27話 夏祭りと絆創膏
夏休みも折り返し地点に入った。
「お姉ちゃん、今年の夏祭りに麻菜ちゃんが来てもいい?」
いつも通りのお昼ご飯の後、咲愛が突然そんな事を言い出した。
「いいけど、何かあった?」
「昨日電話してたら夏祭りの話になって、麻菜ちゃんに言ったら行きたいって」
お盆直前に近所の神社で行われる夏祭り。一昨年は私は受験準備で行かず、去年は翔馬と咲愛が受験準備だったので、私も行かなかった。
来年からはまた受験準備になる。
今年こそは三人で行こうと話をしていたところだ。
「今年は賑やかになるわね」
「女三人に男は俺一人か……」
翔馬は考え込むと、スマホを操作して耳に当てた。
「……あ。今ちょっといいか?……今度の土曜日、うちの近所で夏祭りやるんだけど、一緒に行くか?……うん、レン姉たちが一緒になるけど、いいなら……」
言うだけ言って、すぐに翔馬が耳からスマホを離した。
「マジで! 行く」
とスピーカーモードじゃないはずのスマホから、大声で返事が聞こえてくる。
「後でまた連絡する。じゃ」
再びスマホを耳に当てた翔馬は一言言うと電話を切った。
そっか、麻菜ちゃんと来見君が来るのか……。
私も自分のスマホを取り上げた。
「じゃあ私も、参加者を追加しようかしら」
「そいつはいらねー!」
私が誰を誘おうとしているか理解した翔馬が、ものすごく嫌そうな顔をしている。
でも、誘わないわけにはいかないじゃない?
電話をかけると、二回目のコールで出てくれた。
「はい、千賀屋です。鈴白先輩のお声で夏の暑さが和らぎました。お電話のご要件は、今度ご近所で開催される、夏祭りについてでしょうか?」
……。
でしょうか? じゃないのよ。
二つ返事で千賀屋君も参加が決まった。
本当に、今年の夏祭りは賑やかになりそう。
当日、皆との待ち合わせ場所である、参道の入り口に向かった。
参道は普段使う駅とは逆方向になる。
五時前でもまだ日は高い。
「レン姉、咲愛、遅い」
数歩先を行く翔馬が足踏みしている。
いつも通りのハーフパンツとTシャツにスニーカーだ。
念のために虫よけスプレーはしっかりかけさせた。
「翔馬も浴衣着たらこうなるわよ」「だから俺は着なかった」
「ちょっとは女の子に合わせなさいよ」
「女の子……?」
「探す振りするんじゃないわよ! いるでしょう、ここに!」
私は手を繋いで一緒に歩いていた咲愛を見る。
髪を軽く編み込んで、花を象った飾りを髪に刺している。白地に桜の柄の浴衣を着ている。名前にも合っているし、これ以上ない組み合わせだろう。脚元も鼻緒が濃いめのピンクの下駄。胸が目立たないようにたくさん詰め物をウエストに入れているので動きづらそう。私はちょっとウエストを詰めただけで終わったので、密かに涙した。
咲愛は私たちの歩く速さについてこようとしたようで、少し息を切らしている。
私が示した咲愛を見て、翔馬はバツの悪い顔をして戻ってきた。
「そうか、ごめん咲愛」
「何で私には謝らないの?」
謝る相手、もう一人いない?
私は水色の地に、紺色でレンゲの花が描かれた浴衣を着ている。髪は咲愛が結ってくれたお団子に金色の蝶がついた飾りを刺した。鼻緒は青色だ。
参道は既に混雑が始まっていた。
ゆるやかな登り坂が曲がりながら丘の上まで続いている。参道脇にはたこ焼き、お好み焼き、スーパーボールすくいなどの屋台が並んでいる。
私たちの後ろから小さい子どもが駆けて行き、ゆるやかな登り坂を登って行く。続けて後ろから母親らしい女性が「走ったらダメよ!」と追いかけて行った。
「あ、来たきた。さーちゃん! レン先輩、こっちですー!」
参道の入り口の石柱の横。華やかな向日葵柄の浴衣を着た麻菜ちゃんが手を振って呼んでくれた。
麻菜ちゃんの髪には、普段と違ってキラキラした髪留めがついている。
足元は普通のサンダルだった。
なるほど、合理的……!
その横の来見君は、薄手でオーバーサイズのストライプシャツにワイドパンツを履いている。足元はスニーカーだ。
そしてこちらに向かってくる千賀屋君も、伝統的な柄で黒っぽい浴衣を着ている。足元も私たちと同じ下駄だ。
しかし慣れているのだろう、歩き方に危なげがない。
軽やかな足取りで私の横に並んだ。
「鈴白先輩、今日は一段と麗しいですね」
「汗だくの私を見てそんな事言ってくれるのは、千賀屋君だけだけどね。ありがとう」
「鈴白さんも鈴白先輩も可愛い!」
「ありがとう、来見君も可愛……格好いいわよ」
「マジですか! よっしゃー!」
来見君も楽しそうだ。
格好よくしようとした結果、可愛くなっているのが健気だ。
あと、翔馬が「あんまりレン姉を褒めると調子に乗るから」って言ったの、私ちゃんと聞いてるからね。
軽く翔馬を睨むと目をそらした。
今日は私だって普段以上におしゃれしている。ほとんど咲愛がやってくれたけど。
「結構待たせちゃった? ごめんなさい」
「先輩の姿がみられただけで」「全然です! 三人とも今来たところなんで!」
食い気味に麻菜ちゃんが元気よく答えてくれた。
人の流れに沿ってそのまま皆で歩き出す。
「雨坂は何食う? 俺たこ焼き!」
「ベビーカステラ」
「そんなのいつも食えるだろー」
「そっちこそ、どこでも食えるだろ。あ、たい焼き売ってる。カスタード……いいな」
「麻菜ちゃん、浴衣似合ってるね」
「ありがとー。さーちゃんこそ髪、可愛くしてるじゃん」
「うん、ちょっと頑張った」
咲愛が少し編み込んだ髪を触る。
咲愛はほとんど一人で準備している。私の髪の毛ももっと凝った髪形にしようとしてくれたのを、私がこれがいい、と言って抑えた結果がお団子だ。
「先輩、想像以上の美しさで、表すための言葉が出ません」
「もう十分言葉で褒めてくれてるわよ……?」
少し気になることを聞いてみた。
「千賀屋君、浴衣着慣れていそうね。よく着るの?」
「浴衣、というより着慣れているのは和装ですね。祖父が茶の湯を嗜むもので、月に数回、茶会に行っています」
セレブの嗜みだあ。
……本当にどうしてゲームの千賀屋は、あんなチンピラみたいな言動だったんだろう。
「レン姉、たい焼き買おう。たい焼き」
考え込みかけた私を翔馬が現実に引き戻す。
「たい焼きは後!先に食事になるもの!」
反射的に反応してしまった。
「レン先輩ー! 場所確保ですー!」
少し先の広場の端のベンチで麻菜ちゃんが手を振っていた。
参道の途中、少し開けた場所。
普段展望スポットになっているようだ。
「ちょうど移動する人がいたんで声かけました! 4人がけだから、交代で座ったらいいかなって」
遊び隊長は今日も心強い。
「席取っておくから、買ってきて貰ってもいい?」
「鈴白先輩、僕も一緒に留守番します」
「さーちゃん、人も多いし、あたし買ってくるから、レン先輩と待ってなよ」
「え……でも」
「いいからいいから。レン先輩、さーちゃんとちがやんと待っててくださいねー」
「麻菜ちゃん、じゃあお金を渡しておくわ」
「はいでーす。ちがやんのも適当に買うねー」
「ああ。沙月さん、よろしく」
「オレも皆で食べられる物買ってきまーす! 行くぞ雨坂!」
「おい勝手に行くな! ……レン姉、千賀屋が変なことしたらすぐ言えよ」
「失礼よ?」
「するか!」
賑やかな三人が買い出しに行ってくれた。
見送ってから気づいたが、咲愛の様子がおかしい。
「咲愛、ちょっと下駄脱いで見せて」
「……大丈夫」
咲愛は口をモゴモゴさせている。絶対変。
「大丈夫じゃないの。見せなさい」
咲愛がそろっと下駄を脱いだ。
親指と人差し指の間が赤く血がにじんでいる。痛そうだ。
「ティッシュならあるから挟む?」
でもティッシュってすぐ千切れたり、ボロボロになっちゃうのよね……。
「僕、絆創膏持っていますよ。下駄に不慣れな人は痛めると思っていたので、念のために持ってきました」
千賀屋君がさっと絆創膏を出してくれる。
「ごめんなさい、貰ってもいい?」
「もちろんです」
絆創膏を貼って咲愛が下駄を履き直す。
「……うん、大丈夫そう。ありがとう千賀屋君。……ごめんね?」
「いや……鈴白さんが楽になったなら、よかった」
私からも千賀屋君に頭を下げた。
「千賀屋君、本当にありがとう」
「とんでもない。先輩の為なら」
その言葉が今は本当にありがたい。
私たちはそのままベンチで、三人の帰りを待つことにした。
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