25話 プールの思い出
時計が一時を指していた。
「そろそろお昼ご飯食べない?」
尋ねると、千賀屋君が頷いた。
「そうですね。近くにプールサイドレストランがあります。そこで食べましょう。入り口近くの売店は軽食のみの提供なので」
私たちが向かったのは、プールを眺めながら食事ができるテラス席と、落ち着いて食事できる屋内の席が用意されたレストランだ。
店員さんがテラス席の二つのテーブルを近づけて、六人席にして案内してくれた。周りでも水着のままで、食事を楽しんでいる。
「あっ、タコライスがある! あたしタコライスにしよっかな。さーちゃんは?」
麻菜ちゃんに話を振られた咲愛は少し考え込んでいる。
「んー。……翔馬君は?」
「俺? ローストビーフ丼」
「じゃあ私も麻菜ちゃんと同じタコライスにしようかな。翔馬君足りないでしょ。少しあげる」
「サンキュー」
「俺どうしよっかな。タコライスとロコモコ丼で悩む」
来見君が悩んでいるところに麻菜ちゃんが助け舟を出した。
「るーみんはロコモコ丼にしなよ。あたしのと一口交換ならしたげる」
「まじで! じゃあそうする」
「鈴白先輩は何を注文されますか?」
「私はタコス三種盛りにするわ。千賀屋君は何にするの?」
「僕は明太子スパゲッティにします」
「足りるの?」
翔馬なら二人前はペロリと平らげる。
「ええ、まあ」
「育ち盛りなんだからちゃんと食べてね? 私のタコスを一つあげる」
「そんな! いただけません」
「じゃあ俺が貰う。レン姉ちょうだい」
「はあ!? 貴様にやるくらいなら僕が食べる!」
「翔馬、あんたは咲愛からもらう分だけ。千賀屋君は私のタコスを食べること。いいわね?」
そう言うと二人とも黙った。
気を抜くと喧嘩を始めるんだから。
注文を終え、後は料理が来るのを待つ。
「麻菜ちゃん、食事のあとはどうするの?」
グループの遊び隊長、麻菜ちゃんに確認する。
「ちょっとここから戻ることになるんですけど、波の打ち寄せるプールっていうのがあるんで、そこに行きたいです!」
やっぱりこういうとき、麻菜ちゃんは頼りになる。
料理が運ばれてきて、テーブルが一気に華やかになった。
タコライスにローストビーフ丼、ロコモコ丼、タコス……お肉が多いわね。
「千賀屋君、はいこれ。牛ひき肉のタコス。どうぞ」
「ありがとうございます。僕のも一口差し上げましょうか」
「私はタコス二つで十分だから。ありがとう」
「そうですか……」
私はタコスについてきた辛さ調整用のホットソースを、自分の皿に残ったタコスにかける。
ピリ辛って美味しいわよね。
「ではいただきまー……」
「レン姉やっぱ一口ちょうだい」「ちょっと!」
横から翔馬の手が伸びてくる。
止める間もなく翔馬はタコスを取り上げ一口食べた。ああもう!
翔馬の手が止まり、かじられたタコスが落ちる。
「……!!」
悶絶した翔馬が自分の席の水を取り上げて飲み干す。私が差し出した、私のコップの水も即座に飲み干した。
咲愛が店員さんに声をかけて水を足してもらっている。
「辛いソースかけたって言おうとしたのに!」
「ゴホッ……言っで、ない……!」
「言う前に食べたじゃない!」
自分が食べるつもりでソースをかけたのに、勝手に食べたのは翔馬だ。
牛乳の入っている飲み物をメニューから探す。カフェオレがあったので、それを注文して翔馬に渡した。
「ほら、辛いのがちょっとマシになるから飲んで。シロップも入れたから」
「……子どもじゃないし」
「なら子どもっぽいことしないで。はい飲む!」
そんな私たちの様子を見て、麻菜ちゃんはニヤニヤ、来見君は苦笑い、千賀屋君は目が三角になっていた。
「ひどい目にあった……」
「こっちのセリフよ。口の中は大丈夫?」
「大丈夫……」
「ふん。鈴白先輩、心配する必要ありませんよ。自業自得です」
「うるせーな」
よかった、もう元気そう。
「次はタバスコかけるからね。人のものを勝手に取らないこと。咲愛も、翔馬が勝手に取ったら怒っていいのよ?」
「うん。勝手に取ったら、次から翔馬君のおかずを減らすね」
厳罰。
咲愛の方が厳しい。
翔馬が「ごめん」と謝ったので、良しとしておこう。
予定通り波のプールに移動した。
奥の方は股下ぐらいの深さ。浅瀬は足首ぐらいの水位で、寄せては引く波。床は海の砂浜っぽく塗装されている。
「ざんぶぶ、ざぶーん、ざんぶっぶー」
不思議な歌を歌いながら麻菜ちゃんが浮き輪を抱えてプールに入っていく。
来見君が「おお、結構しっかり波あるじゃん」と続いてプールに入った。
咲愛が浅いところで浮き輪に乗ろうとして、何度も波打ち際に打ち上げられている。
翔馬が奥の方に引っ張ってあげようとして……咲愛ごと浮き輪がひっくり返った。
翔馬、その荒っぽい行動は直したほうがいいかも。
そしてやっぱり、私が横を見ると千賀屋君がいた。
私は波打ち際に座って足に波がかかる感覚を楽しんでいる。波が引いていくときの、少し引っ張られる感覚が面白い。
千賀屋君はその横に腰を下ろし、私と同じように足を伸ばしている。
遠くで遊ぶ4人をぼうっと眺めた。
横から視線を感じる。
「千賀屋君、皆と遊んで来てもいいのよ?」
「鈴白先輩以上に優先することがあるとでも?」
あります。
横を見ると、案の定千賀屋君は私をまっすぐ見ていた。
「私のこと心配してくれているのはありがたいけど、クラスメイトと仲を深めるチャンスでしょう」
「来見君はともかく雨坂……君は仲良くなれる気がしません」
でしょうね。
それは原作ゲームでも不倶戴天の敵だったから、納得するけど。
千賀屋君が少し恥ずかしそうに続けた。
「それに正直、親族以外とこのように遊ぶのは初めてで、勝手がわからないのです」
「そうなのね」
「はい」
私がさらりと流すと、千賀屋君は声が少し明るくなった。
深くは聞かないほうがよさそうだ。
「じゃあ今日は楽しめている?」
「はい! とても。とても、楽しんでいますよ」
千賀屋君は噛み締めるように言う。
そんなに楽しかったんだ、と言おうとしたら。
「……とうっ!」
翔馬が走ってきて、千賀屋君の横に勢いよく着水した。
あ、水が綺麗な弧を描いて千賀屋君の頭上まで……。
千賀屋君の姿が水しぶきで一瞬消えた。
「……」
ポタポタと滴る水滴。
千賀屋君が静かにびしょ濡れの髪をかきあげる。
「貴様っ何をする!」
立ち上がると一瞬で表情を変えて翔馬に食ってかかった。
「このっ!」
千賀屋君が蹴り上げた水が今度は翔馬へかかる。
「うわっ! ……やんのかてめー!」
翔馬、口悪い。
「何なに、オレも混ぜろー!」
騒ぎを聞きつけて来見君が参戦してきた。
「うちらも混ぜろー! さーちゃんこっち!」
テンション高い麻菜ちゃんも咲愛を連れてきた。
「ま、待って麻菜ちゃん! お、お姉ちゃん」
咲愛が私をチラチラ見ている。
皆まだ子どもねえ。
「レン姉油断したな!」
千賀屋君から逃げ回っている翔馬が、すれ違いざまに私にも手で水をすくってかけてくる。
「あっ! 何するのよ!」
「油断したほうが悪い!」
「貴様ー! 鈴白先輩にまで手を出したな!」
千賀屋君、その言葉は語弊があるわよ。
それはともかく。
「翔馬、待ちなさい!」
私も立ち上がり、翔馬へ一矢報いてやろうと参戦を決めた。
思った以上にはしゃいでしまった。
皆でクタクタになりながら、入り口近くの売店でジュースを買い、ひと心地つく。
時計は三時半。
帰り支度を始める時間だ。
帰り道、電車は混み始めていたが、ちょうど降車の人が多く並んで座れた。
数駅だから眠ることはないだろう。
……。
……静かね?
横を見ると、咲愛は舟を漕いで、眠気と戦っているようだ。
体をこちらにもたれさせると、安心したように寝始めた。
翔馬も咲愛にもたれて眠っている。
来見君は上を向いて口を空けて寝ていた。
麻菜ちゃんは体が大きく前後に揺れている。
千賀屋君まで俯いている。ゆっくりと左右に揺れている。これは寝てるわね。
まだ外は明るい。電車の揺れが体の怠さと合わさって心地よいリズムを刻んでいる。
窓の外がだんだんと地元の風景に変わっていく。
数駅先の最寄り駅まで、私は少し一人の時間を楽しんだ。
※プールでは走らないでください
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