33話 文化祭の二年一組
文化祭一日目は慌ただしく始まった。
二年一組の教室は、謎解きゲームの会場へと大変身を遂げていた。
机もいくつかのグループにまとめられ、ゲームを楽しめる配置になっている。
「謎カード、ちゃんと所定位置にある?」
「ちょっと、誰かベストここに忘れてるー!」
「最終確認オッケー!」
「遅番の人、ちゃんと交代時間には戻って来てよ!」
様々な声が飛び交う中、私は自分の服装をチェックする。
普段おろしている髪を、邪魔にならないように低めで縛り、薄く化粧した後に眉を太めに描いて、鼻を高く見せるために陰影をつけた。
やたらと男装に詳しいクラスメイトのアドバイスで、肩幅を出すためのパッドを借りて、腰回りに厚みを出すためタオルも巻いている。
私の姿を見たクラスメイトが「鈴白くん!」と呼び始めたので、うまく男装にはなっているようだ。
やたらとポーズを取らされたのは何だったんだろう……。
楓も前髪はワックスで散らして固め、後ろ髪を小さく括っている。
ちょっとやんちゃ男子みたいで、普段より勇ましさが増している。
胸の膨らみは整えたようで、ちゃんと男性の胸板に見える。
私の胸と見比べてみた。
……ああ、空間が広がってる……。
いや、成長期。まだ成長期だから!
でも原作ゲームでも恋華はこうだったからなあ。望み薄。
まずは早番の皆で、開始前に写真を撮ると、皆持ち場について文化祭が始まった。
さっそく教室展示を回っているらしい一年生の女の子グループが、おそるおそる入口から覗いている。
「謎解きだって」
「どうする?」
近寄ってにっこり笑うと、女の子たちが喉の奥で「ヒェ」と言ったのが聞こえた。
「何人かで解ける謎もありますよ? 今なら空いてるから是非どうぞ」
私の横に来た楓の一言がとどめを刺す。
「入るの、入らないの。早く決めな」
うちのクラスの初めてのお客様は、可愛い一年生の女の子グループになった。
「楽しかったです!」
「クラスの子にも宣伝します!」
「これ私のアドレスです!」
「こちらこそ来てくれてありがとう。あとアドレスは返しますね。文化祭、楽しんでください」
『謎解き失敗』ボードの前で撮影した一年生たちは、一礼するとはしゃぎながら出ていった。
失敗でもあんなに喜んでくれるなら、大成功じゃないかしら。
「くっ……男装女子に負けてたまるか!」
「そうだ、俺たちだってやれるぜ!」
「女の子にアドレス渡されたい!」
男子の中に一人邪心持ちがいるわね。
「アドレスは返したからね、私」
「女の子にアドレス渡されて浮かれるのって格好いい? 小細工せずに当たって砕けなよ」
楓がそう言うと、男子たちはハッとした表情をした。
恋する乙女のように、胸元で手を握りしめて、頬を染めて楓を見ている。
「……梢江くん」
「気色悪い呼び方はやめて」
楓は砕ける前提の話をしているけど、これは何も言わないでおこう。
席が埋まり始めた頃、千賀屋君が現れた。
「鈴白先輩、ハァ、お、お久しぶりです。フゥ、先輩の涼やかな出で立ちは……」
「息を切らしているのに、長々としゃべらなくていいから。おはよう、千賀屋君」
千賀屋君は走ってきたようで、汗を額に浮かべている。
「おはようございます。……一番に馳せ参じようとしたのですが、少々立て込んでいて……」
戦国武将みたいなことを言い始めた。
「そんなに急がなくても入れるわよ。一人で入る? 複数人用の謎も用意してあるけど」
「一人です」
「わかった。あ、一人席空いたみたい。それではご案内します」
案内した席に千賀屋君が着いた。
私は気分を切り替えるために咳払いすると、謎カードを取り出す。
「おかえりホームズ。さっそくだが君に解いてほしい謎はこれだ」
しばらく後。
「撮りまーす」
『謎解き成功』のボード前には笑顔の千賀屋君がいた。
さすが千賀屋君。今のところ、謎解き最短記録達成だ。
「絶対に先輩のところだけは来たくて……」
そのとき、出口から華やいだ声が上がった。
「千賀屋君発見!」
「次はお化け屋敷行こうって言ったのにー!」
「一緒に回ってくれるって約束だよー?」
一年生らしい女子が数人集まっている。
千賀屋君はそれを見ると、慌て始めた。
「では先輩、僕はここで失礼します!」
「お迎えみたいね。良かったらうちのクラス、宣伝しておいて」
「はい、では……!」
一礼した千賀屋君は、出口に早足で向かって行った。
……あ。
一年一組のメイド・執事喫茶について聞けなかった……。
「……あいつは今後出禁にしよう」
「そうだ、それが世界平和のためになる」
「あの右端の子めっちゃ可愛い」
「ちょっと。可愛い後輩にパワハラしないで」
ドア枠を、爪の色が変わるまで掴んでいるクラスメイトの男子たちに、私は軽く返した。
男子たちは歯を食いしばって、血涙を流さんばかりだ。
服が汚れるからやめて欲しい。うちはお化け屋敷じゃない。
「そこのサボりーズ、早く案内に戻って」
「待ってよ楓、今、私まで数に入れたでしょう!」
「は、や、く、戻って」
はあい。
千賀屋君が戻ってからしばらくして、入口に見覚えのある姿が現れた。
……あれ?
翔馬が、女子を連れてる。
あの翔馬が。
茶髪の、クラシカルなメイド服を着た女の子が翔馬の横にいる。
髪は濃いめの艶やかな茶色。
少しくせ毛が肩にかかっている。
大きな目は好奇心でキラキラ輝き、まつ毛もきっちり上げられている。
眉も整えられていて、紛うことなき美少女。
そんな美少女が私を見てシュバッと手を挙げた。
「鈴白先輩! こんちゃーです!」
あ、来見君だ。
「鈴白さん、俺が彼女を案内しよう」
「いやいや俺が」
「いやいやいや、ここは未だ働いていない小生が」
一人称的に年齢詐称している人、いない?
あとちゃんと働いて欲しい。
「声聞いたでしょう。あの子男子よ」
「何だと」
「神はいつも俺たちに試練をお与えになる……!」
「男子……いい……」
「危険なので私が対応するわね? 全員戻ってちょうだい」
端から見たらどう見てもカップルみたいな翔馬と来見君に近づく。
「おい優輝、あんま近くに来んなよ」
「だってこの格好の方が女子ウケ良くてさー。なんか会う人たちおまけを色々つけてくれるし。早く翔馬も着替えりゃいいのに」
「嫌に決まってんだろ!」
「どうせ昼からやるのに、諦め悪いなー」
「翔馬、来見君もいらっしゃい。来見君、すごく可愛いわね」
「マジすかー! この格好、皆の反応いいんすよ!」
でしょうねえ。
「でも皆、しゃべるなって言うんすよ」
でしょうねえ……。
「レン姉は何その格好」
「似合うでしょ?」
「変」
翔馬はきっとそう言うと思った!
私がムッとしたのに気づいたのか、来見君が明るい声を出す。
「めちゃ似合ってます! 翔馬が先輩のとこは絶対行くって……あ痛ぁ! 踏むなよ!」
「悪い、そこに足があるから」
「いや足を踏もうとするなよ!」
「上履きに跡ついたー!」と嘆いている来見君をよそに、翔馬が「二人でもできる?」と聞いてきた。
「複数人用の謎があるわよ。席に案内するわね」
「恋華、口調がいつものに戻ってる」
楓から指摘されて、私は「……お席に案内します」と言い直した。
「おかえりホームズたち。さっそくだが君たちに解いてほしい謎はこれだ」
席に着いた翔馬たちに謎カードを渡す。
「何? その口調」
うるさいなあ。
「やったあ、俺たちホームズ! いくらでも任せてください!」
来見君はいい子ね。
しばらく後。
「撮りまーす!」
『謎解き失敗』の前で、大股で力強く拳を振り上げている来見君。
一見すると美少女の来見君がこのポーズをしているので、とても違和感がある。
その横でポケットに手を入れたままの翔馬を、来見君のスマホカメラで撮る。
「あと十分あればいけたのに……」
「でも手がかり見落としてたし、しゃーないって。落ち込むな」
ぶつぶつ言う翔馬を、来見君が慰めている。
「咲愛は来た?」
「あの子は午後から休憩だから。私、一緒に回る約束してるの」
「マジすか、俺たちのとこも是非……危なっ!」
話の途中で来見君が素早く翔馬の足を避けた。
そのまま二人でタップダンスみたいに足を踏みならしていく。
「いらねーこと言うな!」
「口で言えよ! ははは、この俺のステップについてこれるかな……痛え!」
「……二人とも、教室の外でやってくれる?」
翔馬と、ぴょんぴょん跳ねている来見君を出口に案内する。
二人を帰らせると、ちょうどお昼になった。
「早番の人、交代してー。遅番入りまーす」
さあ、お昼ご飯を食べたら、午後はいよいよ咲愛たちと文化祭を楽しむ番だ!
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