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黒と白、分けられない者。善と悪の共存ー聖女の母と副団長の父に愛された子供たち、そして“魔王の生まれ変わり”が目覚めるまでの物語ー  作者: ココアバナナ
最終章 黒と白、分けられない者。

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第四十六話 「静かな罅」


 朝。


 目が覚めたとき、最初に感じたのは。


 ──ちゃんと、眠れたはずなのに。


 という違和感だった。


 身体は重くない。


 頭も痛くない。


 夢も、覚えていない。


 なのに。


 胸の奥に、ざらりとしたものが残っている。


「……」


 天井を見つめたまま、動けなかった。


 何かがおかしい。


 でも、それが何か分からない。


 分からないのに、確かに“ある”。


「……兄さん」


 小さく呼ぶ。


 すぐ隣で、兄さんが目を覚ました。


「ん……トール?」


「……ん」


「どうしたの?」


 少し迷ってから口を開く。


「なんか……変なんだ」


「変?」


「うまく言えないけど……」


 胸のあたりをぎゅっと掴む。


「ここが、変な感じがする」


 兄さんはすぐには何も言わなかった。


 ただ、じっと僕を見る。


 優しいのに、どこか鋭い視線。


「……そっか」


 やがて、静かに言った。


 そして。


 そっと僕の手に、自分の手を重ねる。


「大丈夫」


 ゆっくりと、言葉を選ぶみたいに。


「僕がいるから」


「……うん」


 頷く。


 それだけで、少しだけ楽になれた気がした。


 ──気がした、だけだった。



 朝食の席。


 みんな、いつも通りだった。


「トール!ちゃんと食べなさいよ!」


「メリア、押し付けすぎ」


「フレイは細かいのよ!」


「そういう問題じゃないと思うけど……」


 笑い声。


 いつものやり取り。


 変わらない日常。


「トール、これも食べる?」


 母さんが、皿を差し出してくる。


 ……なんだろう、これ。


 マグマみたいにぶくぶくしている黄土色でペースト状の何か。


 でも。


「……うん」


 頷いて、口に入れる。


「……」


「どう?特製マッシュポテト」


「ママ!?それマッシュポテトなの!?」


「あら、他の何に見えるの?メリアったら、もうっ!」


 母さんの優しい顔と姉さんの驚愕の声、これもいつも通り。


「……おいしい」


 少しだけ、間ができてしまった。


 自分でも分かった。


 でも、母さんは満足そうに笑う。


 父さんは何も言わない。


 ただ。


 一瞬だけ。


 じっと、僕を見ていた。


 その視線が、少しだけ怖かった。



 昼。


 庭に出た。


 風が気持ちいい。


 空もどこまでも広くて青い。


 何も変わらない。


 何も、おかしくない。


 はずなのに。


「……っ」


 僕の足元の影が、ゆらりと揺れた。


 一瞬だった。


 本当に、一瞬。


「……今の」


 目を凝らす。


 でも、何もない。


 ただの影。


 ただの暗い形。


「……気のせい、だよね」


 小さく呟く。


 そうじゃないと、困る。


 そうじゃないと。


 ──怖い。



 廊下の角。


 兄さんがこっちを見ていた。


 今まで気づかなかった。


 ずっと、見られてたんだろうか。


「……兄さん?」


 声をかけると、兄さんは少しだけ笑った。


「なんでもないよ」


 そう言って、近づいてくる。


 兄さんの手が、頭に触れる。


 優しい手。


「大丈夫」


 また、その言葉。


「……うん」


 頷く。


 でも。


 本当に?



 夜。


 中々寝付けなくてベッドの上に膝を抱えて座る。


 昼の違和感が消えない。


 それどころか。


 じわじわと、広がっている気がする。


「……っ」


 胸を押さえる。


 息が少し苦しい。


 鼓動がうるさい。


 その時。


 カーテンの隙間から差し込む月明かりで照らされている僕の影が、ゆらりと揺れた。


 今度は、はっきりと。


「……!」


 息が止まる。


 影が、動いた。


 ほんの少しだけ。


 でも、確かに。


『……まだだ』


 頭の奥で、声がした。


 低く。


 静かに。


『まだ、絶望も恐怖も足りぬ』


「……やめて」


 小さく呟く。


 でも、止まらない。


『愛など、脆い』


『いずれ、崩れる』


 ぞくり、と背筋が震える。


「ちがう……」


 否定する。


 でも、弱い。


 昼のことが頭をよぎる。


 兄さんの手。


 母さんの笑顔。


 みんなの声。


 ──本当にそんなにも脆いものなの?


『……試してみるか?』


 その一声で。


 空気が、ガラリと変わった。


「……っ!」


 影が、ゆっくりと広がる。


 ベッドから床を這うように。


 じわじわと。


 静かに。


 まるで。


 何かを確かめるみたいに。


 動けない。


 目を逸らせない。


 ただ、見ていることしかできない。


『お前が壊れるか』


 声が、頭の中で低く響く。


『──それとも、周りが壊れるか』


「……やめて……!」


 声が震える。


 でも。


 影は止まらない。


 胸の奥で。


 何かが、軋む。


 小さな(ひび)が。


 静かに、広がっていくみたいに。


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