29話 生徒会への推薦
楽しかった夏休みも終わり、新学期が始まった。
そして新学期と同時にうちの学校では、十月からの生徒会役員の募集が始まる。
自分からの立候補も、他の生徒や先生からの推薦も受け付けている。
「鈴白さん、今年こそ」
「はい、嫌です!」
去年もしたやり取りだ。
担任の先生から生徒会役員を打診されるたびに、私は断っている。
原作の恋華は文武両道、非の打ち所のない生徒会長だった。
そして生徒会長は前年の生徒会役員の中から選ばれるのだ。
生徒会長になりたくない私は、生徒会役員自体から逃げ続けている。
「今年が役員になる最後のチャンスよ。鈴白さんならできる。新しい自分を見つけてみましょう?」
「嬉しいお言葉ですが嫌です! それは過去の私なので!」
「鈴白さんがわけのわからないことを言うのはいつものことだけど、ともかくやってみましょう?」
「先生、私への本音が漏れてますよ。それから嫌です! 失礼します! また明日!」
私は元気よく教室を飛び出した。
「あのね、二人に話があるの」
夕食時に咲愛がそう切り出した。
珍しく、少し自信なさげな姿に、原作の咲愛のイメージが重なる。
「わかった。私にできること、ある?」
「お姉ちゃん、まだ私何も言ってないよ」
考える前に声が出ちゃった。
「レン姉は放っておこう。何かあった?」
翔馬の言葉に、咲愛は頷いた。
待って。今私、可愛い弟妹たちに放っておかれることになった?
「私、生徒会役員に立候補しようと思って……。今日、担任の先生が声をかけてくれたの」
「えっ」
思わず声が出て、慌てて口を手で押さえる。
「役員になっても普段の生活に支障がなさそうだからって。それで……」
もじもじしながらつぶやく咲愛。
「いいじゃない!」「いいじゃん」
翔馬と同じタイミングで声が出た。
先生から声がかかる生徒は成績優秀者が多いと聞く。
……自画自賛みたいになっちゃうけど。
咲愛の優秀さが他の人にも伝わってるんだ。
原作の咲愛は、生徒会役員ではなかった。
翔馬が二年生になった春から、原作ゲームの物語が始まる。
原作ゲームで、生徒会に所属する人物として登場したのはたった一人。
生徒会長の鈴白恋華……つまり原作の私だ。
「球技大会のときに、バレーの選手になったでしょう? あのとき、私にはできないと思って勝手にあきらめてたこと、他にもあるんじゃないかって思ったの」
咲愛は苦さを含んだ笑みを浮かべる。
「せっかく入学したんだから、学園でしかできないことに挑戦しようと思う。本当に役員になれるかはわからないけど、やってみたい」
咲愛は原作と違う道を歩こうとしている。
ううん、原作と違う、じゃない。今の咲愛がやりたいことを見つけてやろうとしているんだ。
「咲愛なら大丈夫よ!」
「もし帰りが遅くなったら、晩ご飯とか、お洗濯とか……」
「気にしないで、お姉ちゃんにまかせなさい!」
可愛い妹の為なら!
「翔馬もやるから!」
「何で勝手に返事すんの。でも俺も協力する」
「二人ともありがとう。明日、先生に返事してみる」
咲愛が微笑んだ。
「生徒会役員ですか? ああ、先生から勧められましたが断りました」
当然のように千賀屋君が言った。
咲愛の決意を聞いた翌日。
放課後の一年一組の教室前。咲愛は麻菜ちゃんと用事があるらしくて、もう出かけていった。
私は翔馬に用事があって、一年生の教室棟へ来ていた。
そこで、帰ろうとしていた千賀屋君に会ったのだ。
「断っちゃったの?」
「はい。生徒会には鈴白先輩がいませんから」
この子……このままだと、私が行った大学だからって志望校決めたりするんじゃないかしら。
「自分の人生なんだから、ちゃんと考えなきゃ駄目よ?」
「もちろんです。先輩の存在の尊さについては日々想いを巡らせています」
何て?
「まあ私も断ってるから、人のことは言えないけど……」
「僕も、先輩が生徒会役員ならもちろん承諾しました」
やめて。私と同じ動機で断ってるみたいな言い方をしないで。理由が全然違うから。
「咲愛は生徒会役員に立候補するみたいよ」
千賀屋君は深く頷いた。
「鈴白さんなら適任だと思います」
「でしょう!?」
思わず食い気味に返事してしまった。
「咲愛はこれと決めたら形になるまでやるの。あと私の服を買うときも、こっちの方がいいとかアドバイスをくれてね。でもでも、ちゃんと私の好みも考えてくれるのよ? ご飯は美味しいしおかわりのタイミングも気が利いてて、……とにかく本当にすごい子なの!」
「勉強会でも質問をまとめてから先輩に聞きに来ていましたし、彼女は段取りが上手いですね」
本当にそう!
笑顔の千賀屋君が、的確に咲愛の良いポイントを挙げてくれる。
「そうなのそうなの!千賀屋君、今日時間ある?ちょっと二時間ほどお茶しながら、咲愛の話で盛り上がりましょう」
「はい、先輩にお誘いいただけるなんて光栄です」
ニコニコ顔の千賀屋君と一緒に、下駄箱へ向かおうとした。そのとき、後ろから翔馬が追いかけてきた。
「待て待て! レン姉今日は食事当番だろ! スーパーについてこいって俺に言ったじゃん!」
はっ、そうだった!
「ごめんなさい、千賀屋君……。今日は寄るところがあって……。誘っておいて申し訳ないけど、咲愛の話はまた今度にしましょう……」
千賀屋君も歯を噛み締めて辛そうにしている。
わかる。せっかく見つけた同好の士とのおしゃべりだったのに。
「そうですね……。また、雨坂、君、のいない時に是非」
……やっぱり翔馬に君付けするのは抵抗があるみたい。
帰り道の途中で千賀屋君と別れて、翔馬とスーパーへ向かう。
「……危ないところだった。レン姉の弱点わかりやすいからな……」
「何よ翔馬。私の悪口?」
「悪口じゃなくて事実」
事実ね。なるほど……?
「……それって十分悪口じゃない?」
「レン姉が思うならそうなんじゃない?」
「じゃあ悪口じゃない!」
笑いながら翔馬がスーパーに入っていった。
スーパーでカートを取り、まずは野菜売り場へ。
夕方だからか、買い物客が多い。カートを押す人を避けながら、玉ねぎと人参とじゃがいもの袋を買い物かごへ入れる。
「レン姉今日は何作るの」
「ハヤシライスにしようかしら」
確かルーはまだあったはず。
「しゃ!」と翔馬がガッツポーズをしている。あんたはカレーより好きだものね。
「あ、大根と長ねぎも安い。買っておきましょう」
大根は、我が家は人数が多いし、一本はいるわね。
お肉も特売を六百グラム。
牛乳もそろそろなかったはず。ジャムと食パンも買っておかないと。
「レン姉、卵一人一パック限定だって」
「じゃあレジに行くとき、翔馬一個持って別の列に並んで」「了解」
あ、トイレットペーパー忘れるところだった。
十二ロール入りを二個カートの下に置く。
「さ、レジに行きましょう」
そう言って翔馬の顔を見ると、引きつっていた。
「やっぱり買い出しには翔馬がいると助かるわね!」
足取りの軽い私の後ろを、両手に大きなエコバッグを下げた翔馬がゆっくりついてくる。
「でも私トイレットペーパー一つ持つだけでよかったの? 少しくらい持つわよ。翔馬の学校カバン持ってあげようか?」
「大丈夫……家の鍵開けてくれれば……」
憎まれ口も多いけど、こういう時に翔馬は一番重い荷物を持ってくれる。
荷物をたくさん持った翔馬が歩きやすい道を選んで、家に急いだ。
「ただいま」
ちょうどハヤシライスができ上がったところで、咲愛が帰ってきた。
キッチンで鍋いっぱいのハヤシライスを混ぜていると、入口に咲愛が顔を出す。
「おかえりなさい。ハヤシライスできてるわよ」
「ありがとう。手を洗ってくるね」
翔馬はすでに二杯目をおかわりしている。
「お昼休みに、先生に生徒会役員の申込書を出してきたの。役員は中旬の全校朝礼で発表されるみたい」
「お疲れ様。結果、楽しみね」
咲愛が笑みを浮かべて頷いた。
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