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黒と白、分けられない者。善と悪の共存ー聖女の母と副団長の父に愛された子供たち、そして“魔王の生まれ変わり”が目覚めるまでの物語ー  作者: ココアバナナ
第四章 崩壊の兆し

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第三十一話 「優しい子ほど、壊れる」


 その日の放課後。


 生徒会室は、ひどく静かだった。


 いつもなら。


 メリアが机を叩いて騒いで。


 僕が宥めて。


 トールが隅で本を読んでいて。


 たまにユリウスが「会長、静かに」と冷静に言って。


 ……そんな、いつもの空気があったのに。


 今日は、違う。


「……」


 メリアが、机に突っ伏している。


 珍しい。


 いや、初めてかもしれない。


 あのメリアが、何も言わないなんて。


「……会長」


 ユリウスが静かに呼ぶ。


「…………なによ」


「机が可哀想です」


「今そんなことどうでもいいでしょ……」


 ぐったりとした声。


 でも、少しだけ。


 少しだけいつもの調子に戻った気がした。


 ユリウスは、ふっと小さく息を吐く。


 それから。


「副会長」


「え?」


「先ほどの紙を」


 僕は、ぎゅっと握ったままだった紙を見た。


 黒い紙片。


『お前は、みんなと違う』


 たった一行。


 たったそれだけなのに。


 胸の奥が、まだ冷たい。


 机の上に置く。


 ユリウスはそれを見て、少しだけ眉を寄せた。


「……やはり」


「知ってるの?」


 メリアが勢いよく顔を上げる。


 ユリウスは少しだけ黙った。


 その横顔は迷っているみたいだった。


「……最近、毎日トールの机に入っていました」


「……っ」


「最初は、一枚だけでした」


 静かな声。


「“気味が悪い”」


「“黒い”」


「“目を合わせるな”」


 一つずつ、言葉が落ちる。


 嫌な音がした。


 心が、削られるみたいな。


「なに、それ……」


 メリアの声が震えてる。


「なんで……!」


「トールは、何も言いませんでした」


 ユリウスは続ける。


「気づいていない振りをしていました」


「そんなの……」


「優しいからです」


 その言葉に。


 僕は顔を上げた。


 ユリウスは真っ直ぐこちらを見ていた。


「トールは、誰より優しい」


「だから、自分が我慢すればいいと思っている」


「自分が黙っていれば、何も起きないと思っている」


 違う。


 そんなの、違う。


 悪いのはトールじゃない。


 なのに。


 どうして、トールばかり。


「……優しい子ほど」


 ユリウスが小さく呟く。


「壊れるんです」


 その一言に。


 生徒会室の空気が止まった気がした。


「……壊れる、って」


 僕の声は自分でも分かるくらい震えていた。


 ユリウスは答えない。


 ただ。


 窓の外を見た。


 夕暮れ。


 茜色の空。


 その向こうに。


 校舎の屋上が見える。


 そこに、小さな影があった。


「……トール」


 気づけば立ち上がっていた。


「副会長」


 ユリウスが静かに僕を呼んだ。


 でも。


 今度は止まれなかった。


 生徒会室を飛び出す。


 階段を駆け上がる。


 風が強い。


 屋上の扉を開ける。


 そこに。


 トールはいた。


 一人で。


 柵の前に立って、空を見ていた。


「……トール」


 トールがゆっくり振り返る。


「あ」


 少しだけ、困ったみたいに笑った。


「兄さん」


「……何してるの」


「別に」


 また、それだ。


 何もない。


 別に。


 大丈夫。


 最近のトールはそんなことばかり言う。


「……嘘」


 気づけば、口をついて出ていた言葉。


 トールが目を丸くする。


「兄さん?」


「嘘だよ」


 声が震える。


「何もないわけない」


「……」


「なんで言ってくれないの」


 トールは黙っていた。


 風が吹く。


 黒い髪が揺れる。


 細い肩。


 昔よりずっと背が伸びた。


 でも。


 僕にはまだ。


 小さい頃のままに見える。


 僕の後ろをついて歩いて。


「にーに」


 って呼んで。


 眠れない日は僕の部屋に来て。


 そういう、弟のまま。


「……兄さんに」


 ぽつり、と。


 トールが呟いた。


「言ったら」


 黒い瞳が揺れる。


「兄さんが……困るから」


「困らない」


「困るよ」


 初めて。


 トールが少し強い声を出した。


「だって、兄さん優しいから」


「僕のこと、守ろうとする」


「……当たり前だよ!」


 叫ぶ。


 風の中に、声が消える。


「弟なんだから!」


「僕の、大事な弟なんだから!」


 トールが、息を止める。


 その顔が。


 一瞬だけ。


 泣きそうに見えた。


「……でも」


 小さく。


 本当に小さく。


「僕、変だから」


 世界が、止まった。


「違うよ!」


「……違わない」


 トールは、笑った。


 ひどく。


 寂しそうに。


「みんな、知ってる」


「僕が、おかしいって」


「違う……!」


「今日も、聞こえた」


 僕の言葉を遮る。


「“黒くて気味悪い”って」


「“アークライト家じゃなかったら、とっくに追い出されてる”って」


 やめて。


 そんなの、聞きたくない。


 そんな言葉をトールに言わせたくない。


「……僕ね」


 トールは空を見上げた。


「ちょっとだけ」


 風が吹く。


「ちょっとだけ、本当にそうなのかなって思っちゃった」


「……っ」


「僕、みんなと違うから」


 その瞬間。


 ぶわり、と。


 空気が揺れた。


 ぞくりと背筋が冷える。


 トールの足元。


 影が、揺れていた。


 ありえない。


 夕陽は後ろから差しているのに。


 影だけが。


 まるで、生きているみたいに。


「……トール」


 声が震える。


 トール自身は気づいてない。


 ただ。


 寂しそうに、笑っている。


「……ごめん、兄さん」


 その瞳の奥で。


 一瞬だけ。


 紅が、揺れた。


 僕は、反射的にトールの腕を掴んだ。


「違う」


 強く。


 離さないように。


「トールは変なんかじゃない」


「みんなと違ってもいい」


「僕は、トールが好きだよ」


「父さんも、母さんも、メリアも」


「ユリウスも、ノクスも」


「みんな、トールが好きなんだよ!」


 トールが目を見開く。


 その瞬間。


 揺れていた影が、ぴたりと止まった。


 風も。


 時折紅く光る瞳も。


 何もかも。


 まるで最初からなかったみたいに。


「……にーさん」


 ぽつり、と。


 小さな声。


 そして。


 トールは泣いた。


 声を殺して。


 小さい子供みたいに。


 僕の服をぎゅっと掴んで。


 泣いた。


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