」と呼んでいたはずだけど、来見君の呼び方、今はまだ「雨坂」なのね。
「鈴白先輩やっぱ美人じゃん。いいなあ雨坂こんなお姉さんいて」
「……別に普通。ちょっと変だし」
「翔馬、聞こえてるからね」
軽く睨むと翔馬は知らん顔をした。まったくもう。
しかし2人が並んでいるのを見るのは感慨深い。
ああ、写真を撮りたい……! いやいや、イベントでもないのに突然後輩の写真撮り始めたら、おかしな人と思われちゃう……!
「鈴白先輩、プルプルしはじめたけど、どしたん」
「レン姉はいつもこうだから」
帰宅するまで、私の葛藤は続いた。
その日、晩ご飯を終えた私は、洗い物を済ませたあと、すぐ自分の部屋に向かう。
「どうしたの、レン姉。用事?」
「明日勉強会でしょう? 去年の教科書見直しておこうと思って。試験の範囲は去年と同じよね?」
「うん。……教えるだけなんだから、レン姉がそこまでしなくていいんじゃね?」
「大したことしないわよ。みんなが頑張るからお手伝いするだけ」
「ふーん……俺もそろそろ帰ろうかな」
「そうなの? まだ早い時間だけど」
「遅くなったらまた、レン姉が送るとか言い出すからな」
「当然でしょ。気をつけて帰ってね。行ってらっしゃい」
「ん。行ってきます」
いつも翔馬は自室に帰る時に「行ってきます」と言う。我が家に来た時は「ただいま」だ。我が家を帰ってくる場所と思っているのが嬉しい。
「お姉ちゃん、翔馬君行っちゃったの?」
洗濯物を畳んでくれた咲愛が居間から顔を出す。
「うん。用事あった?」
「ううん、大丈夫」
「明日は放課後、翔馬のクラスに行けばいいのよね?」
「うん、よろしくね」
次の日、お弁当を詰めていると、玄関でガチャガチャと鍵を開ける音がした。翔馬だ。
「珍しいね、翔馬が朝から来るの……ふぁ……」
「おはようレン姉。……寝不足?」
「ちゃんと寝たわよ」
勉強範囲を一通り確認しようとしたら、三時までかかっちゃったけど、寝てはいる。
「ふうん……?」
居心地が悪くて、翔馬の目線を避けながらお弁当を詰め終わり、私たちは学園に向かった。




