04話 ゲームの強制力
前世の記憶を思い出してから五年が過ぎた。
この春から私はゲームの舞台になる鏡水学園に入学する。
別にゲーム通りに動いたわけじゃない。逆にゲームから遠ざかろうと、私はがんばった!
でも強制的な何かがあるのか、ことごとく裏目に出たのだ。
学園の受験だって、本命は別だった。
なのに……最初の受験校の試験当日、急に高熱で倒れて救急車で運ばれた。 いろんな検査をされた後、試験時間がちょうど終わる頃に原因不明の回復。
検査結果はまったく異常なし。
別の受験校の試験当日は、ひどい嵐で試験が延期になった結果、振替日ががさらに別の受験校の試験と重なった。
その挙げ句、模試では余裕で合格圏内だったのに不合格。
結局、一番家から近い学園に通うことになってしまった。
「はああああ~」
「お姉ちゃん、ため息五回め」
隣で食器を洗う咲愛が指摘してくる。
カールさせなくても持ち上がっているまつ毛と、ぱっちり二重。
ふわふわとしたゆるい癖のある前髪は、少し顔にかかっている。
身内の贔屓目を抜いても美少女に育ったなー。
「だって……」
あんなに勉強頑張ったのにな……。
勉強量は前世以上だったと思う。それが全部パア。
「……そんなに翔馬君が引っ越すのがショックなの?」
大きくなった咲愛は、いつからか「翔馬ちゃん」ではなく「翔馬君」と呼ぶようになった。
ゲームでは「翔馬くん」と甘く呼んでいたけど、どう聞いても甘さがない「翔馬君」なのよね。おかしいな。
ん?
「……引っ越しって何?」
「え?」
え?
五分後。
私史上、最速で階段を駆け上がって、勢い良くドアを開けた。
「翔馬ぁ! 一人暮らしってどういうことよ!!」
「レン姉、だからノックしろよ! ……俺言ってなかったっけ?」
いつものやりとりを交えながらも、翔馬はダンボールに次々と荷物を詰め込んでいる。
声変わりも終えて、ゲームで聞いていた翔馬によく似た声。
背の高さもこの間追い抜かれてしまった。
まだ顔立ちは少し幼いけれど、前世でやっていたゲームの主人公、雨坂翔馬がそこにいた。
ゲームでは鈴白恋華は鈴白先輩か恋華先輩と呼ばれていたけど、今の翔馬は私を「レン姉」と呼ぶ。
ちょっと前までは「姉ちゃん」て呼んでくれてたのに。
声変わりと同じ頃に、気づいたら私のことは「レン姉」、咲愛のことは「咲愛ちゃん」から「咲愛」に。
咲愛が「咲愛」なんだから、私のことも「恋華」でも良いけどと言ったら、真っ赤な顔で「レン……姉はレン姉だから!」と却下された。
思春期男子にちゃん付けしろとまでは言わないけど、お姉ちゃんは悲しい。
一人称もゲームでは「僕」だったのにいつの間にか「俺」と言うようになっていたし。
それはともかく。
「言ってない!!」
「お姉ちゃんが受験だから刺激しないように、受験終わるまでは言わないことにしたでしょ」
遅れて階段を上がってきた咲愛が言う。
「そういやそうだった。そのまま言うの忘れてたわ、ゴメン」
謝罪が軽っ!
「なんで? どうして出ていくのよ。何か不満が?」
まさか、昨日間違って翔馬のプリン食べちゃったから!?
「一応言っとくけど、昨日のプリンは関係ないから」
良かった関係なかった。
「その顔はやっぱ考えてたな……」
「え、じゃあなんで出ていくのよ? このあいだ翔馬の分のクリームパン食べちゃったから?」
「レン姉はまず、俺が食べ物で家出るっていう認識をやめてくれない? あとクリームパンの話は初耳なんだけど」
……やぶ蛇ー。
「その話は後でいいや。俺明後日から一人暮らし始めるんだ」
「急すぎるわよ!」
「おじさんとおばさんには前に許可もらってる。場所もここから近いし。レン姉の試験結果が出てから引っ越しの日は決めようって言ってたんだよ」
「どうして……」
「来年は俺も咲愛も受験だし、本格的にバタバタする前にやっときたかったんだ」
「家から通って受験したら良いじゃない! 私も勉強見られるし」
「毎日晩ごはんは食べに来る約束だから、勉強はこっちでするって。俺の部屋がちょっと遠くなるだけ」
「でも……」
食い下がる私に、咲愛が横から言う。
「翔馬君は一人暮らししたいって、結構前から言ってたんだよ。でもお母さんたちが止めてたの。危ないって」
そりゃそうだ。子どもが一人暮らしだなんて心配する。
「お姉ちゃんが」
「そう、お姉ちゃ……なんで私なのよ?」
「レン姉は大騒ぎして受験どころじゃなくなるだろ」
言われ方は不本意だけど、気を使ってくれてたんだ……。
「だから引っ越しはお姉ちゃんの受験結果が出てからにしようって」
「止めてないじゃない!」
応援しちゃってる!
「お母さんたちも、最初は本当に止めたの。でもね、去年お姉ちゃんが寝ぼけてるの見て、その方が良いかもって思ったんだって」
何か事件あったかな?
「お姉ちゃん、起こしに来た翔馬君の前で着替えはじめたの」
そんなことあったかなあ。あるかもしれないな。
「無用心過ぎるお姉ちゃんは、危険だなってお母さんたちも納得して」
「ちょっと待って、私だけじゃないでしょ。それなら咲愛だって、この間お風呂入ろうとして、下着姿で翔馬と鉢合わせしたって言ってたわよね!?」
言い合いを始めようとした私たちに、真っ赤な顔の翔馬が割り込んできた。
「二人ともだよ! その二回だけじゃないからな!? レン姉は何回言っても俺の部屋にノックなしで入って来るし、咲愛も着替えてる時だけやたら鍵をかけ忘れてること多いし!!」
そういえば、最近は翔馬にいつもノックしろと怒られる。
翔馬の部屋のドアを開けたらすぐ悲鳴あげるし。
「だから俺は俺の命を守るために家を出ることにした」
翔馬がなんだか壮大なことを言い出した。
なぜ私たちのちょっとした失敗から、命の危険に繋がるんだろう。
「命って大げさよ」
「大げさじゃねーんだよ……」
遠い目をする翔馬。
咲愛を見ると、肩をすくめている。うーん、どうやら咲愛も思い当たらないらしい。
「……あのさレン姉、自分の噂聞いたことある?」
うっ。この子は嫌な話題を……。
「……ある、わよ……」
トイレで誰もいないと思った別のクラスの女子たちが、私のことを「勘違い女(笑)」とか「妹との胸の差(笑)」とか言ってるの聞いたことがある。
どうせ私は胸がないわよ! 何よ!
ゲームの感想の中にも巨乳好きな人に「荒野」とか「もろ平野のモロヘイヤ」とか書かれてた。うまい。いや上手くない!
ゲームに抗おうと、成長期に入ってからは豊胸エクササイズをかたっぱしからやってみたけど、成果はさっぱり。
咲愛は順調に成長していて、この間一緒に新しい下着を買いに行った。
私も念の為に測って貰ったけど一切サイズは変わっていなかった。泣ける思い出だ。
「え、なんで泣いてんのキモい」
ううう、翔馬が酷い。
「まあ、知ってんならわかってるだろうけど、レン姉や咲愛と喋ったらクラスの奴らにめっちゃ睨まれるんだよ」
わからない。なぜ胸のない私と喋ってたら睨まれるのか、さっぱりわからない。
「クラスの子、みんないい子じゃない。私睨まれたことないわよ」
何度か翔馬の忘れ物を届けに行ったけど、親切な子たちばかりだ。
顔を出すと、「鈴白先輩!」と満面の笑みで挨拶してくれる。
「今すぐあの野郎……じゃない、雨坂君を連れてきますね!」って文字通り、すぐに引きずって連れてきてくれるくらい協力的だ。
帰り際にクラスからキャーとか翔馬の楽しそうな声も聞こえていることがある。
「そりゃレン姉には……。俺は何度身の危険を感じたか……」
そういえば学校で会う翔馬は、いつも青い顔して冷や汗を流している。
「……翔馬、もしかしていじめられてる? ちょっと一緒に担任の先生と校長先生と市の教育委員会に告発しようか?」
「いらねーよ!」
「いじめられてるって、自分で認めにくいこともあるのよ……?」
「その全部わかってる、って哀れみながら微笑む顔やめろ! 俺の手を包み込むように両手で握るのも! 大丈夫、レン姉たちのことがなければ良い奴らだから!」
必死に否定する翔馬は乱暴に私の手を振りほどく。
その様子を見ていた咲愛が翔馬に目配せすると、口を開いた。
「お姉ちゃん、翔馬君は別に普段いじめられてないよ。休み時間にクラスの男子と遊んでるの見かけるけど、楽しそうにしてる」
「そうなの? なら良いけど……」
「レン姉たちと同じ家ってだけでも、色々言われることが多いのに、今まであったことをあいつらに知られたら、俺は殺される……」
またブルブルと震えだした。今日はわりと暖かいのに。
私たちに関して、翔馬が被害を受ける可能性といえば……。
「あ、咲愛ね」
ゲームでは大人しくて人の三歩後ろでうつむいてる印象だった咲愛。
今の咲愛ははっきりものを言う。そしてよく笑う。
ゲームでは重めに下ろしていた前髪も、今は軽い印象だ。
姉の贔屓目なしに、モテないはずがない。現に私の学年でも可愛いと噂になっていた。
まあ私は贔屓目しちゃうけど! ガンガンやるけど! うちの咲愛が一番可愛い!
そんな咲愛を紹介して欲しいと、私に近づいてくる男子も多い。
面倒なので「咲愛は昔から翔馬が好きらしいよ」と言ったら、ボロ雑巾のようになって帰ってきた翔馬と、仁王像のようなオーラを漂わせた咲愛に三十分ほどマジ説教をされた。
「私と翔馬君はそういうのじゃないから。翔馬君にもちゃんと謝って! 今度翔馬君と私の噂流したら、お姉ちゃんの事嫌いになるからね」
なんて恐ろしいことを言う妹だろう。
照れて「そんな仲じゃないんだからっ」みたいなのじゃなくて、可愛い妹に本気で怒られた。
最初は咲愛と一緒に怒っていた翔馬が、あまりの剣幕に、途中から咲愛をなだめてくれたほどだ。
翔馬には心の底からごめんなさいをして、学校での誤解も解いてまわった。
その後、「咲愛は私の嫁だから」と言うようにしたら周囲は落ち着いたので、そのままにしている。
ただ、咲愛と話すときに周りがニマニマ笑うようになったのが気になっているけど。
咲愛と同じ家に暮らしてると聞いたら、嫉妬する子もいるのかも。
「いや咲愛だけじゃなくて……」
言いかけた翔馬の言葉に咲愛がかぶせてくる。
「翔馬君のクラス、放課後によく、学級裁判やってるよね。男子限定で」
にこっと天使のような笑みで続ける。うちの妹は今日も可愛い。
「翔馬君がいないと始まらないって、よく探し回ってるの見かけるよ。こないだは、うちのクラスにも探しに来てた」
「人気者なのね」
さすがは主人公。
ゲームの翔馬は主人公だったのに友達一人だったけど。
……?
翔馬が必死に首を横に振っている。十分人気者だと思うけど……?
「必死の形相で探しに来るから、死の鬼ごっことか呼ばれてるの聞いたことあるよ」
「死の、って付くのが攻めたネーミングね」
鬼ごっこって。まだまだ子どもよね。
ゲームの中の翔馬なら絶対しないな。「放っておいてくれ」とか言いそう。ずいぶん社交的に育ったものだ。
翔馬を見ると、またガタガタ震えていた。最近寒暖の差が激しいから、悪寒かしら。
「も、もうこれからはなくなると思うけどな! と・に・か・く! 俺は一人暮らしする! 止めても無駄だから!!」
意志は固いらしい。
「わかった。でも翔馬、さっきから震えてるし……体調悪いなら延期しても良いのよ? 今日は早めに寝なさいね」
そう言うと、なぜか翔馬は疲れた顔でうなだれていた。
咲愛がその肩を優しく叩いている。咲愛は優しいなあ。
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