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黒と白、分けられない者。善と悪の共存ー聖女の母と副団長の父に愛された子供たち、そして“魔王の生まれ変わり”が目覚めるまでの物語ー  作者: ココアバナナ
最終章 黒と白、分けられない者。

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第四十五話 「背負わせない覚悟」


 ──その後。


 アークライト邸は、久しぶりに穏やかな空気に包まれていた。


 トールは自室で眠っている。


 メリアもフレイも、少し疲れたように早めに部屋へ戻っていった。


 ようやく、ひとつの山を越えた。


 ──そう、思いたかった。



 王都の外れ。


 王立図書館。


 その奥。


 限られた者しか立ち入ることを許されない、禁書領域。


 重厚な扉の前に、四つの影が並んでいた。


 ミレイユ。


 アイリーン。


 レオン。


 そして俺、ルシアン。


 それぞれが身分証となる魔力紋を扉にかざす。


 淡い光が重なり合い──


 ギィ、と音を立てて扉が開いた。


 中は静寂そのものだった。


 外界と切り離されたような空間。


 古びた書物が無数に並んでいる。


 魔力の気配が濃い。


「……ここなら、間違いないわね」


 アイリーンが低く呟いた。


「魂干渉、封印術、古代聖魔法……この辺りなら何かあるはずよ」


「あるといいがな」


 レオンが腕を組む。


「“あるはず”じゃ困るのよ」


 ミレイユが静かに言った。


「必ず“見つける”の」


 その声に全員が頷いた。



 それから。


 どれくらいの時間が経ったのか。


 誰も言葉を発しなかった。


 ただ、ひたすらに本を読み漁る。


 ページをめくる音だけが、静かに響く。


 やがて。


「……あった」


 ぽつり、と。


 アイリーンが呟いた。


 三人が一斉に顔を上げる。


「“魂分離術式”……」


 ページに指を走らせながら、ゆっくりと読み上げる。


「対象の魂に混在する異質な存在を、強制的に切り離し、外部へ固定化する……」


「……それだ」


 ルシアンが低く言う。


「トールの魂の“魔王”だけを……」


「ええ」


 アイリーンが頷く。


「理論上は可能」


 その言葉に。


 ほんの僅かに空気が緩んだ。


 だが。


「──ただし」


 その一言で、全てが止まる。


 静寂。


 重い沈黙。


「……続けて」


 ミレイユの声は静かだった。


「術者は、対象の魂へ直接干渉する必要がある」


「つまり……」


 レオンが眉を寄せる。


「精神じゃなく、“魂そのもの”に触れるってことか」


「ええ」


 アイリーンは一度だけ目を閉じた。


 そして。


「……失敗すれば、対象の魂は完全に侵食される」


「……トールが」


 ルシアンの声が、かすかに揺れた。


「それだけじゃない」


 アイリーンはゆっくりと続ける。


「術者も、同時に引きずり込まれる可能性がある」


「……っ」


 空気が、凍る。


「魂ごと取り込まれれば、肉体はただの器になるわ」


 誰も、言葉を発せなかった。


 ただ。


 その意味だけは、全員が理解していた。


 ──死。


 それも、消失するような死。


「……他に方法は」


 震える声を絞り出すように言う。


「ないのか?」


 沈黙。


 アイリーンはゆっくりと首を横に振った。


「……ない」


 その一言が、重く落ちる。


 そして。


「それでいいわ」


 間を置かずにミレイユが言った。


「ミレイユ!」


 思わず声を荒げる。


「そんなもの、認められるか!」


「他に方法はないのでしょう?」


「だからって!」


 初めてだった。


 ここまで感情を露わにするのは。


「お前を危険に晒してまで……!」


「私はどんな危険だって受けて立つわよ」


 迷いなく、言い放った。


 その一言に。


 言葉が、止まる。


「トールを救うためなら」


 ミレイユの瞳は真っ直ぐだった。


「何だってするわ」


 静かで。


 でも、揺るぎのない声。


 聖女としてではなく。


 母親としての声だった。


「……っ」


 拳を握る。


 言いたいことは、山ほどあった。


 止めたい。


 叫びたい。


 それでも。


 その瞳を見てしまったら…… トールを救う為なら……


 ──止められない。


「……絶対に失敗するなよ」


 低く、吐き出す。


 それが精一杯だった。


 ミレイユは少しだけ微笑んで頷いた。


「ええ」


 その時。


「……で、だ」


 レオンが口を開いた。


「その話、子どもたちにはどうする」


 空気が、変わる。


 ミレイユは迷わなかった。


「話さないわ」


「……いいのか?」


「ええ」


 静かに頷く。


「あの子たちには、背負わせない」


 その言葉に目を伏せる。


 そして、小さく息を吐いた。


「……そうだな」


 低く、同意する。


「もう、十分背負ってる」


 フレイの優しい顔が、浮かんだ。


 メリアの満面の笑顔が、浮かんだ。


 そして。


 トールの泣きそうな顔が。


「俺たちだけでいい。これは、俺たちが背負う」


「……決まりね」


 アイリーンが静かに頷いた。


 誰も、異論はなかった。


 それは。


 四人だけの、暗黙の約束。


 誰にも言わない。


 誰にも背負わせない。


 ただ。


 あの子を、救うためだけの。


 ──覚悟だった。



 同じ頃。


 アークライト邸の一室。


 フレイは窓の外を見ていた。


 月が静かに輝いている。


「……」


 胸の奥がざわつく。


 理由は分からない。


 でも。


 何かが、おかしい。


 父さんも母さんも。


 どこか、張り詰めている。


 メリアは明るく振る舞っているけど。


 その裏で、少しだけ震えていた。


「……兄さん?」


 背後から、小さな声。


 振り返ると、トールが立っていた。


「起きてたの?」


「……うん」


 少しだけ笑ってみせる。


「眠れない?」


 トールはこくりと頷く。


 ゆっくりと歩み寄り、その頭を撫でた。


「大丈夫」


 優しい声で、そう言う。


「僕がいるから」


 それが。


 今、自分にできることだった。


 全部は分からない。


 でも。


 守ると決めたから。


 ──離さないと、決めたから。


 トールの部屋に行き、ベッドの縁に座った。


 夜は、まだ静かに続いていた。


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