06話 どきどき入学式
「えーと?」
話しかけてきたイケメン君に、誰ですか?と言外に含めて尋ねる。
「覚えてませんか? 一年前に従姉妹を助けて頂いたんですが」
従姉妹……助けた……。
思い出した!!
「パンツの!!」
思わず大声で叫んでしまった。
一年くらい前、咲愛と出かけた私は、同年代の少女の連れ去り現場に遭遇した。
気軽に遭遇するものではないはずだが、遭遇しちゃったものはしちゃったのだ。
明らかに少女が嫌がっていたので、お巡りさんこっちですー! と呼ぶ芝居をして、連れ去り犯(仮)が逃げた隙に、少女と一緒にこちらも逃走。交番に走って不審者情報は提供しておいた。こちらはその後予定があったので連絡先だけ言って帰宅した。
その日の晩に、少女の親戚だという男の子が一人で我が家を訪ねてきたのだ。そして男の子はお礼だと箱を渡してきた。
そんなつもりもなかったので返そうとしても、受け取ってくれず、お礼を言いながら箱を開けたところ、入っていたのは超高級なパンツ。
しかも薄い生地で防御力なさそうな大人向けのセクシーな物だった。
いくら男性向けゲームの世界とはいえ、これはひどい。
前世でも縁のないセクシーランジェリーに、ドン引きの私たちだったが、相手の男の子も可哀想なくらい慌てて、「違うんです! 両親に女性に対するお礼を、と伝えたらこれを渡すように言われて!」「申し訳ありません!」と平謝りだった。
でも、あの時の男の子はそのときの私より小柄で、ぽっちゃりしていた。声変わりもまだだったし、目の前のイケメン君とはちょっと結びつかない。
「パッ……!? た、確かにそう言われても……あの時は申し訳ありませんでした」
綺麗な動作で頭を下げられる。
「そのことはもう気にしないで。こっちこそすぐに気づけなくてごめんね。前より凄く背が伸びて格好良くなってるからわからなくて」
「格好良くなってる……」
イケメン君の動きが止まった。
心ここにあらずというか……。顔も赤いし具合が悪いんじゃないかな。
尋ねようとした私を、翔馬の声が遮った。
「お前、レン姉になんか用?」
その声にイケメン君の表情が変わる。
「なんだ貴様」
現実で貴様って言う人を初めて見た。
翔馬に向けた険のある声は、さっきまでの私への態度と全然違う。
「雨坂翔馬だ。さっきのホームルームで挨拶しただろ」
翔馬も珍しく挑戦的だ。
「で、レン姉に何の用なんだよ。さっさと終わらせてもらわないと、こっちも用事があるんだけど」
「ふん、貴様には関係ないだろう」
「ある。俺たちレン姉と校内回るんだから」
家に帰る話はしてたと思うけど、そんな約束したかな?
「妙なあだ名で鈴白先輩を呼ぶな。貴様ごときが」
ごときって人に向かって言う人も初めて見た。
「レン姉はレン姉なんだよ。お前こそ急に来て何なんだ、千賀屋」
ん?
んん?
んんー??
千賀屋?
千賀屋という名前には覚えがある。
『はるはる』で咲愛に執着してくる男、千賀屋柳。
ゲーム開始後すぐに咲愛に一目惚れして、嫌がる咲愛を手に入れようと学園に転入。金で雇った手下を使って咲愛を執拗に狙ってくる。
咲愛ルートでハッピーエンド以外のエンディングになるのはほぼ千賀屋のイベントだ。もちろんバッドエンド。
咲愛以外に女の子を侍らせてもいて、最初はちょっと他の女の子と違う咲愛に興味ある程度だったのが、ストーリーが進むにつれて盛大に拗らせていく。
翔馬と咲愛が恋人同士になっても、咲愛を奪おうとしてくるのだ。はっきり言ってクズ。
一応イケメンだとゲーム内で言われるものの、ニヤニヤ笑いと傲慢な態度がマイナス方向に振り切れていて、出て来るたびに「またお前か」とうんざりしたものだ。
荒んだ目つきとがっつり日焼けした肌がトレードマーク。
目の前の涼しげな彼とは正反対だ。
わかった。この子はゲームに出てない生き別れの弟とかかな!
「鈴白先輩、あの時は名乗りもせずに失礼しました。僕は千賀屋柳と言います」
翔馬を無視したイケメン君が、私の希望を砕いていく。
本人……。
「千賀屋君は新入生代表で挨拶してたんだよ」
放心している私に、そっと咲愛が耳打ちしてくれる。
「か、賢いのね……千賀屋君」
デトックスされた千賀屋だ。
ゲームでは千賀屋グループの御曹司で、金に物を言わせて無茶やっていたのに。
「いえ、本格的に勉強を始めたのは去年からなので、きっと僕よりふさわしい人がいたと思います」
謙虚!
千賀屋柳が。あの何度もしつこく咲愛をバッドエンドに向かわせるので、殺意すら覚えた千賀屋柳が! デトックスされてる!!
でもゲームでは二年生になるまで学園にはいなかったはずなのに。
「実は鈴白先輩がこの学園に通っていたので……」
「え」
私通ってるって言ったことあったかな?
「千賀屋君、お姉ちゃんが通ってるのを知って受験したの?」
「ああ、あの後鈴白先輩の様子を探ら……周りに聞いて」
「……」
照れた様子で頭を掻きながら言われたけど、「探ら」って言ったわよこの子。
それきっと友達に聞いたとかじゃないわよね。
この世界のデトックス作用も、千賀屋の執着癖までは解毒不可だったらしい。
あと一番不思議なのは……
「ええと、咲愛じゃなくて、私?」
「はい! 鈴白先輩に憧れて受験しました!」
何で。
私に憧れる理由がわからない。
ゲームの恋華は、幼い頃に翔馬のためを思って正論で突き放し、翔馬を親族のもとに行かせた。
そしてその判断が間違ったことを、後で知るのだ。
その思い出がその後の恋華の生活を変えていく。
正しくなければいけない、強くなければいけない、と勉強も運動も一番の成績を取っていく。
もちろん何でもすぐにできたわけではない。
毎日遅くまで予習復習、できるようになるまで特訓。
恋華にとって不幸だったのは「努力すればできてしまう」ことだった。
向き不向き関係なく、努力すればできる。
なら、できるようにならなければいけない。二度と幼い頃のようなことを繰り返さないように。
そうして、一種の強迫観念から努力を続けた恋華はゲームで「文武両道の生徒会長」と呼ばれていた。
学園内外にその名を轟かせる有名人。
そんな恋華にとって、翔馬は自分の弱さを突きつけてくる存在。身構えるあまりに、翔馬に対してだけはきつい態度をとってしまう。
恋華ルートでは、翔馬が恋華の弱さを知り、恋華も自分の弱さを受け入れていく、という流れになる。
ずっと強ばった顔を見せていた恋華が、初めて心からの笑顔を見せたときの破壊力はすごかった。ゲームの翔馬が恋華への恋心を自覚するのもその時だ。
と、そんな恋華の体を持って生まれた私が送った人生は今のところ、
・翔馬を引き留めた
・ちょっと元気な幼少期を過ごした
くらいだと思う。
勉強は前世よりも、かなりできていると思う。運動神経も、部活動などやっていないのに本格的にやっている子についていけるので、良い方だろう。
でも文武両道なんて噂されたこともないし、今のところ生徒会長になる予定もない。そもそも生徒会に入っていないし。目立つことのない完璧な一般人だ。
人に、特に千賀屋君に興味を持たれる覚えがない。
「憧れられることなんて別に無かったと思うけど……」
「いいえ。一年前従姉妹を助けてくれただけでなく、こちらの不手際も寛大な態度で許してくれた鈴白先輩は凄い人です」
ドン引きはしたよ?
「それに、あの頃の僕は皆より小さくて太っていましたが、僕のことを笑ったりせず普通に接してくれたのが嬉しかった」
そんなに長い間話してないし、初対面でそんな失礼なことをする人の方が少ないと思うよ?
「背が伸びたら、今まで僕を笑っていた人たちが逆に寄って来るようになりました。でも僕は背が低かった時期にも礼儀正しく接してくれた鈴白先輩が忘れられなくて……」
ほんのり赤い頬を掻く千賀屋君。乙女かな?
もう一度突っ込むけど、人となりがわかるほど話してないよね私たち。
千賀屋君ってチョロい……じゃなくて、素直な子だったということかな。
執着するところは変わってないみたいだけど、ゲームでの暴走っぷりを考えると、良い方に変わってる。
咲愛を見る目にも、ゲームで嫌になるほど感じた執着はない。
かわりに私が懐かれたけど、弟が増えたようなものだし、何より千賀屋がまともになれば、咲愛の貞操の危険はほぼなくなるはず。
悪くない。むしろ良かった!
「わかった。これからも宜しくね、千賀屋君」
笑って言うと、とても嬉しそうに「はい!」と返事が返ってくる。
「この子は知ってるわよね、妹の咲愛。あと翔馬も知り合いみたいだけど……」
翔馬の名前を聞いた途端、千賀屋君の顔が引きつった。
「こいつ……いや、彼は?」
「弟よ」
正確に言うと弟みたいな幼なじみ。略して弟。何も間違いはない。
「違う! レン姉略すな!」
「えー」
「翔馬君は幼なじみなの。家が隣同士で……」
「咲愛、二人とも聞いてないみたいよ」
咲愛が「幼なじみ」と言った辺りから、千賀屋君と翔馬が言い争いを始めていた。
「貴様のような、どこの馬の骨かもわからん輩が、鈴白先輩に可愛がられているとは。分不相応にも程がある」
千賀屋君、さっきから少し言葉が古いのよね。
「文句あんのかパンツ野郎」
翔馬、私の不用意な言葉は忘れて欲しい。
結局その日は騒動を聞きつけた先生に、さっさと下校しなさいと閉め出されて学園内での写真撮影はできなかった。
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