36話 文化祭と再会
「おはよう!」
ダイニングテーブルには既に咲愛が座っていた。美味しそうな目玉焼きとカリカリのベーコン、トーストまで私の分も用意してくれている。
お父さんは再来週まで出張。お母さんも朝から会社の集まりがあると聞いている。
途中で抜けて、文化祭に行くと言っていたけれど、早くても午後だろう。
「おはよう。お姉ちゃんが朝から元気なの、珍しいね?」
「咲愛に借りた本が面白くて」
「もしかして徹夜したの!?」
「ううん。一編読んで、ぐっすり眠れたわ」
短編にはどんぐりが出てきた。
そのどんぐりを拾っても拾っても空から降ってくる夢を見たけれど、すっきりした目覚めだった。
続きを夜に読むのが楽しみだ。
「そう……」
「どうしたの咲愛、浮かない顔ね。体調悪い?」
「大丈夫……」
そのとき私のスマホがメッセージの着信を告げた。
「千賀屋君だ」
こんな時間に連絡が来たことはない。急用かしら。
『おはようございます。鈴白先輩の貴重な朝のお時間を……』
挨拶は飛ばそう。
『今、従妹から今日の文化祭一般公開に来ると連絡がありました。急で大変申し訳ありませんが……よろしければ、先輩にも紹介したいのでお時間を少々いただけないでしょうか』
今日も私は午前中の当番だから、午後は自由時間になる。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「千賀屋君から。千賀屋君の従妹が来るんですって」
「前に助けた子だよね?」
「そう。午後から時間欲しいって言われたの。『了解』っと。……返事がもう来た」
『すぐにお返事がいただけるなんて、やはり先輩は』
飛ばそう。
「正門前で一時頃合流することになったわ」
「今日はお昼から翔馬君と回るんじゃないの?」
「翔馬には模擬店でおごるだけよ。あの子も嫌がるんじゃない?」
「そうかなあ。翔馬君に、ちゃんと確認してあげてね? 私も会いたいけど、今日は午後の当番だから……」
「じゃあ、千賀屋君に、翔馬が来るかもしれないとは伝えておこうかしら」
歯磨きを終えて髪を整え、玄関に向かう頃、千賀屋君から返信が届いた。
『承知しました』
登校途中に翔馬にも連絡を入れた。
『千賀屋君と一時頃に正門前で待ち合わせした。お金だけ渡すので正門に来て』
すぐに既読がついたあと、返信が来る。
『何で』
『従妹が来るから紹介してくれるって』
『用事どれくらいかかる?』
『わからない』
『一時に正門に行く』
簡潔なメッセージからは、翔馬がどんな顔をしているのかはわからなかった。
登校してすぐ、男装に着替える。
昨日よりも来客が増えるだろうと、皆張り切っているようだ。
飾り付けのチェックをして、午前中に使うカードも準備を終えた。
あちこちのクラスからも、気合の入った掛け声が聞こえてくる。
「今日は一般公開、気合を入れるぞ!」「応!」
「お客様には!」「笑顔!」
「お子様には!」「笑顔!」
「いちゃつくカップルは!」「血祭り!」
「よし、各自持ち場で待機!」「応!」
……変なの混ざってたけど、いいのかなあ。
文化祭が始まると、さっそくお客様が来た。
私も案内係として振る舞う。
「うちのクラスの催しは、小学生のお子さんには少し難しいかもしれませんが大丈夫ですか?……はい、はい。わかりました。ではご両親と一緒に複数人用のテーブルへどうぞ」
「はい、お一人用の謎も用意していますよ。『おかえりホームズ。さっそくだが君に解いてほしい謎はこれだ』」
目まぐるしく時間が過ぎていく。
十二時四十五分。
「まずい、遅れちゃう……」
予想以上の繁盛に、抜け出すタイミングが遅れてしまい、待ち合わせ時間ギリギリだ。
慌ててメイクを落としてベストを脱ぐ。
スマホを見ると、着信履歴が並んでいた。
翔馬、翔馬、翔馬……。
十分おきにかけられてる。
メッセージも『まだ?』のスタンプが連打されていた。
千賀屋君なんて三十分前に一度だけだ。
『正門前に到着しました。いつでもお越しください』
……すでに三十分待たせてるってことだけど!
慌てて貴重品を持って教室を飛び出し、電話する。
相変わらずのコール二回以内で千賀屋君が出た。
「はい、千賀屋です。先輩のお声が聞けるなんて、今日は幸せな一日になりそうです」
周りの賑やかな声にかき消されて、よく聞こえなかった。
「ごめんね、大分待たせちゃって。今向かっているところ!」
階段を二段飛ばししながら一階に到着した。
外履きに履き替えて正門までダッシュ!
「とんでもない。先輩にお会いできるなら、それまでの時間に無駄なものなどありません」
あるわよ? 今がそう。
「とにかく本当にごめんね! 今ダッシュで向かってる!」
言って電話を切ると、すぐに電話がかかってきた。
翔馬だ。
「ごめん! そっちは千賀屋君といるの?」
「あいつは正門の逆側に立ってる」
……?
すぐに疑問は解けた。
正門の右側端に、制服姿の千賀屋君ともう一人女の子がいる。
楽しそうな他校の生徒らしい子や、子どもの様子を見に来たらしい親、早めに帰宅していく人々が門をくぐって出入りしている。
正門の左側端には腕組みをした、こちらも制服姿の翔馬。
……門番みたい……。
迷わず一番に千賀屋君のほうへ向かう。
私の向かう先が千賀屋君だと気づいた翔馬も駆け寄ってくる。
「ご、ごめんね千賀屋君……遅れて……」
「いいえ、ご無理を言ったのはこちらなので。本来ならこちらから伺うところですから」
そう言って、隣に立つ女の子の背中を軽く押した。
艶のある黒髪をおさげの三つ編みにしている。黒目がちな大きな瞳が目を惹く。
私と咲愛はその子と一年前に会っている。
「先輩、改めて紹介させてください。僕の従妹の姫篠小真智です。来年、鏡水学園を受験予定です」
小真智ちゃんは大きく頭を下げた。
顔を上げた小真智ちゃんの口元には、笑みが浮かんでいた。
「ご無沙汰しております。鈴白先輩」
「あ、うん、元気そうでよかったわ」
一年前に誘拐未遂で会った頃とあまり変わらない。
背は、少し伸びたかな?
着ているのは膝丈のセーラーの襟付きワンピース。
……その制服、有名なお嬢様学校のものよね……。
さすが千賀屋君の従妹。
「小真智。こちらが僕の敬愛する、鈴白恋華先輩だ。そして美しい先輩の横にいる男は同級生の雨坂だ」
……紹介って、目下の人を目上の人に紹介するのが先のはず。
千賀屋君は私に小真智ちゃんを紹介したのに、翔馬には小真智ちゃんを紹介せず、小真智ちゃんに翔馬を紹介した。
さりげなく翔馬を下に置いたわけね。
翔馬は気にしていないみたいだけど。
「……はじめまして」
さすがに翔馬も年下の女の子相手にはツンケンしないらしい。
「もう、お兄……柳さん。雨坂先輩、従兄が申し訳ありません」
小真智ちゃんは気づいているようだ。
「ん? いや、別に」
これは翔馬、全然わかってないわね。
知らぬが仏。黙っておこう。
「今日の習い事が急になくなったので、無理を言ってお願いしたのです」
「僕の帰宅と一緒に帰るつもりだと言って、大人を連れずに一人で来たんですよ」
文句を言っているようにみえて、千賀屋君は温かい眼差しで小真智ちゃんを見ている。
微笑ましく眺めていると、袖が引かれた。
「レン姉、用事終わった? 早く行こう」
「こら。まだ話の途中でしょう」
「もしかして、お二人のご予定を、わたくしがお邪魔してしまったのでは?」
私たちのやり取りを聞いた小真智ちゃんが、手を上品な仕草で口元にあてた。
千賀屋君が穏やかに訂正してくれる。
「小真智、心配いらない。僕がお呼びしたのは鈴白先輩だけだから」
「俺もお前に呼ばれた覚えはねえよ」
「なら早く帰れ。先輩のお手を煩わせるな」
「何だと」
「ちょっと二人とも。下級生の前で喧嘩はやめなさい」
よりによって正門の前で。
「俺はレン姉に模擬店でおごってもらう約束があるんだよ」
翔馬の言葉に小真智ちゃんの目が輝き出した。
「模擬店! いろんな食べ物が食べられるんですよね」
「そうよ。小真智ちゃんもよかったら一緒に行く?」
「ご迷惑でなければ、是非!」
「ちょっとレン姉」
「何よ」
「千賀屋たちと一緒に行くの?」
「可愛い下級生の女の子がこんなに楽しみにしているのに、じゃあさようなら、別行動しましょうねって言うの? あんたをそんな子に育てた覚えないわよ」
「育てられた覚えもないけど……千賀屋、絶対付いてくるじゃん」
「そりゃ来るでしょう。小真智ちゃんの前で喧嘩しないでね?」
私が言うと、翔馬は肩をすくめた。
本当にわかっているのかしら。
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