40話 病み上がりと過保護
翔馬の家に突撃した翌朝。
『熱下がった。今日は登校する』
簡潔なメッセージが六時に届いた。
「咲愛! 翔馬が今日は登校できるって!」
慌てて隣の咲愛の部屋に飛び込むと、ちょうど咲愛が着替えている途中だった。
「おはようお姉ちゃん。翔馬君のことはよかったけど……着替えてるからドア閉めてね?」
「ごめんなさい」
すごすごと部屋に戻り、私も制服に着替え始めた。
昼休みに一年一組に行ってみると、ちゃんと翔馬が席にいた。
顔色はよさそう。
「鈴白先輩が来られたとたん、清浄な空気になりましたね」
「ありがとう千賀屋君。……でも私は空気清浄機じゃないからね」
何なら二酸化炭素を吐き出している側だから、対極かもしれない。
「雨坂、君を呼びましょうか?」
「ううん、いるならいいのよ」
あ、気づかれた。
翔馬が慌ててこちらに寄ってくる。
「レン姉、何」
少し鼻声だが、昨日よりしっかりした声色だ。
「えーと、元気かなと思って」
「何それ」
「貴様、わざわざ来られた鈴白先輩に失礼だぞ」
そっけない態度だけど、弱っている姿を見るよりよほどいい。
「今日の晩ご飯は家で食べる。昨日のタッパー持っていくから」
「朝ご飯はちゃんと食べられた?」
「食べた。あれ作ったのレン姉だろ」
「よく分かったわね」
「咲愛のと違って甘くなかった」
咲愛と同じレシピのはずだし、みりんも入れたから、私にはかなり甘めだったけど……。
隣で千賀屋君が「鈴白先輩の手料理……!? そんなもの百薬にも勝るだろうが!」と怒ってくれているけれど、さすがにそれはない。
「病み上がりなんだから、無理はしないでね」
「わかってる」
絶対わかってない、いつもの翔馬の返事だった。
「過保護」
自分の教室に戻ると楓がじっとりとした目で見てくる。
「何よ、藪から棒に」
「恋華は雨坂のお母さんなの? わざわざ見に行くことないでしょう」
「過保護、かしら……?」
「自覚ないなら重傷だね。昨日も雨坂の家に行ったんでしょう?」
「うん。……翔馬は嫌がってなかったわよ?」
「元気がなかったんでしょうが。勝手に人の部屋に入るって相当だと思うけど」
「それは、そうかも……」
「子どもじゃないんだから」
そうなんだけど、そうなんだけど……。
普段可愛くないことを言われても、やっぱり心配になるのよね。
「あんたは、雨坂に彼女ができても同じことしそう」
「しないわよ、さすがに。邪魔になるじゃない」
……しない、はず……。
「話半分に聞いておいてあげる」
「ちゃんと全部信用してよ!」
放課後になった。
翔馬は後から家に来ると連絡があった。
今日の食事担当は私だ。
食べたいものがあるか翔馬に聞いたら、スタミナのつくものがいいと返事があった。
生姜焼きとご飯を準備して、添えるのは山盛りの千切りキャベツ。
翔馬に野菜を食べさせたいので、冷蔵庫の残り野菜を入れた、具だくさんのお味噌汁も用意してある。
もやしも胡麻和えにしておこう。
ちょうど出来上がったころ、翔馬と咲愛が一緒に帰ってきた。
「おかえり二人とも」
三人揃ってダイニングテーブルで晩ご飯を食べる。
「翔馬君、体調はどうなの?」
「もう熱下がってるし、鼻と喉だけ。だいぶマシ」
「私もお姉ちゃんも心配したんだから。連絡はしてね」
「ごめん」
翔馬が素直に謝る。
私に対するときと態度が違わない?
「てか、レン姉、昨日は部屋まで来たんだけど」
「私が風邪引いた時は、お姉ちゃん、一時間ごとに様子見に来てたからね?」
そのときに「落ち着いて寝られない」って言われたから、今回は気をつけたのよね。
「……何でレン姉は自慢げな顔してんの」
「翔馬君には、ちゃんと気を遣ったつもりなんだと思う」
「……あれで?」
「何よ。ちゃんと十数えてから入ったでしょう」
「俺はそのカウント聞いてないし……起きたら部屋にいた」
「そんなことしたの? お姉ちゃん」
「だって、連絡もなかったし、心配だし……」
もし気を失ってたら、とか考えたら、居ても立ってもいられず。
「まあ着替え持って来てくれたのは助かった。汗が気持ち悪くて」
「でしょうー!?」
「次からはやめて」
「……わかったわよ」
次は百数えてから入ろう。
翔馬はため息をつくと、空になった生姜焼きの皿をどけて、味噌汁を食べ始めた。
「……味噌汁にめっちゃ野菜入ってる」
「野菜がたくさん食べられていいでしょう」
「味噌汁じゃなくて野菜汁じゃん」
「豚汁のお肉なしみたいで美味しいよ、お姉ちゃん」
「確かに美味しいけどさ……あ、キャベツの芯も入ってる」
美味しいらしい。
なら文句も許してあげよう。
晩ご飯のあと、今日は翔馬をすぐに部屋へ行かせることにした。
「宿題も自分の部屋でやって。わからなかったら聞いていいから」
「もう大丈夫って言ってるのに」
ぶつぶつ言いながらも、翔馬は素直に荷物をまとめ始めた。
玄関でスニーカーを履いている翔馬に声をかける。
「本当に送らなくていいの?」
「いらない。そんなに遅い時間じゃないし」
「ちゃんと暖かくして寝てね。まだ本調子じゃないんだから」
「大丈夫だって。あ、鍵はかけといて。行ってきます」
そう言って、翔馬はいつもの調子で出ていった。
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