50話 それぞれの贈り物
「翔馬、大丈夫?」
「何が?」
「熱あるんじゃない?」
「ない! あー、もう! レン姉向こうに行けって!」
日曜日、翔馬が我が家のキッチンでクッキーを作り始めた。
来週はホワイトデー。
いつも咲愛が作ったお菓子を食べるだけの翔馬が、自分でクッキーを作ろうとしている。
心配した姉に対しての返答が「向こうに行け」だ。
咲愛には「美味しいクッキーの作り方教えて」と、手を合わせて頼んでいたのに。
「咲愛、バターはこれでいい?」
「ん……まだ固いからもう少し。クリームみたいになるまで混ぜて」
「わかった。……レン姉邪魔」
「見てるだけでしょ」
頑張る姿を入り口から見守ってるだけだ。
「視線が邪魔」
「咲愛、聞いた? 翔馬がひどいんだけど!」
「お姉ちゃん、見るなら静かにしててね。翔馬君、ちょっとヘラ貸して。……うん。これでいいよ。次は……」
……。
私は涙目になりながら、居間のソファに寝転がって本を読み始めた。
参考書を一単元終えた頃、キッチンから洗い物をしている音が聞こえてきた。
水音が止まり、居間に二人が入ってくる。
「案外時間がかからないのね」
「混ぜるのかなり面倒なんだからな。粉をわざわざふるってから入れないといけないし、生地はネトネトするし」
翔馬がぼやく。
「お菓子作りは細かいところで出来上がりに差が出るからね」
咲愛の言葉に、私と翔馬は同時に「へえー」と言った。
私、咲愛がいないとお菓子を作る自信がないわ。
「生地が柔らかいから、冷凍庫で冷やす必要があるの。試作用をあとでちょっと焼いてみるから、皆で食べようね」
1時間後、試しに少しだけ焼いてくれたクッキーはサクサクホロホロの極上の美味しさだった。
一口食べるとバターの香りが広がる。
翔馬はすでに自分の分を食べきっていた。満足気だ。
「あとは前日に冷凍庫の生地を切って、同じように焼いてね。袋に詰めるのは数時間置いて熱が完全に冷めてからにしないと、湿気るから気をつけて」
咲愛のアドバイスを翔馬は真面目な顔で聞いていた。
ホワイトデー前日、翔馬は咲愛のアドバイス通り、クッキーを焼いた。
「これ二人の。こっちはおばさんに」
皿に乗ったままのクッキーと、ラッピングされた袋を一つ渡される。
「ちょっと、私たちのもラッピングしてよ」
「味は一緒じゃん」
翔馬は私から受け取った皿を傾けて袋に一気に入れた。
「はいこれ二人分」
「雑!」
「まあ、いいじゃん」
誰に似たのかしら、この雑さ。
翌日。
千賀屋君から『放課後教室で待っていて欲しい』と連絡をもらっていたので、私は一人教室で待つ。
別に千賀屋君の教室に行ってもよかったのに。
彼のことだから気を使ってくれたのだろう。
「先輩っ! お待たせして申し訳ありません!」
最近買った問題集を解いていると、息を切らせた千賀屋君が飛び込んで来た。
「大丈夫よ。……千賀屋君のほうが大丈夫じゃなさそうだけど……」
「いえ、ぼ、僕は……大丈夫……です」
息を整えた千賀屋君が、紙袋をくれた。
「先輩にいただいた品に見合うかはわかりませんが……先輩に相応しいものを選んだつもりです」
「私のほうが明らかにもらいすぎよ……?」
紙袋はテレビで見たことがある、有名店のものだ。
綺麗に包装された箱と、小ぶりで華やかなバラのブーケが入っていた。
この色なら咲愛に似合いそう。
持ち運びやすい大きさにしてくれていることに、千賀屋君の気遣いを感じる。
「菓子はマカロンです。人気だと聞いたので」
確かテレビでもそう言っていた。午前中に売り切れるほどの人気とか。
手作りのガトーショコラをあげただけなのに……。
ブーケを手に取ると、バラの濃密な香りがする。
お菓子に花までくれるなんて、プレゼントの選び方がおしゃれだ。
「ありがとう。ブーケもとっても綺麗。咲愛のことも考えてくれたのね。あの子、花も好きだからきっと喜ぶわ」
「え。……はい。喜んでいただけて、何より、です」
千賀屋君は気になることがあるのか、少し歯切れが悪かった。
帰宅して晩ご飯を作る。
出来上がると同時に、咲愛と翔馬が帰ってきた。
「ただいま」
「ただいま……」
咲愛に比べて、翔馬は何だか元気がなさそうだ。
「おかえり。晩ご飯食べる?」
聞くと頷いたので、いつもより少なめに翔馬のご飯をよそった。
晩ご飯を食べ終えたあとも、翔馬はダイニングテーブルから動かない。
咲愛が手際よく紅茶を3人分淹れてくれた。
「クッキー皆に配ってきた」
ぽつりと翔馬がつぶやく。
「反応、どうだった?」
「受け取ってもらえた」
ん?
食べてもらった反応を聞こうと思ったけど、「受け取ってもらえた」。
咲愛が意味ありげにこちらに視線を送ったので「そうなの」と流す。
……あの子かな。
「沙月はすぐ食べきってた」
ありそう。
「あ。あと優輝からこれ、二人に」
翔馬がカバンから袋を取り出した。
中にはコミカルなウサギや猫がプリントされたマシュマロが個包装されていくつも入っていた。
「可愛い!」
来見君らしいプレゼントだ。
咲愛と一つずつ取っていると、翔馬も手を出している。
その手をぺちんと叩いて、咲愛と二人で分けきった。
一つつまんで、ふわっとした食感を楽しむ。
「私もこれ、千賀屋君からもらったの」
ブーケとマカロンを取り出す。
「わあ……真っ赤なバラ」
「何それ……」
何で二人ともちょっと引いてるの?
「咲愛、花が好きだから喜ぶと思ったんだけど……」
「あ……うん」
咲愛が花瓶に生けてくれた。
「……お姉ちゃん、すごく綺麗なバラだね?」
「そうね。ホワイトデーでお菓子以外のものをもらったのなんて初めて。香りもすごくいいのよ」
「そうだね……」
「バラ臭い」
「失礼でしょう。こんなにいい香りなのに」
箱も開けてみると、カラフルなマカロンが八個も入っていた。
「咲愛、どれが食べたい?」
「うーん……お姉ちゃんが先に選んで」
翔馬を見ると、甘くしてミルクを入れた紅茶を素知らぬ顔で飲んでいる。
「じゃあこれと、これと……」
四つ選んで咲愛に渡す。
せっかくなのでもらったマカロンをいただく。
さっくりしたマカロンに甘酸っぱいジャムが合う。
「……それ、美味い?」
「美味しいわよ。欲しいの?」
「……いらね」
何で聞いたんだろう。
「……俺のあげたクッキーは? まだあるならちょうだい」
「え。もう食べたわよ」
「私もおやつに食べちゃった」
私たちの言葉に、それまで不貞腐れていた翔馬はキョトンとして目を瞬かせた。
「もう食べ終わったの?」
「残ってても私がもらったんだし、あげないわよ」
翔馬は、口をムニムニと動かした。
「……なら、いいや」
目を細めて口元だけで小さく笑う。
その顔は、原作ゲームの翔馬の顔に似ていた。
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