表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒と白、分けられない者。善と悪の共存ー聖女の母と副団長の父に愛された子供たち、そして“魔王の生まれ変わり”が目覚めるまでの物語ー  作者: ココアバナナ
最終章 黒と白、分けられない者。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/54

第四十七話 「消えたくない」


 影が、床を這っていた。


 黒く。


 深く。


 まるで、夜そのものが部屋の中へ流れ込んできたみたいに。


「……やめて」


 声が震える。


 でも、影は止まらない。


 止まってくれない。


 ベッドの足元から、床へ。


 床から、壁へ。


 じわじわと広がっていく。


 生きているみたいに。


 意思を持っているみたいに。


 辺りに広がりつつも僕の中へ入り込もうとしてくる。


『本当は分かっていたのだろう?』


 頭の奥で、声が響いた。


 低く、重く、逃げ場を塞ぐように。


『これがお前だ』


「違う……」


 震える声で否定する。


『違わぬ』


 即座に否定される。


『お前は壊す者だ』


『愛されているなどという幻想に縋るな』


「ちが、う…… 幻想なんかじゃっ、ない!」


 言い返したはずなのに。


 その声は、情けないくらい弱かった。


 説得なんて、できていない。


 自分にすら届いていない。


 影が、壁に掛けられていた小さな飾りに絡みつく。


 ゆっくりと。


 確実に。


 ──ぱきん。


 乾いた音が、やけに大きく響いた。


「……っ!」


 壊れた。


 ノクスの抜けた羽でユリウスが作ってくれたガラス細工が…… 初めての友達からの、初めてのプレゼントが僕の目の前で砕けた。


 今のは。


 今のは──


「僕が……」


 喉が詰まる。


 息が苦しい。


「やだ……」


 ぽろ、と涙が落ちる。


「やだ……やだ……っ」


 影は止まらない。


 むしろ、強くなっていく。


 僕の恐怖を、餌にするみたいに。


『いいぞ』


『その恐怖だ』


『その絶望だ』


『もっと、もっともっと寄越せ』


「やめろ……っ」


 頭を押さえる。


 でも、止まらない。


 影が、僕の足に絡みつく。


 逃がさないとでも言うみたいに。


 冷たい。


 氷みたいに冷たいのに、焼けるみたいに痛い。


「あ……っ」


 思わず声が漏れる。


 動けない。


 足が、動かない。


 影がどんどん這い上がってくる。


 足首から。


 膝へ。


 腰へ。


 胸へ。


 ゆっくりと。


 でも確実に。


 僕を侵食していく。


『眠れ』


 声が言う。


『お前はもう、疲れただろう』


「……いや」


 首を振る。


『抗うな』


『我に委ねろ』


「いや……っ」


 視界が、揺れる。


 暗くなる。


 自分の手が遠い。


 声が遠い。


 身体の奥から、何かが剥がれていくみたいだった。


 僕が。


 僕じゃなくなる。


 それが、はっきりと分かる。


「……いやだ」


 小さな声。


 でも。


 確かに、自分の意思で言えた。


「僕、消えたくない」


 影が、ぴたりと止まった。


 空気が一瞬で変わる。


『……何?』


 声が、低くなる。


「消えたくない」


 涙が止まらない。


 怖い。


 怖くてたまらない。


 でも。


 それでも。


「父さんに、ただいまって言いたい」


「母さんに、おかえりって言ってほしい」


 胸が痛い。


 でも、僕はやめない。


「姉さんと一緒にお菓子もっといろんなお菓子を食べたい」


「兄さんにまだまだいろんなことを教えて欲しい」


「ユリウスと、また隣に座って本を読みたい」


「ノクスと、これからも一緒に遊びたい」


 ぽろぽろと、涙が溢れる。


 思い出が、溢れる。


 当たり前だった日常が。


 全部、全部、愛おしい。


「レオンおじちゃんに、まだ剣の稽古つけてもらってない」


「アイリーンさんのクッキーも、まだ食べたい」


 だから。


「消えたくない……!」


 叫んだ。


 初めて。


 自分のために。


「僕は、トールでいたい!!」


 その瞬間。


 影が、大きく震えた。


『……黙れ』


 低い声。


 今までで一番、近い。


『黙れ、黙れ、黙れ』


 影が暴れ出す。


 床が軋む。


 本棚が揺れる。


 本がばらばらと落ちる。


 窓ガラスがびりびりと震える。


 部屋が、壊れていく。


 まるで、僕の中と同じみたいに。


「トール!!」


 扉の向こうから声がした。


 兄さんだ。


 駄目。


 来ちゃ駄目。


「来ないで!!」


 叫んだ。


 でも、遅かった。


 バンッ、と扉が開く。


 兄さんが僕を見て目を見開いた。


「トール……!」


 その後ろから、姉さんも飛び込んでくる。


「何これ……っ」


 部屋の中は、もう原型を留めていなかった。


 黒い影が壁も床も覆っている。


 僕の身体にも絡みついている。


 闇そのものがここにあるみたいだった。


「来ないで……!」


 必死に言う。


「僕、止められない……!」


「馬鹿じゃないのっ!!?」


 姉さんが叫ぶ。


「こんな状態の弟を放っておけるわけないじゃない!!」


「メリア、待って!」


 兄さんが制止する。


 その瞬間。


 影が、姉さんへ向かって伸びた。


「っ!」


 兄さんが咄嗟に前に出る。


 光が弾けた。


 柔らかくて、でもしっかりとした光。


 兄さんの光魔法。


 守るための力。


 影とぶつかる。


 キィン、と嫌な音がした。


「くっ……!」


 でも、押し返せない。


 影が、光を削る。


 じわじわと。


 確実に。


「兄さん!!」


 僕の声に反応するみたいに、影がさらに膨らむ。


 駄目だ。


 僕が焦るほど、強くなる。


『見ろ』


 声が笑う。


『お前が呼べば、皆傷つく』


『愛など、破壊のトリガーでしかない』


「違う!!」


 叫ぶ。


 でも。


 影が兄さんの障壁を砕いていく。


 罅が入る。


 崩れる。


 姉さんが、剣を抜いた。


 手が震えている。


 それでも。


 僕から目を逸らさない。


「トール!」


 姉さんが叫ぶ。


「聞こえてるなら返事しなさい!」


「……姉、さん」


「よし! 私の声、届いてるわね!」


 泣きそうな顔で笑う。


「じゃあ大丈夫!」


「何が…… 大丈夫、なの……」


「知らない!」


 即答だった。


 いつもの姉さん。


 こんな時でも。


「でも、あんたが返事したなら、まだ大丈夫!」


 胸が痛い。


 苦しい。


 でも。


 暖かい。


 その全部が混ざって、影が揺れる。


『煩わしい』


 声がまた低くなる。


『ならば、壊す』


 影が一気に膨れ上がる。


 空気が、押し潰されるみたいに重くなる。


 床が軋む。


 窓が、耐えきれずに──


 パリンッ!!


 割れた。


 冷たい夜の風が吹き込んでくる。


「っ……!」


 姉さんと兄さんが吹き飛ばされる。


「やめろおおお!!」


 叫んだ。


 その瞬間。


 視界が、紅く染まった。


 何かが。


 内側から僕を掴んだ。


『ようやく』


 声が、耳元で笑う。


『この時が来た』


「……っ」


 身体が動かない。


 声も、出ない。


 黒い影が僕の胸元へ集まってくる。


 ぎゅっと。


 心臓を掴まれるみたいに。


 息ができない。


 意識が、沈む。


 深く。


 深く。


 真っ黒な水の底へ落ちていくみたいに。


 いやだ。


 消えたくない。


 僕は。


 僕は──


「トール!!」


 遠くで、兄さんが叫んでいる。


「トール!返事して!!」


 姉さんの声も聞こえる。


 でも。


 届かない。


 手が、伸ばせない。


 身体が、勝手に動く。


 ゆっくりと立ち上がる。


 僕の意思じゃない。


 僕の身体なのに。


 僕じゃない。


 視界が歪む。


 世界が遠い。


 口元が、勝手に吊り上がる。


「……ああ」


 声が出た。


 でも。


 それは僕じゃない。


「ようやく、侵食出来た」


 低く、満足そうな声。


 兄さんの顔が青ざめる。


 姉さんが強く剣を握りしめる。


「トール……?」


 違う。


 違うよ。


 姉さん。


 僕は、ここにいる。


 でも。


 声が出ない。


 届かない。


 暗闇の中に閉じ込められる。


 遠くで、自分の身体が動いている。


 誰かを傷つけるかもしれない。


 それが分かるのに。


 止められない。


 助けて。


 誰か。


 僕を。


 見つけて。


 暗闇の底で。


 僕は、声にならない声で叫んだ。


 ──消えたくない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ