22話 期末考査の結果発表
七月に入り、セミも盛大に鳴き始めた頃。
先週終了した期末考査の上位十名が、科目ごとに掲示された。
さっそく教室棟二階の掲示板を見に行ったものの……。
「恋華、何か変なものでも食べた?」
楓が珍しく見に来ていた。
「それ以上、言わないで……。食べてないし……」
「いや、あんたならやりそうだなって」
「なによう……」
返ってきた答案用紙を見て予想はしていたけど、英語だけが圏外。
「ちょっと……問題を勘違いしたり、sを抜かしたりしちゃって……」
その結果、英語だけ80点台。掲示された中に私の名前はもちろんない。
英語の先生からは叱責どころか、「体調が悪いなら無理しないように」と心配されてしまった。
……ちゃんと見直ししたのになあ……。
「夏の日差し以上に輝く人影が見えたと思ったら、鈴白先輩だったんですね。こんにちは」
「こんにちは、千賀屋君……」
当然のように上級生の教室棟にいる千賀屋君。
今の打ちひしがれている私には、驚く元気もない。
輝く人影って矛盾しているし、私、天照大御神じゃないから……。
「このしおれてる恋華を見て、千賀屋はよく輝いてるって言えるね」
「こんにちは、梢江先輩。鈴白が輝いているのは、太陽が東から昇るのと同じ、事実ですから」
「ああそう」
楓はいつも千賀屋君に塩対応だ。
「しかし、魅力は損なわれていませんが、先輩が憂いを含んだ顔をされるのは珍しいですね。どうかされましたか」
私の代わりに楓が答える。
「英語。見て」
言われた千賀屋君は、壁に掲示された上位者の表を笑顔のまま見て、その表情が固まった。そのまま油を差していない金具のようにギギギ、とこちらに顔を向けた。
「……鈴白先輩、僕の家が懇意にしている大学病院があります。よろしければ紹介しましょうか……?」
めちゃくちゃ心配してくれている。
「違うの、ただのミスなの……。恥ずかしいからもう言わないで……」
後輩にまで失敗を説明しているこの状況。消えてしまいたい……。
「……あ、いえその、すみません! 落ち込ませるつもりはなく! その……!」
慌てる千賀屋君は、「そうだ! 先輩!」とポケットから数枚の紙を取り出した。
「夏休み、もしご予定がなければこんなチケットがあるので行きませんか! ご迷惑でなければ!」
見せてくれたチケットは、リゾートプールの招待券だった。巨大なスライダーと水しぶき、白いタイル上に置かれたデッキチェアが写っている。
「わあ……ここ、去年出来たところでしょう?」
大人気だけど予約制で、入場数を調整して快適に過ごせるようになっているとか。
私の気持ちが上向いてきたのを見て、千賀屋君も穏やかに話しだした。
「グループからも出資しているので、券をいただきました。両親から自由に使っていいと言われているので」
「そうなの? 私は夏休みに予定ないけど……」
楓を見ると「ありがたいけど私はパス。家族旅行、結構長めに行くから」
「そっか……」
せっかく誘ってくれたけど……。
「あの、……鈴白さん、咲愛さんや沙月さん、……あ、雨坂、君、と来見君の分も、あります……!」
歯を食いしばって千賀屋君が言う。翔馬の名前だけ歯切れが悪い。
「そうなの!?」
「え、ええ……せっかく、ですから……。勉強会をしているメンバーを誘おうと思っていて……!」
すごく無理をしている。
でも普段から言い合いをしている翔馬まで誘ってくれるなんて。
千賀屋君のほうが大人だ。
「なら、是非! 皆で行けたら楽しいわね! 千賀屋君、誘ってくれてありがとう!」
さっきまで落ち込んでいた気持ちなんて吹き飛んでしまった。
笑顔を向けると、千賀屋君は一瞬息を呑んだあと、「鈴白先輩の笑顔が見られるなら、この程度のことは些細なことです」とにっこり笑った。
とは言うものの……。
失敗の恥ずかしさから、まっすぐ家に帰りにくくて、駅前の本屋で参考書を見たりして時間を潰してから帰宅した。
「ただいま……咲愛、もう帰ってたの?」
「おかえりなさい、お姉ちゃん。今日は冷しゃぶだよ。豚肉」
「やった! 翔馬は?」
リビングを見ると、テレビがついている。その前に置かれたソファの背の向こうから、手がにゅっと出てきた。ソファに寝転んでるらしい。
「いる。レン姉が遅いだけ」
「何よ。咲愛が作ってくれてるんだから手伝いなさいよ」
「俺、今日は洗濯担当」
ああ言えばこう言うんだから。
ちなみに我が家は翔馬が洗濯してくれるとき、母の配慮で、家族皆、下着は自分で洗うことになっている。
……私はよく忘れてしまうので、洗濯が終わったあとに、私の下着が洗濯機の外に放り出されている。ひどい。
この話をしたら翔馬は真っ赤になって黙ってしまったので、それ以来言わないようにしている。
「そういえば、期末考査の結果はどうだった?」
「現国、上がった」
「私はほとんど前と同じかな」
「二人とも頑張ってたもんね。翔馬は先生のおかげかしら」
「……レン姉は」
何か翔馬が言いかけたところで、「翔馬君、お姉ちゃん、ご飯だから手洗ってきて」と咲愛の声がかかった。
「はーい」と手を洗いに行く後ろで、咲愛が翔馬に何か話をしていた。
「んー! 美味しい!」
「お肉と野菜茹でただけだよ」
「美味しいから正義なの!」
私は断然ポン酢派。翔馬は胡麻だれ派で、咲愛はポン酢と胡麻だれを混ぜている。
一緒に入っている野菜もどんどん食べられる。
「ごちそうさまでした! じゃあ洗い物は私がするわね」
「うん、ありがとう」
お腹も落ち着いたところで、千賀屋君の話を切り出す。
「ね、ね、咲愛と翔馬も千賀屋君の話、聞いた? 去年できたリゾートプール」
「麻菜ちゃんが言ってた。来見君は来れそう?」
「あー。死んでも行くって言ってた。」
死んでも行くんだ。中間考査の後のカラオケには来れなかったからだろう。
後日、麻菜ちゃんと千賀屋君から同じタイミングで、終業式の次の土曜日にプールに行きましょうと連絡が入った。
その夜。
学校の準備をしていると咲愛が部屋にやってきた。
「お姉ちゃん、お願いがあるんだけど……」
「いいわよ。何したらいい?」
お願いなんて言われて私が断るわけないのに。
「今週の土曜日水着買いに行かない? お母さんに聞いたら、買ってもいいって」
「わかった。私はどうしようかな……」
水着、全然サイズ変わってないから……辛い。
「お母さんはお姉ちゃんの分も買っていいって言ってたよ」
「ありがとう。いいのが見つかったら買うことにするわね。まずは咲愛に一番似合うものを買いましょう」
翔馬はどうするのかしら。
でも咲愛の水着を選ぶのに翔馬を連れて行ったら……咲愛が困るだろうからやめておこう。
そして終業式。
ホームルームも終わり、開放感が学内に広がる。
早足で帰る生徒や、はしゃいで騒ぐ生徒も見える。
「さーちゃん、レン先輩、ついでにまっさん。プールの日までお達者で……!」
「麻菜ちゃん、数日後には会うわよ?」
「ついでって何だよ」
「鈴白先輩、次にお会いできる日を一日千秋の想いでお待ちしております」
「だから、数日後には会うわよ?」
「何言ってんだお前」
楽しい夏休みの始まりだ。




