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黒と白、分けられない者。善と悪の共存ー聖女の母と副団長の父に愛された子供たち、そして“魔王の生まれ変わり”が目覚めるまでの物語ー  作者: ココアバナナ
最終章 黒と白、分けられない者。

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第四十三話 「僕は、愛されてるんだ」


 夜の空気は冷たかった。


 屋敷を抜け出して。


 庭の植込みの中を通って。


 誰にも見つからないように、静かに、静かに歩く。


 心臓がうるさい。


 怖い。


 でも、行かなきゃ。


 僕がいなくなれば。


 きっと、みんなはもう傷つかない。


 父さんも。


 母さんも。


 姉さんも、兄さんも。


 もう、苦しまなくて済む。


 門を抜ける。


 あと少し。


 あと少しであの日常とは…… 本当に──


「どこへ行く」


 低い声だった。


「っ……!」


 びくり、と肩が跳ねる。


 門の外。


 屋敷の外壁に腕を組んで寄りかかるようにして、レオンおじちゃんが立っていた。


 月明かりに照らされた横顔は、いつもよりずっと険しい。


 いつもの、少し抜けていて、豪快で、ノクスの話を聞いて笑ってくれるおじちゃんじゃない。


 騎士団長の顔だった。


「……レオン、おじちゃん」


「質問に答えろ」


 低い声。


 静かなのに、逃げられない。


「どこへ行く」


「……っ」


 答えられない。


 言ったら、止められる。


 でも。


 言わなくても、きっと全部分かってる。


「僕、は……」


 喉が痛い。


 苦しい。


「……僕がいたら、みんなを傷つけるから」


 やっと、それだけ言った。


「だから、いなくならなきゃって……」


 沈黙。


 レオンおじちゃんは、何も言わない。


 怒るかと思った。


 馬鹿だって言われるかと思った。


 でも。


「ルシアンも言っていたが…… 勝手にいなくなって、誰が喜ぶ? 」


 静かな声だった。


「……え」


「お前を愛する家族も、アイリーンも」


 そこで一度、言葉を切る。


 そして。


「……俺も、そんなことは望んではいない」


 息が、止まった。


 レオンおじちゃんが。


 僕にそんなことを言うなんて。


「でも……っ」


「でももだってもない」


 強い声。


 父さんとも違う。


 兄さんとも違う。


 もっと不器用で。


 でも、真っ直ぐな声。


「お前、自分がいなくなれば全部解決すると思ってるんだろう」


「……っ」


「馬鹿者が」


 レオンおじちゃんがゆっくりと壁から背を離す。


 一歩。


 また一歩。


 僕の方へ歩いてくる。


「お前がいなくなったら、皆もっと苦しむ」


「母親を泣かせて」


「父親を壊して」


「姉と兄に、“止められなかった”と一生後悔させて」


「それがお前の望むことなのか」


「っ、ちが……」


「違うなら」


 レオンおじちゃんが僕の目の前で止まる。


 大きな手がぐしゃりと僕の頭を撫でた。


 無骨で、少し乱暴で。


 でも。


 優しい手だった。


「勝手に一人で決めるな」


 涙が出そうになる。


「……でも、僕」


「怖いんだろう」


「……っ」


「皆を傷つけるのが」


 こくりと。


 小さく頷く。


「……怖い」


「うん」


 レオンおじちゃんは否定しなかった。


「俺だって怖い」


「……え?」


「お前がどこかへ行ってしまうことが。そして、お前が苦しんでいるのに何もしてやれないことが、こんなにも歯痒い」


 レオンおじちゃんが眉を寄せる。


 胸がぎゅっと痛くなる。


「俺はな」


 低い声。


 でも、少しだけ震えていた。


「お前が、学院からの帰りに騎士団へ寄るたびにノクスの話をしていたのを覚えてる」


「……え?」


「“今日は肩に乗ってくれた”とか、“手から餌を食べてくれた”とか」


 レオンおじちゃんが、少しだけ笑う。


「“ユリウスがノクスって名前をつけてくれた”って、すごく嬉しそうだった」


「……っ」


 胸が、ぎゅっと痛くなる。


 そうだ。


 ノクスは誰にも懐かなかった。


 先生にも。


 上級生にも。


 でも。


 初めて会った日から、僕の肩に止まってくれた。


 僕を、怖がらなかった。


「月羽鳥は、人の本質を見る魔鳥だ」


 レオンおじちゃんの声が、静かに響く。


「そんなノクスが、自分からお前のそばにいた」


「なら、お前がどんな奴かなんてもう答えは出てるだろう」


 ぽろぽろと。


 涙が落ちた。


「……でも」


「それに」


 レオンおじちゃんはふっと口元を緩める。


「俺とルシアンは、職権乱用してでも王立騎士団総力を上げてお前を探し出し、必ず連れ戻すぞ」


「……え?」


「どこに逃げても無駄だ」


「森でも山でも他国でも、絶対に見つける」


「だから、諦めろ」


 無茶苦茶だった。


 でも。


 おかしくて。


 優しくて。


「……っ、ふ……」


 笑ってしまう。


 泣きながら。


「そうだ」


 レオンおじちゃんも笑った。


「お前は、一人で消えようとするには愛されすぎてる」


 その時。


 頭の奥で、あの声が小さく笑った。


 ──愛されている?


 ──そんなもの、幻想だ。


 ぞくりと背筋が凍える。


 足元の影が、ゆらりと揺れた。


「……っ!」


 レオンおじちゃんの表情が変わる。


「トール」


 低い声。


「こっちに来い」


「でも……!」


「いいから!」


 その瞬間。


 ぐにゃり、と。


 黒い影が、足元から伸びた。


 真っ直ぐ。


 レオンおじちゃんの元へ。


 駄目だ。


 傷つけちゃうっ……


「逃げてっ!!」


 咄嗟に叫んだ。


 でも。


 レオンおじちゃんは、逃げなかった。


 伸びてきた黒い影を剣で叩き落とす。


 ガンッ!! と鈍い音が響いた。


「な……」


「舐めるな」


 レオンおじちゃんが、剣を構える。


 月明かりの下。


 大きな背中が僕の前に立った。


「俺は、王立騎士団長だ」


「お前を守ると決めたからには」


「こんなものに、絶対負けん」


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