魔法の粉は
【ワンオペタイム】
夕方は大忙し。
仕事終わりに子供たちのお迎えに。
晩御飯の買い物。
それに、帰ったら着替えさせて。
それから晩御飯の支度もある。
和馬さんが早い時は。
どれかを確実にやってくれるけど。
今日は遅くなる日だから、全部私の仕事。
晩御飯の支度の途中で。
ふと見ると子供たちが居ない。
その時、隣の部屋から叫び声。
「ママ、勇希が」
最初に聞こえたのは羽美の声。
「だって、お姉ちゃんが」
続けて聞こえたのは勇希の声。
一旦、火を止めて現場に直行。
「何これ」
現場は、床に落ちた化粧品やらメイク道具やら。
よく見ると、2人にも化粧品の跡が随所に。
何をしようとしたかはわかった。
でも、ちょっと目を離した隙に。
どうやったらこの大惨事が起きるか。
誰か説明して欲しい。
【バトンタッチ】
その時丁度玄関で物音。
「ただいま」
和馬さんの声。
いつもなら我先に飛び出す子供たちが動かない。
「どうした?」
部屋を覗いた和馬さん。
同じく惨状を見て、まばたきをひとつ。
「羽美、勇希。そこに座りなさい」
子供たちの目が私に助けを求めている。
ごめん。羽美、勇希。
ママは、晩御飯の支度をしたいんだ。
【本当に怖いのは】
夕食の用意の前に、お風呂が先か。
あの格好の子供たちでは。
ご飯を食べるにも支障が出る。
お風呂と食事の用意が済んだ頃に。
子供たちと和馬さん、一度部屋から出てきた。
まず、私のところにきたのは勇希。
折れた口紅を持っている。
「落書きに使ってごめんなさい」
そうだね。口紅で鏡に絵は描かないね。
「お姉ちゃんが。
顔に絵を描いていたから。
僕もやりたくなったの」
羽美が化粧道具を使っているのを見て。
真似したくなったと。
だから、手まで真っ赤なのね。
そして、先に勇希が来たのは。
被害が拡大する前に、お風呂ってことね。
仕方ない。お風呂に行きますか。
羽美の様子を見る限り。
まだごめんなさいを言う雰囲気ではない。
だから、私も声を掛けず勇希をお風呂へ。
その間に、2人は掃除道具を持って再び中へ。
勇希がお風呂から出て。
お白湯を飲んでいる頃。
次は羽美が私の所へ。
後ろの手に持っているのは。
アイシャドウの限定品ぽい。
「ママ。顔が腫れたらどうしよう。
大きなぶつぶつが出来るかも」
えっと。和馬さん、何の話をしたの?
【情報共有】
「まず、顔を洗おうか」
その前に大事なこと。
羽美の顔面お化けの状態では。
羽美の心配することにもなりかねない。
洗面台まで走っていった羽美。
案の定、鏡の前で悲鳴をあげている。
アイラインをそんなに濃く引いて。
チークもボカさず塗りたくって。
マスカラも乾かないまま瞬きしたら。
目指していたものとは真逆になる。
状況を予想するに。
お化粧したくなって、私の化粧品を使った。
途中で勇希が割り込んで、落書きをはじめた。
鏡を見ないまま続きをして。
最後に目当てのアイシャドウを使おうとしたところで。
その取り合いで揉めた。
おそらくそんなところ。
言い訳は、顔を洗った後に聞こう。
部屋から出てきた和馬さん。
「一応片付いたけど。
確認してくれる?」
袋に入った被害にあった化粧品たち。
幸い、ほとんど使い込んで。
新しく買おうと思っていたものばかり。
念のため、使えるか確認。
ダメだ。もう使えない。
「勇希が鏡に書いた以外は。
部屋は思ったほど汚れてなかった」
和馬さんの報告。
なるほど。化粧品を本人たちが使ったから。
他に被害が運良く出なかったと。
あとは、口紅が折れたのと。
アイライン、マスカラ、チークがダメになったくらい。
見た感じ、子供たちに怪我もない。
和馬さん私の耳元で、本人たちと話をした内容を簡単に。
ほぼ推測通り。
わかった。
「和馬さんは、勇希と先にご飯食べていて。
私は羽美と話をする」
さて、言い訳を聞いたところで。
何処を注意したら、彼女に伝わるんだろう。
【好きな人?】
「羽美、ママに何があったか教えてくれる?」
羽美の手にはアイシャドウのパレット。
限定品だから、他より華やかで可愛い。
どうやら、これがことの発端と和馬さんからも聞いた。
でも、羽美の口からちゃんと聞きたい。
「綺麗になる魔法の粉を使いたくて」
キラキラしたアイシャドウは。
魔法の粉に見えたのだろう。
「そうだね。それもその道具の一つだね」
羽美、パレットと私を交互に見た。
「お化粧したママ。
ものすごく綺麗だから。
羽美にも使えるかなって」
うん、羽美が真似をしたい気持ちはわかる。
わかるけど。
「でもね。パパは、その魔法は人によって違うって。
間違えると、取り返しのつかないことになるって」
羽美が私の胸に飛び込んできた。
「羽美ね。パパみたいなかっこいい人見つけたんだ」
待って。その話は聞いてないよ?
記憶を遡る。
保育園で起きたことなら、帰りに話をするはず。
居なくなるまで、大人しく2人でアニメを見ていた。
だから、私も油断していたんだけど。
まさか。
「ちなみに誰?」
羽美の耳元で聞く。
羽美も、私の耳元でコソコソ。
うん、やっぱりアニメに出るキャラ。
主人公じゃないけど。
ライバルキャラ。
絵本ではそこまで描写はない。
だから、アニメで気に入ったと。
理解はした。
「確かに、カッコいいね」
私の返事に羽美も頷く。
これは、和馬さんに羽美も言えないはずよ。
“子供なんてね。
一つ成長したと喜んでいたら。
いきなり全く違う方向に走り出す生き物”
仕事の先輩の言葉が頭でリフレインする。
「でもね、羽美。黙って人のものを使うのはダメ」
羽美の目が涙目になってる。
「人のものを使うと、パパの言う通りのことが起きることがあるの」
羽美が頷く。
その点はちゃんと反省したのね。
「それにね。悪いことをすると。
本当にごめんなさいだけで済まないこともあるから」
再び頷く羽美。
そこも理解したのね。
「好きになって貰いたかったら。
見た目だけ綺麗にしてもダメなの。
パパは、ママの見た目だけ好きだと思う?」
自分で言ってて少し恥ずかしいけど。
羽美に伝えるには、このくらいは言わないと。
羽美が首を振る。
手元にパレットが戻ってくる。
「ごめんなさい」
まったくもう。
でも、和馬さんに。
羽美の好きな人が、アニメのキャラってどう伝えよう。




