閉じた気持ち
【負けたくない】
「大丈夫?無理していない?」
帰りの車で、和馬さんに聞かれるけど。
出来ないだけで、やる気はある。
「顔を水につけるのが苦手で泳げない」
学校で、先生にも教えて貰ったけど無理だった。
「ビート板があっても溺れるの」
和馬さん、考えている様子。
「水中では、息が吸えないから」
何を当たり前のことを?
「顔は洗える?」
普通だよね?そう思いながら頷く。
「で、洗面器に顔つけるのは苦手だよね」
子供のころの宿題を思い出して頷く。
「息を止めたら苦しいし、目も開けられない」
プールだとゴーグルあればまだ出来るけど。
「息を止めるんじゃなくて。少しずつ吐くんだよ」
吐く?息を?どうやって?
「難しく考えたら出来ないよ」
和馬さんの手が頭に乗る。
目の前の信号は赤。
軽くぽんぽんされただけ。
「だって、負けたくない」
だから、思わず本音が出る。
「人魚姫、泳ぎ上手いから」
ちょっと子供っぽいかも知れない理由。
だけど私には大事な理由。
信号が青に変わる。
走り出す車。
「そもそも、僕は王子様って柄じゃない」
和馬さん、少し自虐的な言い方。
「だから、人魚姫にとっては対象外と思っていた」
思わず、和馬さんの顔を見る。
当然、運転しているから横顔しか見えない。
おまけに暗いから表情もわからない。
「でも、瀬戸花音なら。
必死で手を伸ばせば届きそうな気がして。
今足掻いているところ」
言葉だけ聞けば、妥協とも取れる言い方。
でも、言葉以外がそうじゃないって言っている。
それは、私がお試し期間とか言ったから。
だけど、あと一歩踏み込んでくれたら。
閉じ込められた私の気持ちも。
言葉に出来るかも知れない。
【言えない理由】
帰ってから、鈴からの通知。
『水着、どうする?』
思わず電話を掛ける。
「花音の言いたいことはわかった」
車の中の話を聞いた鈴の感想。
「だって、やり直し出来ない」
鈴たちみたいに、お付き合いが長ければいい。
でも、この年になると先を考えるから。
気楽にお付き合い出来ない。
「花音、それだけじゃないでしょ」
鈴の言葉にギクリとなる。
「あの時からだよね。
花音がお化粧もおしゃれも最低限になったの」
高校時代のトラウマは、鈴相手に誤魔化せない。
好きだと言われて、理由聞いたら可愛いから。
それだけ?と聞いたら、それ以外に無いと答えられて。
流石にごめんなさいしたら。
見た目だけ着飾ったブスとか言われて。
始まる以前の問題だった話。
「てかさ、殆ど知らない相手に勝手に告白しといて。
断ったらブスとかただの負け惜しみ」
鈴は何度もそう言ってくれる。
それは、友達フィルターが掛かっているから。
「あの後、それを知ったお兄ちゃんが。
花音に会うと可愛いって言うようになったの」
それも知っている。
でも、それは妹と同じ可愛いカテゴリ。
だから頑張るのを止めた。
もし、お付き合いする人が出来たら。
ありのままの自分を好きになって貰いたいと思った。
なのに、自分の気持ちはちぐはぐ。
「ずっと一緒に居ると、素の部分が出るよね?
その時に、違ったとか幻滅されたらと思うと」
鈴のため息。
「そんなの、最初の塩卵焼きで判るでしょうに」
鈴の正論が痛い。
「で、水着はどうする?」
鈴の問い。
「もちろん買いに行く。人魚姫には負けない」
それとこれは別です。
【ぬい活】
鈴との電話の後。
机の上の作りかけの人形を見る。
ふと高校の時作った人形を思い出す。
クローゼットの奥から目的のものを取り出す。
頭には、水泳帽。
目にはゴーグル。
Tシャツと水着。
首には布がマントのように巻かれている。
記憶では、バスタオルだった気がする。
当時覚えていた全て。
この子にはずいぶんと慰めて貰った。
そっと元の場所に戻す。
クローゼットを閉める。
それより、目の前の人形。
服装何にしようか悩んでいたけど。
今日の和馬さん、ギリギリまで仕事していたらしくて。
スーツ姿なんて初めて見たかも。
スーツ姿の人なんて、仕事でもたくさん会う。
話もするけど、ドキドキはしたことなかったなあ。
うん。この子はスーツがいいかも。
型紙作らなきゃ。
紙にフリーハンドで線を書く。
調整は作りながらする。
でも、和馬さんなら、定規やらメジャーやら使いそう。
私のやり方みたら、一体なんて言うんだろう。
その流れで私の人形作るとか言うかも。
そうしたらどうする?
人形を見る。
和馬さんなら、手元には置かずにくれそうよね。
並べても見劣りしないように。
などという妄想に取り憑かれた私。
…無駄にクオリティの高い作品になっていた。
夢を見たのはそのせい。
子供の頃に溺れる私。
助けてくれたゴーグルで顔のわからない男の子。
「人魚姫じゃなくて、普通の女の子で良かった」
とか言って慰めてくれたけど。
それでも泣き止まない私。
いきなり鼻を摘まれる。
「鼻を摘んだら泣き止むかなあと」
確かにびっくりして、涙は引っ込んだけど。
男の子の手の中にある鼻水どうするんだろ。
気になりすぎて、ずっと引っ付いて。
そこで目が覚めて。
クローゼットから人形を取り出す。
机の上の人形と並べる。
「似てる?」
人形じゃやっぱりわからない。




