05話 うきうき入学式
あれから一年が経った。四月になったら私は学園の二年生。翔馬と咲愛は一年生だ。
ゲームと同様に、二人とも鏡水学園に入学が決まった。
一応、他の学校も勧めたものの、二人ともなぜかこの学園を受験すると言って聞かなかった。ゲーム補正が強すぎる。
しかしひとまず受験は終わったので、この一年、二人の先生役として勉強を見ていた私としてはひと安心だ。
自分の受験のときの猛勉強が、二人の勉強を見るときにもとても役立った。
お母さんからは「あんたは勉強に関しては頼れるから」とお墨付きをもらったほどだ。
……勉強に関してはって、何。
翔馬は去年から宣言通り一人暮らしを始めた。晩ごはんは鈴白家で食べるとお母さんに約束させられたので、毎日家に来る。
うちの両親いわく「最低でも学園卒業まではこの生活をするのが一人暮らしを許す条件」だそう。
翔馬も素直に従っている。普段は我が家で晩ごはんと宿題を済ませて自分の家に帰ることが多い。
ゲームと同じように、翔馬が孤独を感じて厭世的になってしまったら……と心配していたのは杞憂だったようだ。
ゲームの翔馬は人との関わりを疎んで一人ぼんやりしている美少年、という印象が強い。
ヒロインと関わるうちに、かたくなだった心がほぐれて、ヒロインに惹かれていく……。というキャラクターだった。
今の翔馬は健康的な肌色だ。
最近は勉強の合間に簡単なストレッチと筋力トレーニングを日課にしているので、ゲームの時より筋肉がついているように見える。
こざっぱりした髪型が好きみたいで、ゲームでの翔馬のときより、少し短めの髪型だ。
変われば変わるもんだなあ。
咲愛は学園入学に合わせて、肩に届くくらいまで髪を切った。
以前は「お姉ちゃんと同じがいい」と、背中まで伸ばしていたのに。
咲愛いわく、「まっすぐな髪質のお姉ちゃんと違って、私は癖っ毛だからこっちのほうがいいの」だそう。
私が合わせて髪を切ろうとしたら、母から「お馬鹿」とだけ言われてしまった。
咲愛と翔馬の入学式の日、本来なら在校生なのでお休みの私は、自主的に登校していた。模範生だから、ではもちろんない。
舞台の学園、しかもゲームには出てこない入学式というイベント。
家でももちろん、二人の制服姿の写真は撮っている。でもせっかくなら学園でも撮りたい!
ということで、校門近くのベンチに座り、下校する二人を待つことにした。時間つぶしのための本も持ってきたし、準備はバッチリだ。
正直自分が入学した時よりもテンションが上がっている。せっかく持ってきた本が全然進まない。
ちらほらと、新入生らしい子たちが帰宅し始めた。入学式は終わったらしい。
もうしばらく待つと、咲愛が出てきた。後ろに翔馬も見える。
「咲愛ー! 翔馬ー!」
立ち上がって二人に向かって手を振ると、すぐに駆け寄ってきた。
朝も見たけど、やっぱり二人とも制服姿が絵になる。
うちの学園の制服はシンプルなタイプのブレザー。
難点を挙げるとすれば、ゲーム効果なのか、やや、ちょっと、いやかなりスカート丈が短い。
「お姉ちゃん!」
あっ、こら咲愛、飛びついてくるのはいいけど、そんなに動いたらパンツが見える! 後ろの男子たちの目線が集中してる!
「咲愛、スカート気をつけなよ」
この世界、元が男性向けのゲームだからなのか、咲愛は着替えるときには一度上下とも下着姿になったり、とにかく下着方面の無防備が過ぎる。
元のゲームがゲームなので、貞操の危機に結びついたら笑えない。
ふう、とため息をついたらふわりと春の突風が。
「……レン姉! スカート!」
急に翔馬が大声を出したので驚くと、後ろからスカートの裾を叩かれた。
「レン姉こそ無防備すぎ」
真っ赤になった翔馬がブツブツ言っている。
首を捻っていると、「……もういい、俺が気をつけるから」と言い始めた。
「お姉ちゃん、本当に来たの」
「行くって言ってたでしょ」
「家でも散々写真撮ってたじゃない」
だって主人公とメインヒロインの、ゲームでは見られなかった入学写真だよ?
学校に来るだけで、ゲームで見られなかったスチルが見られるなら……。
「そりゃ撮るでしょ」
「お姉ちゃん、30分の撮影時間を当然みたいに言わないで」
そうね。確かに、原作ゲームのファンとしては短すぎたわ。反省。
「咲愛。レン姉のこの顔、絶対違うこと考えてるよ……ん?」
ベンチに置いていた問題集を翔馬が取り上げた。
「レン姉ナニコレ」
「なにこれって失礼ね。暇つぶし用の問題集よ」
「暇つぶし……?」
引きつった顔で見られる。
……だって、勉強したらどんどん覚えていくんだもん。そんなの楽しいに決まってる。
勉強が楽しいと思うときが来るなんて。ゲームの恋華は翔馬への罪悪感から始まった強迫観念で、自分を追い詰めるほどの勉強をしていたから、この楽しさは知らなかっただろうな。私が一度大人を経験しているからかもしれないけど。
「まあ、レン姉だしな……」
「ちょっと翔馬、どういう意味よ」
聞き捨てならない台詞で、思考が霧散した。
「そりゃ……」
言いかけて口を閉じた翔馬が、私の後ろを見ている。
振り返ると、背の高い灰色の髪をした少年がこちらを見ている。
「あいつ……」
翔馬が何か言いかける。
「どうかした? あ、そうだ。今日はこのままうちに来る? お母さんがお祝いだからって張り切って山盛りでご飯作ってるよ。翔馬が好きな唐揚げと、咲愛の好きな目玉焼きの乗ったハンバーグ。コーンスープも作ってあるわよ」
「まじで! やったー!」
「遅くなったら私が送ってあげるからね。歩きで」
何気なく言うと、翔馬が軽く睨む。
「前から言ってるけど、レン姉はいい加減自分が送ってもらうほうなんだって自覚しろよ」
翔馬に続いて咲愛までが
「お姉ちゃんは私に夜の一人歩きを禁止するのに、自分には当てはめられないよね」
「咲愛が一人で夜に出歩くなんて危ないじゃない」
「お姉ちゃんも十分危ないんだよ?」
「この間、レン姉が夜中に俺ん家まで忘れ物届けに来た時、血の気が引いたんだからな!?」
二人が寄ってたかってお姉ちゃんをいじめる。
言い返そうとした私に、影が差す。振り向くと先ほど見えたイケメン君がそこにいた。
「すみません、鈴白恋華さん、ですか?」
突然現れた見知らぬ少年に声をかけられた。
少女漫画か。いやこの世界は元々男性向けゲームのはず。
ええと、落ち着け私。
まず声をかけてきた少年。
多分新入生だろう。背は高くて制服を規定どおりにきっちりと着ている。そして近くで見た顔はとても整っていた。イケメンだ。
髪の色は灰色……というかツヤッツヤの銀髪? この世界の髪色は日本人も地毛がカラフルだ。
切れ長の目はとても涼しげだし、モテるだろう。
うん、私の知り合いにはいない人だ。
「人違い、でしょうか……?」
黙ったままの私に困惑して、眉根を寄せて尋ねてくる。
「え、はい、私は鈴白恋華です」
戸惑いながら頷くと、イケメン君が破顔した。
「良かった! 人違いだったらどうしようかと心配しました」
それは良かった。私はまだあなたが誰なのか、わからないままだよ。




