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黒と白、分けられない者。善と悪の共存ー聖女の母と副団長の父に愛された子供たち、そして“魔王の生まれ変わり”が目覚めるまでの物語ー  作者: ココアバナナ
第四章 崩壊の兆し

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第三十五話 「僕じゃない」


 二階から、何かが割れる音がした。


 甲高い音。


 ガラスだ。


「トール!」


 気づけば叫んでいた。


 俺は立ち上がる。


 ミレイユも、アイリーンも、同時だった。


 階段を駆け上がる。


 嫌な予感しかしない。


 廊下の先。


 トールの部屋の扉が、半分だけ開いていた。


 中から冷たい風が吹いてくる。


「トール!」


 勢いよく扉を開ける。


 窓が割れていた。


 月明かりと夜風が部屋の中に流れ込んでいる。


 床には、砕けた花瓶。


 散らばった本。


 カーテンが、ばさばさと揺れていた。


 そして。


 部屋の真ん中で。


 トールが立っていた。


「……トール」


 呼んでも返事はない。


 俯いている。


 黒い前髪が、トールの顔を隠していた。


「トール?」


 ミレイユが一歩前に出る。


 その瞬間。


 ぶわり、と。


 空気が歪んだ。


「っ!」


 思わずトールの前に出る。


 ぞくり、とした。


 何かがいる。


 いや。


 “何か”じゃない。


 トールだ。


 目の前にいるのは、確かにトール。


 なのに。


 まるで、知らないものを見ているみたいだった。


「……父さん」


 ぽつり、と。


 トールが呟く。


 ゆっくりと顔を上げる。


 その瞳は。


 紅かった。


「……っ」


 ミレイユが息を呑む音が静かに部屋に溶けた。


 違う。


 いつもの黒じゃない。


 血のような紅。


 怒っているわけじゃない。


 泣いているわけでもない。


 ただ。


 ひどく、苦しそうだった。


「トール、大丈夫だ」


 そっと声をかける。


「父さんがいる」


「……ちがう」


 小さな声。


 トールの手が震えていた。


「僕、じゃない」


 トールの足元の影が、ゆらりと揺れた。


 まるで。


 トールとは別に、生きているみたいに。


「トール」


 ミレイユがトールの名前を呼ぶ。


 震える声。


 でも、底無しに優しい声。


「大丈夫。貴方は、トールよ」


「ちがう……!」


 初めて。


 トールが叫んだ。


「ちがう、んだよ……!」


 その瞬間。


 窓ガラスの破片が宙に浮いた。


「っ!?」


 アイリーンが咄嗟に魔法陣を展開する。


 破片が空中で止まった。


 だが。


 それだけじゃない。


 本棚の本が、揺れる。


 机が、軋む。


 部屋中の影が。


 ゆらゆらと、笑うみたいに揺れていた。


「ルシアン!」


「分かってる!」


 トールを刺激しちゃ駄目だ。


 分かってる。


 でも。


 どうすればいい。


「……僕、変だから」


 トールが、ぽつりと呟く。


「みんな、そう言う」


「違う!」


 叫んだのは、ミレイユだった。


「違うわ!」


 次の瞬間。


 ミレイユがトールを抱きしめた。


「母さん……!?」


「貴方は、変なんかじゃない!」


 ぎゅっと。


 壊れそうなくらい、強く。


「貴方は、私の息子よ!」


「優しくて、寂しがり屋で、泣き虫で」


「ルシアンと私の、大切で大切で愛おしくて仕方がない大事な子!」


「……っ」


 トールの瞳が揺れた。


 紅が。


 黒に戻りかける。


 でも。


 その奥で。


 何かが、嫌そうに……抵抗するように蠢いた。


「……いや」


 トールが震えてる。


「母さん、だめ」


「何が駄目なの」


「……僕」


 声も震えていた。


「母さんたちを……傷つける」


 その瞬間。


 影が、大きく揺れた。


 ミレイユの足元に。


 黒い手みたいなものが伸びる。


「ミレイユ!」


 咄嗟に引き寄せる。


 黒い影は空を切った。


 アイリーンの魔法が部屋中に広がる。


 淡い紫の光。


 ぱちん、と。


 何かが弾けた。


 影が一瞬だけ、悲鳴みたいに歪む。


「……まだよ」


 アイリーンが、低く呟く。


「まだ、出てくるには早い」


 その声に。


 影が、ぴたりと止まった。


 そして。


 トールの体が、ふらりと揺れる。


「トール!」


 慌てて抱き止める。


 軽い。


 信じられないくらい、軽かった。


 腕の中で、トールがうっすらと目を開ける。


 黒い瞳。


 もう、紅くはない。


「……父さん」


 掠れた声。


「僕……」


「大丈夫だ」


 強く、抱きしめる。


「大丈夫だ、トール」


「……こわい」


 小さな声だった。


 幼い頃みたいな。


 今にも泣き出しそうな声。


「……うん」


 ミレイユがそっとトールの頭を撫でる。


「怖かったわね」


「でも、大丈夫」


「貴方は、独りじゃない」


 トールがぎゅっと俺の服を掴む。


 その震えを感じながら。


 俺は、トールの向こうを見る。


 部屋の隅。


 月の光が届かない場所。


 そこに落ちた影だけが。


 まだ。


 笑っていた。


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