21話 期末考査の勉強会
期末考査の時期が近づいてきた。
「また勉強会するの?」
帰宅途中、何気なく聞く。翔馬と咲愛が全く同じタイミングで顔を見合わせた。
「してもいいけど……なあ?」
「んー……お姉ちゃんが事前準備しすぎないなら、私は賛成」
「確かに。レン姉が無理しないなら俺もいい」
学生が勉強を制限される状況って何なの。
「じゃあまた翔馬のクラスで開催かしら」
そう言うと、翔馬が嫌そうな顔をした。
「あー……。沙月なら日程をうまくまとめられるだろうから、咲愛、沙月に聞いといて」
翔馬、千賀屋君に言うの嫌なんだろうな。
「翔馬君と千賀屋君、仲悪いもんね。麻菜ちゃんに聞いておくね」
「俺は別に……。あいつが突っかかってくるだけだって」
それは、どっちもどっちだと思うけどなあ。
翌日、麻菜ちゃんから「金曜日の放課後が皆そろうんで、先輩も是非きてください! よろしくお願いします!」とメッセージが飛んできた。
「あ、竜堂先生」
約束の金曜日の放課後。
一年生の教室棟に向かう途中の渡り廊下で竜堂先生とすれ違った。
「こんにちは、鈴白さん」
「こんにちは。この間は麻菜ちゃ……沙月さんをご指導いただいてありがとうございました」
「私の職務内のことだ。お礼を言われることではないよ」
「いえ、沙月さん、とても理解が進んだみたいでした」
影響がすぐに出てました。
「そうかな? なら良かった。考査が終わるまでは職員室への立ち入りは禁止だけれど、わからないことがあれば、いつでも聞きに来ていいと伝えてくれるかな」
「はい。喜ぶと思います。ありがとうございました」
「と、いうことがあってね、麻菜ちゃん」
一年一組の教室で机を寄せながら麻菜ちゃんに伝えた。
いつでも先生を頼っていいのよ。と言ったつもりだったんだけど。
「ぎゃーす! レン先輩、優しさで人を殴るタイプー!」
麻菜ちゃんのお気に召さなかったらしい。
「レン姉、最近俺もよく竜堂先生から授業中当てられるんだけど」
「あら、可愛がってもらってるのね」
「話聞いてる?授業中に、当てられてるんだって! 予習してないときに限って当てられるから、気が抜けねーの!」
翔馬にもいい習慣が出来たらしい。
先生、さすがです。
そして勉強会が始まった。
私は自分の持ってきた教科書を開く。
問題集は解き終わってしまったので、もう一度基礎からだ。
私の隣には千賀屋君。数学Aを聞きたいらしい。千賀屋君は中間考査でも他の科目がほぼ一位だったし、数学の成績を上げるほうがいいものね。
来見君も数学Aで困っているらしく、向かいの席に来た。翔馬はその隣で英語の教科書を出している。
「鈴白先輩、この公式の使い方ですが……」
質問をしてくれたものの、千賀屋君はさらさらと解いていく。
「これで合っていますか?」
ちらりと顔を見上げてくる。
「そうね。合ってるわよ」
解き方も迷った様子はないし、内容を理解できているようだ。
「ではここは、こちらの公式ですか?」
次の問題も、詰まるところはなく、解答を書いていく。
「そう。バッチリじゃない」
私、必要かしら。
「中間考査のときのように、ご迷惑をおかけするわけにはいきませんから」
当然ですと言わんばかりの、優等生な返事が返ってきた。
「あの時は私が勝手にやったことよ。気にしないで」
勉強会なんだし、質問されるのは構わない。
当たり前の返事を返したんだけど。
「……」
「……」
見つめ合う。
何、この沈黙。
千賀屋君は何か言いたいことがあるんだろうか。
「どうしたの? 疲れた?」
尋ねると、千賀屋君ははっとした顔で、首を振る。
「い、いいえ。なんでもありません。たとえ疲れていたとしても、先輩の前では疲れなど吹き飛びます」
あ、いつもの千賀屋君だ。なら大丈夫かしら。
順調な千賀屋君に対して、来見君は苦戦しているらしい。
「えー、あー……? わからねー」
ひとりごとを言いながら、百面相をしている。
シャーペンをいじったり、教科書を覗き込むようにしたり、天を仰いだりと忙しそうだ。
声をかけようかと口を開いたその時。
「あ……そうか。これ、だからか」
顰めていた顔が緩み、来見君の目が輝き出す。
「ってことは……やっぱそうだ!」
ノートに慌てて書きだしながら、教科書と見比べている。
「先輩! これ、こういうことっすよね!」
勢い良くノートを見せてくれる来見君。
目がキラキラしている。
「うん、そうよ、合ってる!」
理解したときの、繋がった!という感覚だ。
私にも覚えがあるから、よくわかる。
「じゃあ、じゃあこれも解け……る! いける!」
「すごい! その調子よ!」
流れるようにシャーペンが動きだした。
「うっし! 答えは……よし!」
満足そうな来見君。
私は思わず拍手してしまう。
口を出して邪魔しなくて良かった。
自分で解き方にたどり着いて、それが自信に繋がる感覚はたまらないものだ。
「鈴白先輩たちの話聞いてて、やっとわかったっす!」
「ううん、来見君が自分で答えを出したのよ」
微笑ましく見ていると、ふと視線を感じた。
千賀屋君が私を見ている。
「どうしたの、千賀屋君。どこかわからないところがある?」
「……いいえ」
その声は沈んで聞こえた。
「ねえ、お姉ちゃん、質問してもいい? ここって……」
咲愛の質問に答えている間も、千賀屋君は何か考え込んでいるようだった。
「あなた達、門が閉まる時間だよ。感心な心がけだが、そろそろ帰りなさい」
竜堂先生が見回りに来た。
「ぴゃー! 竜堂先生!」
麻菜ちゃんがプルプルし始める。先生はそれを見てふふ、と笑っただけで、「沙月さん、また月曜日にね」と言うと、他の教室の見回りに行ってしまった。
今日はお開きかな。
皆で片付けをする中、咲愛が何か千賀屋君と話していた。
千賀屋君がちらりとこちらを見て頷く。「ああ」とか「うん」とか言っているような。
「どうしたの二人とも。私のこと?」
「大したことじゃないよ」
その言葉で「大したことない」ってわけがないでしょう。後で絶対聞き出そう。
咲愛の言葉に千賀屋君も頷いた。
「鈴白先輩への理解が深まりました。今後はさらに精進します」
そう言う千賀屋君は、少しすっきりした顔をしていた。
咲愛は何を言ったんだろう。
「俺、来見の家寄ってから帰るから、先帰ってて」という翔馬と別れて、私と咲愛は帰り道を歩く。
「さっき千賀屋君に何か言ってたでしょう」
「うん」
「何言ったの。私の事でしょう? 教えて」
「あのね、千賀屋君はお姉ちゃんに褒められたかったんだよ」
ん?
「何の話?」
「今日の勉強会。千賀屋君はしっかり予習してきたでしょう? お姉ちゃんに褒められたかったんだと思う」
「すごいと思ってたわよ」
「でも、来見君が頑張ってたときの方が、お姉ちゃん、はしゃいでたから」
はしゃいで見えたんだ。恥ずかしい。
「だから、千賀屋君に『お姉ちゃんは、出来ることより、出来るようになることを一緒に喜んでくれるんだよ』って言ったの」
「そ、そうかしら」
私、そう見えるんだ……。
「うん。千賀屋君に言ったのはそれだけ」
そう言う咲愛は、ぽつりと
「そういうお姉ちゃんだから、私はお姉ちゃんが好きなの」
とつぶやいた。
「も、もう。……そんなに褒めても、今日のデザートくらいしかあげないわよ」
「くれるの?」
「あげるー!」
嬉しそうな咲愛と、楽しく帰宅した。




