34話 文化祭の一年一組
お昼ご飯を軽く食べて、男装メイクを落とした。
案内係として着ていたベストを脱いで、シャツとスラックスだけにしてブレザーを羽織っておく。
まとめていた髪も解いてしまおう。
すっきりしたー。
「楓はメイク落とさないの?」
「問題ないから、今日はこのまま」
「私、妹と一年一組のとこに行くけど、一緒に行く?」
いつもなら「やめとく」って返ってくるところだけど……。
「メイド喫茶だっけ。そこだけ一緒に行こっかな」
「男女逆転メイド・執事喫茶ね。じゃあ妹に連絡しておくわね」
咲愛と麻菜ちゃんと一年生の教室棟前で合流する。
「レン先輩、梢江先輩、お疲れ様でしたー」
「麻菜ちゃんも午前中当番だったんでしょう?」
「そうです。ゲームマスターとして、プレイヤーたちを阿鼻叫喚の渦に叩き落としましたよ!」
自慢げに言う麻菜ちゃん。
よく知らないけど、カードゲームや人狼ゲームってそんなゲームだったかしら。
「咲愛はお昼ご飯食べたの?」
「上級生が模擬店で買ってきてくれたのを、少し食べた」
「生徒会、忙しい?」
「うん。でもそれが楽しい。私も参加しているなって」
一年一組に移動しながら話をする。
私たちの横を通り過ぎる生徒たちの中には、ときどき咲愛に「あ、生徒会役員の」とか「鈴白さん」と声をかけて手を振っていく子がいる。
「楓、すごいでしょ。咲愛のこの人気!」
「……妹ちゃん、恋華が調子に乗ってたら、注意しないとずっとやるよ」
「やり過ぎたら注意はしてるんですけど……これが姉なので」
気がついたら楓と咲愛が意気投合していた。
「やめて楓、うちの咲愛を取らないで!」
「取らない」
「何よ、うちの咲愛が可愛くないって言うの!?」
「本当に妹が絡むとめんどくさいなこいつ……」
一年一組は大盛況だった。
「結構待つみたいです。あたしたちが待ってる間に、先輩たちは見たいところに行ってきてもいいですよ?」
「私はお目当てがここだから」
「私も」
そのまま四人で並ぶ。
周りでは「ワッフル美味しいですよー!」「プラネタリウムやってます!」など客引きの声が聞こえている。
「午前中行った子が、午後に行けばよかったって嘆いてたんですよ」
「そうなの?」
「メイクは全部得意な女子がやってて、全体のクオリティ自体が高かったらしいんですけど。ちがやんやまっさんと、るーみんを見たかった子が悔しがってました」
「翔馬まで?」
「まっさん、結構裏では女子に人気ですよ。クール。みたいな」
「くーる」
クールには私の知らない意味があるみたい。
「言葉数少ないけど優しいって」
その言葉、原作の翔馬なら当てはまるんだけど。
私の頭の中には、唐揚げを食べたがって人の分まで欲しがったり、チーズケーキを喜ぶ翔馬の姿しか浮かんでこない。荷物を持ってくれるところは優しいけど。
「……きっと同姓同名の子がクラスにいるのね」
「お姉ちゃん、翔馬君の名前は一年一組に一人だけだよ」
「妹ちゃん。そこは訂正するところじゃないよ。恋華、妹に対する態度と違いすぎない?」
「だってあの子、撫でようとしたら嫌がるし」
「だろうね」
「私の男装も『変』の一言で終わりだったのよ!?」
「いつものほうが似合うってことじゃない?」
「楓はどっちの味方なの!?」
「どっちの味方でもない」
私と楓の言い合いに、麻菜ちゃんが終止符を打った。
「まあ、とにかく三人を見たかった子たち、午前中に突撃して撃沈してたんですよ」
「ああ……三人全員、休憩は午前中だったわね」
この盛況ぶりはそれか。
来見君の仕上がりは見たけど、翔馬と千賀屋君はまだ見てない。
「行けなかった子から写真をお願いされたので、バッチリ撮ります! バッテリーもしっかり充電してます!」
咲愛もスマホの電池残量を確認している。
私は……八十パーセント。よしよし。
列整理に出てきた子は男装した女子だった。
メイクもバッチリ。可愛らしい印象に仕上がっていた。
「お嬢様……旦那様?」
楓の男装で混乱させてる。
「お嬢様四人です!」
麻菜ちゃんが答えてくれた。
「四名様ですね。もう少ししたら中に入れると思います。写真は所定の場所のみ可能ですから、ご注意ください。これ、メニューのコピーです。入店までに注文が決まっていると、お待たせする時間が少なくなると思います」
テキパキと説明されたあと、白黒コピーされたメニューを渡された。
「どれどれ」
飲み物のみの提供で、頼むと小さなお茶菓子が付くらしい。
コーヒー、紅茶、緑茶……カフェオレやジュースもある。
喫茶より雰囲気を楽しむコンセプトらしい。
「私はブラックコーヒーにしようかな。楓は?」
「同じ」
「先輩たちオトナー。私はオレンジジュースにします! さーちゃんはどうする?」
「私は紅茶にしようかな」
ちょうど全員の注文が決まった頃、私たちの番になった。
「あはははははは!」
「……ご注文をどうぞ」
麻菜ちゃんの笑いが、入店時から止まらない。
注文を取りに来てくれた翔馬は、ずっと憮然とした顔をしている。
「ははははははは!」
「……どうぞっつってんだろ!」
声を荒げた翔馬が、近くの男装した女子から「雨坂君ちゃんとして」と注意されて「ごめん」と謝った。
私はというと、予想以上の仕上がりに驚いている。
目もとにアイシャドウをのせて、印象を柔らかく変えている。
肌もファンデーションをつけたらしく、普段より明るい色だ。
首や関節が目立たないように工夫された、クラシカルなメイド服。パフスリーブで肩幅も目立ちにくくなっている。
髪はウィッグで頬を隠していて、それほど長くない無造作なボブヘア。
ボーイッシュな女子に見える。声以外。
あと、原作ゲームの翔馬っぽい繊細さを感じるのが、個人的な高評価ポイントだ。
「……すごい。翔馬が可愛い」
「レン姉は拍手やめろ」
「ひー!お腹痛い」
「麻菜ちゃん大丈夫?」
「本当にもう、冷やかしなら帰ってくれる?」
「雨坂、注文はブラックコーヒー二つ、紅茶一つ、オレンジジュース一つ。以上、よろしく」
楓がまとめて注文してくれた。
「かしこまりました。少々お待ちください。……沙月は後で覚えてろ」
お腹を押さえて引き笑いになっている麻菜ちゃんを睨んだ翔馬がカーテンで仕切られたバックヤードに消えた。
「よ、予想以上の、し・あ・が・り! クオリティすご! あー、お腹痛い……」
涙を流すほどの衝撃だったらしい。
「はーい、紅茶の人、レモンかミルク要りますかー?」
間髪入れずに可愛い籐編みの籠を持った来見君が来てくれた。
「……かわー! るーみん、かわかわ!」
翔馬の衝撃の余韻で涙を流しながら、可愛いと繰り返す麻菜ちゃん。
来見君は「だろー?」と自慢げだ。
「るーみん、可愛いって言われていいんだ?」
「今日は可愛くしてるから! いつもの格好いい優輝君は封印してるから!」
「その封印解けてるの見たことないけど、いいじゃんいいじゃん!」
「ん?」と首をひねる来見君。
「私、ミルク貰おうかな」
「あ、はいはい。じゃあミルクどうぞー」
来見君がポーションタイプのコーヒーフレッシュを渡してくれた。
去ろうとする来見君を麻菜ちゃんが引き止めた。
「るーみんたちを後で写真に撮りたいんだけど、いい?」
「オッケー。翔馬と千賀屋連れて来たらいい?」
「そうそう、よろしくー! ……ちがやんいるの?」
「あそこにいるよー。大人気」
人だかりがあるなと思ったら千賀屋君か。
そういえば人だかりの隙間から、千賀屋君の顔がちらちら見えている。
上級生に囲まれてるみたい。珍しいな、結構男子もいる。
「千賀屋はメイク係、渾身の出来だから! 乞うご期待!」
来見君は親指をビシッと立てると、次のテーブルに向かって行った。
「お待たせいたしました」
ジュース用のプラカップとホット商品用の紙コップをお盆に載せた翔馬が戻ってきた。
紙皿にチョコチップクッキーや、バタークッキーが乗せられている。
市販のお菓子だが、こうして盛り付けてもらうと見栄えがいい。
思ったより丁寧にテーブルに置いたあと、翔馬は一礼した。
「ごゆっくりお過ごさないでください」
帰れってこと?
「……本当に何で来たの。来なくていいのに」
「来るでしょう。翔馬のクラス、評判らしいわよ」
「そうだよまっさん……女子の間では……一年一組は……ふ、あははは」
「……咲愛、沙月だけつまみ出していい?」
「だめだよ?」
「……ひー。まあ、一年一組のクオリティはんぱないって噂なのは本当だから」
「だから午後の方が混んでんのか。沙月、余計な噂流すなよ」
「何だよー。あとでちがやんとまっさんとるーみんで写真撮るんでよろしく!」
「嫌だ」
「所定スペースなら撮っていいんじゃないの?」
「俺は全部断ってる」
「うちらも全員一緒に撮るからさー」
「嫌だね。来見と撮れよ」
麻菜と翔馬の応酬が続く。
「こんなに嫌がってるんだから、やめてやりなよ。私たちと千賀屋、来見だけで撮ろう」
楓が何故か、「千賀屋、来見だけ」を強調して麻菜ちゃんをたしなめた。
「もっと寄ってくださーい」
カメラを構えた女子(もちろん男装)が指示をくれる。
七人でカメラに収まるように寄った。
「はい、撮りまーす!」
カシャ、とシャッター音が響く。
飲み物を楽しんだあと、来見君に声をかけると、千賀屋君と、なんと翔馬まで連れてきてくれたのだ。
来見君の頼みだと断れなかったみたい。
千賀屋君も写真撮影を快く引き受けてくれた。
いつもより少し元気がなかった気もするけど、気のせいだろう。
「鈴白先輩の頼みごと、でしたら……!」
先輩思いのいい子だ。
千賀屋君は背が高いので男性的になるのかと思っていたけど、杞憂だった。
ストレートのロングヘアを使っているが、翔馬とは違い、頬骨はあえて隠さず、濃いめのメイク。
外国の映画女優のような美しさを引き出す仕上がりになっていた。
服はなるべく男性的な特徴が隠れるように丈が調整されている。腰回りをあまり膨らませず、直線的なシルエットにしてあるのが千賀屋君の足の長さを引き立たせていた。
……メイド服よりもロングドレスが似合いそう。
千賀屋君と翔馬と来見君が三人並ぶと、頼れる熟練メイド、不機嫌そうな先輩メイド、明るい新米メイド、みたいに見える。
「ちがやん、まっさん、るーみんだけでも撮らせてよ。一瞬! 一瞬で済むから!」
「よしこい!」
「やめろ」
「僕もできれば……」
「レン先輩、ちょっとあたしの後ろに立っててもらえますか?」
翔馬と千賀屋君の意見を無視した麻菜ちゃんに呼ばれて、麻菜ちゃんの後ろに立つ。
「よし、撮るよー!」
麻菜ちゃんの声に、来見君はノリノリでポーズをとってくれた。
翔馬と千賀屋君も慌てて姿勢を正す。
せっかくなので私も撮らせてもらおう。
「……はいオッケー! ありがとねー」
撮った写真を確認してみる。
千賀屋君も来見君も笑顔なのに、翔馬だけ絶望した顔が撮れていた。
さっきの七人で撮った写真のほうがいい顔をしている。
「撮れた撮れた!一組のこと、きっちり宣伝しとくね!」
「沙月さん、さっき撮った写真、こっちにも送っといて」
「わかった! 今送った! 一組のメイク係、めっちゃいい仕事したね!」
麻菜ちゃんは一組の女子とも仲がいいらしく、声をかけあっている。
「最悪だ……」
「翔馬、あんなに嫌がってたのに、写真、よかったの?」
「よくない……!」
よくないんだ。
歯を食いしばるほど嫌ならやめてもよかったのに。
「でも一度は撮らせたから、後は全部断る……!」
確かに、知らない人と撮るよりは私たちのほうが気が楽よね。
「でもいい記念が撮れたわ。帰ったらお母さん達にも見せようっと」
「お願いだからやめて」
「お嬢様たち、行ってらっしゃいませ」
存分に楽しんだあと、一年一組を出る。
まだ廊下には入場を待つ列が続いていた。
「さて、私は休憩所でゆっくりしてこようかな」
楓が伸びをする。
「一緒に回らない?」
「やめとく。一つは見たし」
「そう。咲愛と麻菜ちゃんは?」
「あたし、レン先輩のとこ行きたーい!」
「私も」
「そう? じゃあ、一緒に行きましょうか」
次の目的地は私のクラス、二年一組に決まった。
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