24話 浮き輪とウォータースライダー
「浮き輪借りてきて交代で遊ぼう!」
と言う麻菜ちゃんのひと声で、浮き輪を三つ借りることにした。
「じゃあ誰が先使うかじゃんけんねー。じゃーんけーん……」
麻菜ちゃんが気合いを入れてじゃんけんのポーズをとった。
「女子が先に乗りなよ。オレら後でいい」
さらっと言う来見君。男子二人も頷いている。
「おおっ、るーみん男前! じゃあさーちゃん、レン先輩、使わせてもらいましょー!」
率先していく麻菜ちゃんの後ろをついて行く。
「あ……忘れてた」
立ち止まって、持っていた浮き輪を足元に置こうとすると、千賀屋君が「持ちますよ」と浮き輪を受け取ってくれた。
「ちょっとだけお願いできる? ごめんね」
そう言って私はラッシュガードのポケットから髪ゴムを取り出した。
髪をまとめて手早くポニーテールにしておく。
頭を軽く振って揺らす。……うん、落ちてこない。
鏡はないけど、まとめるだけならこれでいいだろう。
「これでよし。ありがとう、千賀屋君。………千賀屋君?」
浮き輪を受け取ろうと伸ばしたものの、浮き輪が返ってこない。
……?
千賀屋君の顔を見上げると真っ赤だ。
不思議そうに見ていたら、ハッと気づいた千賀屋君が浮き輪を返してくれる。
「す、すみません! どうぞ」
「ありがとう……?」
室内プールとはいえ、設定温度は高めだから、火照ったのかしら。
「レン先輩ー! ちがやーん! 早くー!」
呼ぶ麻菜ちゃんの声に二人、急ぎ足で向かった。
女子三人はそれぞれ浮き輪に乗って、流れるプールにぷかぷか浮いている。
立ち上がると腰くらいの高さなので、泳げなくても大丈夫そうだ。
途中には透明な板で空中を歩いている気分にさせてくれるゾーンもあって、結構長い。
「らくちーん!」
麻菜ちゃんがピンクの花柄の浮き輪の上で足を動かすので、その横を歩く来見君に、跳ね上げた水が全て命中している。
「沙月さん、水かかってるかかってる」
「あっ、ごめん」
「いくらオレが水も滴るいい男だからって、実演させてくれなくてもいいから」
「あっはっはっは。るーみんはいいやつだけど、それはない」
「ひでえ!」
来見君が濡れた髪をかき上げて笑ってる。
さすが来見君だ。原作で、人付き合いの苦手な翔馬と友達になっただけある。
まるで聖人。
麻菜ちゃんと来見君は二人とも声がよく通るので、話している内容が筒抜けだ。
咲愛には翔馬が付き添っている。
ちょっとした波になるたび、咲愛の水玉模様の浮き輪がぐらつく。
翔馬はさり気なくそれを傾きすぎないように調整してくれている。
気遣いができるようになっててお姉ちゃんは嬉しい。
と思ってたら、調整しきれなかったようで、咲愛がプールに落ちた。
思わず「ちょっと!」と声が出たけど、咲愛はすぐに立ち上がって翔馬と笑いあってる。
そのまま咲愛は、腕を伸ばして浮き輪をビート板のようにして進み始めた。
翔馬と何か話している。二人とも楽しそうだ。
私はというと、向日葵柄の浮き輪に乗っていい気分。
すぐ横に千賀屋君がいる。
「実は今日、従姉妹も誘おうと思っていたんです」
「あ、前に助かった子よね」
私は千賀屋君を見上げた。
千賀屋君と知り合う(私は知り合ったと気づいてなかったけど)きっかけの誘拐未遂の被害者だ。
ただ、私にとってはその後のパンツ事件の方が記憶に残っている。
ごめんね千賀屋君。
「ええ、でも受験を絶対に失敗したくないそうで、断られました」
私の内心をよそに千賀屋君が話を続ける。受験にかける気持ちはとてもよくわかる。私も二年前は燃えていた。
もっとも、私の場合はこの学園に入りたくなくて、だ。
「よほど難しい学校を受けるのね」
「鏡水学園ですよ」
「……うちの学園、そんなに難しい?」
「難関というわけではないんですが、絶対に鏡水学園に行きたいそうで」
「そうなの。うちの学園、そんなに力を入れてるものってあったかしら」
別にスポーツ強豪校というわけでもないし……。
言うと千賀屋君は驚いた顔をして私を見る。
「鈴白先輩がいるからですよ」
千賀屋君の従姉妹も私を目指して進学するんだ……。
本当に何で?
「先輩に自分でもお礼を言いたいと言っていました」
「お礼の手紙はあの時も貰ったわよ」
思い出すのは辛いだろうと思って、本人とは会っていない。
千賀屋君はあの時すぐお礼を持ってきてたし、千賀屋一族が律儀な家系なんだろうな。
「まあ僕が鈴白先輩の事を色々話すので、自分も入学したくなったようで」
なぜか少し得意げに話す千賀屋君。
うちの学園受験するの、私が原因じゃなくて、ほぼ千賀屋君のせいなんじゃない?
幼馴染のお兄ちゃんが、先輩の話をずっと聞かせて来るとか……。先輩に対していい印象持つかしら。
「ということで、入学したときには改めて紹介させてくださいね」
「そうね。是非紹介して」
ちょうど話が終わったところで、「浮き輪交代しまーす!」と麻菜ちゃんの声が聞こえてきた。
「ほらほらるーみん、乗る乗る」
「わっ、自分でやるって」
麻菜ちゃんが乗せてあげようとしている……らしいけど、勢い余ったらしく、水しぶきが上がった。
「ほらぁ! こうなるじゃんー」
そう言う来見君は笑顔だ。
「あはははは、ごめんごめん」
翔馬は咲愛から浮き輪を受け取って、器用に乗っている。咲愛に浮き輪を押されて流されていく。
……あ、咲愛が慌てて追いかけてる。思ったより勢いがあったらしい。
「はい、千賀屋君」
浮き輪を千賀屋君に渡そうとしたら、千賀屋君の眉が下がった。
「いえ、僕は結構です」
柄かしら。向日葵は可愛いけど、大人っぽい千賀屋君には抵抗があるかもしれない。
「でも順番だからね。大きい浮き輪だし、千賀屋君が乗っても大丈夫よ」
押し切って無理矢理乗せる。
千賀屋君はひと息ついたあと、横にいる私を見上げて変な顔をした。
慌てて立ち上がろうとして、そのままバランスを崩し、プールに沈んだ。
すぐ立ち上がったけど、慌てたせいで顔が真っ赤だ。
「ゲホッゲホッ……! や、やはり僕は結構です!」
「そう……? じゃあ使わせてもらうわね」
それにしても、なぜさっきから千賀屋君は頑なに私の方を見ないの。
私の方が得してるんだから、怒ってないのに。
流れるプールの終点まで来た。
ウォータースライダーはすぐ隣だ。
大人数で乗れるものと一人用がある。
「六人いけるから、皆で乗ろう!」
麻菜ちゃんが階段を上がっていった。
「大丈夫かな……」
咲愛が心配そうにしている。
「咲愛、一緒に待とうか?」
「お姉ちゃんは乗らないの?」
「どっちでもいいの」
咲愛を一人にさせたくないから、咲愛が乗らないなら一緒に待ってもいい。
「ううん……私、乗ってみたい。お姉ちゃんも行こう」
私の手を咲愛が引いて歩き出した。
皆でスライダーの待機列に並ぶ。
浮き輪に乗る順番は、麻菜ちゃん、咲愛、私、千賀屋君、来見君、翔馬だ。
円なので、翔馬の隣は麻菜ちゃんになる。
翔馬のほうが咲愛に何かあれば対応できるかと思って咲愛に聞いたら、「お姉ちゃんの隣がいい」なんて可愛い事を言うので、この並びになった。
翔馬と千賀屋君を隣同士にすると面倒だし。
「何で千賀屋がレン姉の横なんだよ」
翔馬がぶつぶつ言ってる。
二人並んでいたら喧嘩するからよ。
にこにこしてる来見君を見習って欲しい。
「ちょうど六人ですね、はい。注意事項をお伝えしますねー。このスライダーはかなり揺れます。浮き輪の取っ手をしーっかりつかんで終点まで離さないでくださいねー。終点に着いたら、次のお客様の為に、すぐにプールから上がってくださーい。では楽しんで行ってらっしゃーい!」
ひと息で説明してくれたスタッフが、私たちが取っ手をしっかり掴んだのを確認して、浮き輪を押し出した。
がくん、と大きく揺れて、浮き輪がスライダーに乗る。
滑りながら浮き輪自体も回転し、加速を始めた。
「きゃー!」「行け行けー!」
咲愛と麻菜ちゃんが叫んでいる。
こういう乗り物は叫んだ方が楽しいわよね。
私も「きゃー!」と叫び始める。
来見君も「わー!」とはしゃいでいる。
翔馬は黙っているけど、つなぎ目で驚いたりしているのが表情でわかる。
千賀屋君は……何で私を見てるの? 他に見る物あるでしょう。
スライダーのつなぎ目では、足ごと少し浮きそうになる。
円模様の塗装がぐるぐる流れていくから、今上下がどっちだっけ?という感覚を味わいながら滑り降りていく。
スライダーのチューブに吸い込まれるように進んで行き、最後に日差しが入ったと思ったらふわり、と無重力の浮遊感。
視界が大きくひらけてプールを見下ろしたような気分になった、と思ったら全員で浮き輪ごとプールに落ちた。
衝撃と同時に大きな水しぶきが上がる。
一瞬ひやりと感じる水中。
着たままのラッシュガードが纏わりつくのを振り切って、水面に顔を出す。
皆もすぐ立ち上がってプールから出ていく。
咲愛が頭を振って髪の雫を落とし、顔を手で拭っていた。
「咲愛、大丈夫?」
「大丈夫……。面白かったね! お姉ちゃん!」
満面の笑みで見上げてくる咲愛の頬は、興奮で染まって赤くなっていた。
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