07話 可愛い後輩たち
「……つまり、千賀屋と雨坂の言い合いをやめさせたい、と」
「そうなのよ」
咲愛が作ってくれたお弁当を食べながら、友人の梢江楓と話す。
咲愛が学園に通い始めてからは、お弁当を私と翔馬の分まで作ってくれてる。
私は冷凍食品をレンジで温めたり、咲愛の作ってくれたおかずをお弁当箱に詰めたりする係だ。
去年自分で作っていた簡素なお弁当より格段に美味しい。咲愛ありがとう。
私もレシピを見れば作れないことはないけれど、咲愛や、たまにお昼を作ってくれる翔馬の方がご飯がなぜか美味しく感じる。
コツを咲愛に聞いたけど特別なことはしていないらしい。
原作ゲームで翔馬が食べていたお弁当は、こんな味だったのかと感動しながら、ありがたく食べる日々だ。
そんな私の向かいに座って、自作のお弁当をつつく楓。一年生のときから同じクラスの友人で、はっきり物を言う。
そのわりに相談があるときには最後まで聞いてくれる。
良い子だし、ゲームにはキャラクターとして出てこないので、構えずに話ができる、今の私にとって大事な友人だ。
翔馬と千賀屋君は、入学式以来、ずっと顔を合わせるたびに言い合いをしている。
大抵、私に話しかける千賀屋君に翔馬が突っかかって……というパターン。
ゲームでの二人の関係は逆だった。
千賀屋は翔馬を目の敵にしていて、放っておいても絡んできていた。咲愛がかばうから、余計に神経を逆なでされるらしい。
翔馬はそれに対して感情的にならずあしらうだけ。
さすがに咲愛が危険になったときには怒鳴ったりしていたけれど、自分から千賀屋に関わることはなかった。
咲愛ルート以外では、千賀屋の行動はエスカレートしない。
たまに出てきて翔馬に嫌味を吐いてくるものの、話が進むとだんだん登場が少なくなっていく。
ゲーム補正でライバル心が残っていたりするんだろうか。
楓にゲームの話はできないけれど、二人の入学式の経緯について話してみた。
どうにかギスギスした空気を止める方法はないかなあ、と相談も兼ねて。
「無理だろ」
呆れ顔で一刀両断された。
「一言で終わらせないでよ」
「だって、千賀屋があんたに近寄るのが嫌なんでしょ、雨坂は。妥協点ないでしょうよ」
両手を上げて『お手上げ』のポーズ。
「その言い方だと翔馬がシスコンみたいに聞こえるでしょ」
「いや、雨坂は十分シスコンだよ。現実を見ろ」
「違うって。シスコンなら私が寝転んでるところを踏んだりしないわよ」
しかも踏んだ後の言葉が「レン姉いたの?」だ。
軽くだったので痛くはなかったけど、姉(のような幼なじみ)に対して酷いと思う。
「……どこに寝転んでた?」
「ソファの足元に少々」
「そんなとこにいるあんたが悪い。私ならぐりぐり踏むね」
ちょっとソファで寝てたのを転げ落ちただけなのに……。
そんなやり取りをしていると、クラスの入り口が騒がしくなってきた。
「……今日も来たな」
「来ちゃったか……」
脱力して、楓と顔を見合わせる。
「鈴白さーん、お客さん来てるよー」
呼んでくれているクラスメイトの横で、笑顔の千賀屋君が手を振っていた。
「千賀屋君、何かな」
千賀屋君は結構な頻度でうちのクラスに来る。
ゲームで見たような態度を、翔馬以外には特にとることはないので、実害は特にない。ないんだけど、ゲームの千賀屋を知っていると、どうしても今の千賀屋君に対しても身構えてしまう。
あとデトックスが中途半端だからね……。
「鈴白先輩、今日は放課後真っ直ぐ帰宅予定でしたよね」
「……そうよ」
予定を言ってないのに把握されてる。
いや、突っ込まない。突っ込まないぞ!
「実は参考書を買おうと思っていて、駅前の本屋へ行くんです。よければ鈴白先輩の意見がもらえれば、と」
駅前の本屋、かなり品揃えが充実しているのよね。
参考書や問題集も、近隣の学校に合わせて一通り揃っているから、私もよく使っている。
「でも千賀屋君は新入生代表よね? 授業についていけないってことはないんでしょう?」
「入試はうまくいきましたが、今後そうとは限りませんから」
模範生の答えだ。
今日は予定もないし、一緒に行ってアドバイスくらいならいいかな。
「うん、いいわ。じゃあ放課後ね」
「はい、迎えにきますので!」
放課後。
ホームルームがとても早く終わったので、一年生のクラスがある校舎まで来てみた。迎えに来てもらうのも悪いし、早く合流できたほうがいいよね。
千賀屋君のいる一組の様子を覗いてみると、まだ終わりそうな様子はない。翔馬も確かいるはずだが、見える範囲にはいない。
一組以外は終わったようで、次々と生徒が出てきた。
「お姉ちゃん、何してるの」
「レン先輩だ。こんにちはー」
「咲愛。麻菜ちゃん、こんにちは」
三組の教室から、咲愛が友人と一緒に出てきた。
咲愛の友人は、四月から同じクラスになった沙月麻菜ちゃんだ。
この子もゲームでは攻略対象なので、よく知っている。
でも、彼女のルートは辛くて好きじゃない。
一周目では攻略できない、隠しキャラの麻菜ちゃん。
咲愛のルートでは親友である咲愛の背中を押し、ときに翔馬の咲愛への態度に怒り、ときに咲愛の危機を翔馬に知らせ、ついに二人が恋人になったことを知ったときは、泣いて咲愛に飛びつき、祝福していた。
そんな麻菜ちゃんのルートでは、麻菜ちゃんが翔馬を好きになっていくのではなく、翔馬が麻菜ちゃんを好きになる。
最初は茶化してはぐらかす麻菜ちゃんだけど、翔馬が本気だとわかり動揺して振ってしまうのだ。
しかし翔馬は諦めずに麻菜ちゃんに何度も会いに来る。咲愛の気持ちを知っている麻菜ちゃんは困り果て、引きこもってしまう。
いつも明るい麻菜ちゃんが病んでいくのは見ていて辛すぎた。あのルートの翔馬だけは擁護できない。
その後、麻菜ちゃんが咲愛と和解して、引きこもりは終わったけど、結局在学中は翔馬とは付き合わず。
彼女が翔馬の気持ちを受け入れるのは、エピローグにあたる卒業式から六年後に会ったときだった。
良い子だったなあ、麻菜ちゃん。
「レン先輩、レン先輩」
はっ、思わず遠い目になっていた。
ゲームの麻菜ちゃんはゲームの恋華を「恋華先輩」と呼んでいた。私のことは「レン先輩」と呼んでいる。一音の違いだけど、懐いてくれているようで嬉しい。
「ええとね、千賀屋君と駅前の本屋へ行くことになってて」
「本屋?」
咲愛が不思議そうに首を傾げる。
「参考書を買いたいんだって」
「うへー、まだ新学期始まったばっかじゃん」
麻菜ちゃんが顔をしかめた。
この子、テストいつも赤点だったもんな……。
咲愛は何か考えるように目を伏せている。
「あ、でもでも、あたし買いたい雑誌あったんだー。レン先輩、一緒に行ってもいーですか?」
「よかったら買ってくるわよ?」
「そんなー。いーですよ。せっかくだから他のも見たいんで! さーちゃんも行くよね?」
「うん! 行く!」
咲愛、そんなに必死に頷かなくても。
「じゃあ一緒に行きましょう。一組も終わったみたいだし」
一組のほうからザワザワと声が聞こえる。
勢いよくドアが開くと、千賀屋君が飛び出してきた。
すぐ私に気づいて向かってきた。顔が青ざめて見えるのはなぜだろう。
「鈴白先輩! お待たせしてすみません。……す、鈴白さんと沙月さんもいたんだね」
「やあ」と二人に向かって手を挙げる。なんだか動きがぎこちない。
「ちがやん、レン先輩と本屋行くんだってね」
麻菜ちゃんが笑顔で言うと、千賀屋君の顔が引きつった。
ちがやん。
千賀屋だから『ちがやん』なのかしら。ゲームでは聞かなかった呼び名だ。
「いや、参考書を選ぶのに意見をもらおうと……」
千賀屋君はしどろもどろになっている。
と、一組から翔馬が出てきた。機嫌が悪そうな顔をしている。
すぐ私に気づくと駆けてきて、千賀屋君と私の間に立った。無理に入り込んできたから、千賀屋君が顔を顰めている。
「やっぱりレン姉か」
「やっぱり?」
「千賀屋が急ぐ用事なんてレン姉くらいだろ」
またまた。私より優先させる用事なんていくらでもあると思う。
「翔馬も行く? 皆で駅前の本屋に行くんだけど」
言うと、翔馬の後ろの千賀屋君が慌てた顔をする。でも翔馬だけのけ者にするわけにもいかないし。
「へえー……。駅前……。俺も行く」
面白くなさそうに返事したのに、行くのね。
その後ろで千賀屋君は額を押さえていた。
「千賀屋君、頭が痛いの?」
「……いいえ。ご心配なく」
ならいいけど。
「それにしても……ふふっ」
「……先輩? なぜ笑っているんですか」
「ふふっ、千賀屋君がちがやん……ごめん、ちょっとツボに……ふ、あはっ」
ゲームの麻菜ちゃんは咲愛に執着する千賀屋を警戒していたから、ずっと「千賀屋」と呼び捨てだった。
麻菜ちゃんとの関係性が変わった証拠だろう。
「ちがやん?」
翔馬が首をひねると、麻菜ちゃんが追い打ちをかけてきた。
「ほら、まっさんは雨坂だからまっさんでしょー? ちがやんは千賀屋だから、ちがやん」
「あっ沙月、その呼び方やめろっつったのに!」
「なんだよまっさん、まっさんが駄目なら怪人マサカーンにするぞー」
「ほとんど原型ないだろそれ! 怪人どこからきたんだよ!」
まっさん。
ゲームの麻菜ちゃんが「雨坂」と呼んでいた翔馬にもあだ名がついていた。
「まっさんなのね、翔馬」
「違っ、沙月が勝手に」
「ねっ、レン先輩もいいと思いますよね?」
「良くない!」
「まっさんには聞いてまーせーんー」
言い合う翔馬と麻菜ちゃんに、私はしばらく笑いが止まらなかった。




