26話 夏のある日の鈴白家
アラームがわりの軽快な音楽が流れ出した。
カーテンの外が少し明るい。遮光カーテンでこれなら、かなりの快晴だろう。窓を閉めていてもセミの声が聞こえている。
私は手探りで枕元のスマホを探し、取り上げる。
朝の六時。
……学校に行くなら……あ、まだ夏休みだ。
しばらくの間、アラームはもっと遅くしてもいいかな。
寝起きの重い頭でぼうっと考える。
……せっかく目が覚めたので、起きてしまおう。
部屋を出て、階下に向かう。
リビングと繋がったダイニングでは、開けたカーテンから朝の光が差し込んでいる。
お母さんとお父さんは朝ご飯を食べ終えて、片付けをしていた。
「おはよう……」
「おはよう。お母さんたちもう出るからね。ごはんは……」
「自分で作るから大丈夫。洗い物置いておいて。一緒に洗うから」
「ごめんねぇ。じゃ、任せた!」
「任されました」
洗面所で顔を洗ってから、キッチンに向かう。
お母さんは服を着替えると化粧を始めた。
お父さんは……洗面所からシェーバーの音が聞こえてる。
私は冷蔵庫から卵を三つ取り出した。ハムも三枚。……豪華に六枚使っちゃうか。
「お母さーん。今日は二人とも帰り遅いんだっけ?」
「そうそう。お父さんは会社の集まりで遅くなるって。お酒も出るみたいだし、晩ご飯はいらないでしょ。お母さんは今日は学生時代の友達と女子会、行ってくるわね」
化粧を簡単に終わらせ、ダイニングにお母さんが顔を出した。
「うふ」と笑うお母さんは、ちょっと可愛い。
オトナ女子会。いいなあ。私も久しくしてない。
このまま大人になったら、咲愛や麻菜ちゃんとしてみたいなあ。
「わかった。こっちも三人で食べておくわね。女子会楽しんできて」
「ありがと。遅くなるだろうから、戸締まりしっかりね」
「はあい」
お母さんと、少し遅れてお父さんが出かけてしまうと、また家の中は静かになった。
フライパンを温めて、まずはハム。ジリジリと音がしたところで卵を割り入れて、塩コショウして目玉焼きにする。完璧なハムエッグの出来上がりだ。
電気ケトルの電源を入れて、紅茶のティーバッグを取り出す。ティーポットに入れて、お湯が沸くのを待つ。正式なやり方は違うらしいけど、飲めるからこれでいい。
オーブントースターに食パンを一枚入れようとしていると、階段からトントンと降りてくる音がした。
「お姉ちゃん、おはよ……」
パジャマ姿の咲愛だ。寝起きでトロンとした目をこすっている。うちの妹は今日も世界一可愛い。
「おはよう。咲愛もハムエッグ食べるわよね?」
「食べる……。顔、洗ってくるね……」
咲愛を見送った後、私は食パンを二枚入れてオーブントースターのダイヤルを回した。
朝ご飯も終わり、服を着替える。
まあ、いつものでいいか。
最近はTシャツとジーパン、カットソーとハーフパンツの組み合わせをローテーションしている。
着替えて朝の支度をしていると、玄関でドアの開く音がした。
「ただいまー。外あっちぃ。あー、生き返るー」
近くのアパートに住む翔馬だ。
そんなに離れていない距離のはずだけど、汗だくでTシャツの裾をつまみ、パタパタとあおいでいる。
夏はエアコン代がかかるからと、ほぼ毎日、午前中から我が家に来ている。
「おかえり。ハムエッグ食べる?」
「咲愛の?」
「私が作ったけど?」
「んー……。食べる」
今、一瞬悩んだの、気づいてるからね。
「パンは焼く?」
「いい。いらない。一応食べてきたから」
「何食べたの?」
「メロンパン。ホイップ入ったやつ」
甘党め。
普段着に着替え終えた咲愛が、ティーポットを持ち上げた。
「翔馬君、朝淹れた紅茶、まだあるけど飲む?」
「飲む。アイスにして」
「うん」
咲愛が翔馬のマグカップに氷を入れている。
「また咲愛を使って」
「咲愛から言ったし」
「翔馬君、シロップ2個ね?」「ありがとー」
出てきたマグカップは、既に牛乳が入ったミルクティーになっていた。
翔馬はゴクゴクと飲み干すと、当然のように私にカップを渡してくる。
「レン姉、麦茶も欲しい」
「もー」
キッチンでマグカップを洗い、冷えた麦茶を入れて出す。
翔馬は半分くらい飲んで、マグカップをテーブルに置いた。
「あ、そうだ。今日はもう洗濯機回し終わってるからね。急ぎならもう一度回すから洗濯かごに入れておいて」
外を指さすと、翔馬が固まった。
「え、今日はおばさんがやってくれる日じゃなかった?」
「夏休みの間は、私か咲愛よ」
「……俺の下着なかった?」
「あったわね」
肌着とトランクスが。
「ちゃんと干したわよ」
翔馬が庭の洗濯物を見る。
風もあるし、天気もいい。すぐに乾くだろう。
「……。」
返事がないなと見てみると、翔馬は顔を赤くして黙っていた。
「……俺、しばらく自分の下着は自分で洗う」
別にこっちは気にしないのに。
午前中からお昼ご飯までは、咲愛と翔馬が宿題をする。
「レン姉は? それ宿題じゃないじゃん」
私の問題集を見て翔馬が不思議そうに聞いてきた。
「少なかったから一通り終わっちゃった」
せっかくだから復習と予習をしっかりしておこうと思って。
「レン姉のは、勉強できない、とはちょっと違うんじゃない?」
「うるさいなあ……」
ケアレスミスの克服方法、わからないし……。
咲愛が作ってくれたお昼ご飯を食べていると、翔馬がファイルを取り出した。
「これおばさんに渡しておいて」
「ああ、いつもの?」
「そう」
ファイルには、レシートが何枚も入っている。
翔馬は一人暮らしを始めてからずっと、購入品のレシートを毎月うちの両親に渡して、報告している。
お小遣い分は必要ないらしい。
未成年の間はこの方式を続けると母から聞いている。
翔馬も納得しているので、私も口は出さない。
「わかった。預かっておくわね」
お昼ご飯を食べたら皆思い思いに過ごす、自由時間だ。
翔馬はリビングの奥にあるテレビ台の中からゲーム機を取り出した。
我が家に唯一置いてあるゲーム機だ。
「何やるの?」
「いつもの。二人もやる?」
いつもの。対戦ゲームのやつだ。
一度教えてもらったけど、私にも咲愛にも難しくて、いつも勝つのは翔馬になる。
「やだ。ボコボコにされるし」「私もやめておく」
「いや、二人が弱すぎなんだって」
言いながら翔馬はゲームをスタートさせた。
咲愛はおやつを作ってくれているらしい。キッチンから甘い匂いがしてくる。
「何作ってるの?」
「マドレーヌ。この間読んだ本で出てきて、印象的だったの」
マドレーヌって家で作れるんだ……。
手伝いをしようと思ったら、「大丈夫だから、出来上がるのを待ってて」と言われてしまった。
手持ち無沙汰になった私は、リビングのソファに腰掛ける。
翔馬のゲームをBGMに、この間買ってきた参考書を読み始めた。
おやつに咲愛が作ってくれたマドレーヌを食べる。
ちゃんとお店みたいなマドレーヌが出来上がっていた。
「紅茶に浸して食べるシーンがあってね……」
そう言う咲愛がティーポットから人数分、紅茶を注いでくれた。
咲愛は自分のマドレーヌを紅茶に浸してスプーンですくって食べている。
私はそのままマドレーヌを食べる。
バターのいい香りの中に、少しだけレモンの香りが混ざっている。
やっぱり咲愛が作るものは、なんでも美味しい。
今日の晩ご飯は翔馬が担当だ。
「何作るの?」
「冷やご飯があるから、オムライス」
「包む卵足りる?」
「薄焼きにするから足りる」
雑……。でも私でもそうするから、何も言えない。
誰に似たのかしら、この雑さ。
出来上がったオムライスは綺麗に卵に包まれていた。器用。
私はケチャップで二重丸を描く。咲愛はニコニコマーク。
翔馬はすでに山のようなオムライスを食べ始めている。
「いただきます」
粗めに切られた玉ねぎと人参で、食べごたえのあるオムライスに出来上がっていた。
咲愛の作るオムライスと違うけど、これも美味しい。
自分で作るのと何が違うんだろう。
晩ご飯の洗い物も終え、翔馬は我が家でお風呂に入ってから自分のアパートへ出ていった。
「女二人だから絶対チャイムが鳴っても出たら駄目だからな!」
「はいはい。また明日ね。行ってらっしゃい」
「絶対だからな!……行ってきます」
翔馬にも言われたので、戸締りを確認して回る。全部きちんと閉まっている。
「お姉ちゃん、私も寝るね。おやすみ」
「うん、お休み」
冷蔵庫を見たけれど、明日は早い時間に買い物しておいたほうがいいかも。
そんな事を考えながら、私はベッドに入った。
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