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黒と白、分けられない者。善と悪の共存ー聖女の母と副団長の父に愛された子供たち、そして“魔王の生まれ変わり”が目覚めるまでの物語ー  作者: ココアバナナ
第四章 崩壊の兆し

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第三十二話 「言えなかったこと」


 トールが泣いた日の夜。


 アークライト家の食卓は、いつもより少しだけ静かだった。


 ……いや。


 静かなのはトールだけだ。


「ねぇトール、これ食べる?」


 メリアが、自分の皿のローストポテトを差し出す。


「……いらない」


「ええっ!? トールがポテトいらないとか重症じゃない!?」


「フレイ……やっぱり昼間のあれ、パパとママに言うべきよ」


「……でも」


 僕は言葉に詰まった。


 昼間。


 学院の屋上で。


 トールは泣きながら言った。


『言わないで』


『父さんと母さん、心配するから』


 ──優しい。


 優しすぎる。


 自分がこんなにも傷ついてるのに。


 まだ他の大好きな誰かのことを考えてる。


「……っ」


 メリアが唇を噛む。


 その時だった。


「何の話?」


 にこやかな声。


 母さんだった。


 隣には父さんもいる。


 父さんは、なぜかじっと僕たちを見ていた。


 ……まずい。


 父さんは鋭いから……。


「いやー? 別に?」


 メリアが不自然なくらい明るく笑う。


「そうか?」


 父さんも、笑った。


 爽やかに。


 でも。


 その目は優しく、そして鋭い。


「メリア」


「な、なに?」


「嘘つくの下手だなぁ」


「うっ」


「父さん」


 慌てて僕が口を挟む。


「本当に、何でもないよ」


「フレイ」


 名前を呼ばれる。


 優しい声。


 でも、逃がさない声だった。


「お前までそんな顔をしてるなんて、何かあったんだろう?」


「……」


 言えない。


 言ったら。


 父さんと母さんは、絶対に傷つく。


 だって、大切な息子が傷つけられたんだから。


「……何でもない」


 絞り出した言葉。


 父さんは少しだけ黙った。


 それから。


「……そうか」


 静かに笑う。


 でも。


 その横で。


 母さんがじっとトールを見ていた。


「トール」


「……なに、母さん」


「今日、何かあった?」


 トールの手がぴくりと止まる。


 食器を持つ指が少しだけ震えた。


「……別に」


 小さな声。


 また、それだ。


 別に。


 何でもない。


 大丈夫。


「……そう」


 母さんはそれ以上聞かなかった。


 でも。


 その深い青の瞳だけが静かに揺れていた。


 夕食の後。


 珍しくトールはすぐに自分の部屋へ戻った。


「……トール」


 メリアがトールを追おうと立ち上がる。


 でも。


「待ちなさい」


 母さんがメリアを呼び止めた。


「貴方たち、何があったの」


 静かな声だった。


 怒ってはいない。


 でも。


 隠せないと分かる声。


「……」


 僕とメリアは顔を見合わせた。


 言わないってトールと約束した。


 でも。


 守る為には言わなきゃ。


 僕とメリアで昼間のことを話した。


 紙のこと。


 言葉のこと。


 トールが“自分は変なんだ”って言ったこと。


 全部。


 話し終わった時。


 しん、と、部屋が静かになった。


「……そう」


 最初に口を開いたのは、母さんだった。


 静かな声。


 でも。


 その手は強く握られている。


「……うちの子に」


 ぽつり、と。


「そんなことを言ったの」


 ひやり、とした。


 空気が。


 一瞬だけ。


 部屋の温度が下がった気がした。


「ミレイユ」


 父さんがそっと母さんの肩を抱く。


 母さんは、はっとしたみたいに目を閉じた。


「……ごめんなさい」


「謝らなくていい」


 父さんの声はいつも以上に優しかった。


 でも。


 そのエメラルドグリーンの瞳が静かに怒っていた。


「……パパ」


 メリアが、小さく呼ぶ。


「どうしよう」


 その声はやっぱり震えていた。


「トールが、どっか行っちゃいそうで……」


 父さんは少しだけ黙った。


 それから。


 ゆっくりと、笑った。


 いつもの。


 僕たちを安心させてくれる笑い方で。


「行かせるわけないだろう?」


「……っ」


「トールは、俺たちの息子だ」


 父さんが立ち上がる。


「少し、話してくる」


「私も行くわ」


 母さんもすぐに立ち上がった。


「二人とも」


 僕は、思わず呼び止める。


「……ちゃんと、言ってあげて」


 父さんと母さんが振り返る。


「トールは、変なんかじゃないって」


 母さんが、少しだけ目を見開く。


 それから。


 ふわりと、優しく笑った。


「当たり前でしょう?」


「そんなこと、この世界の誰が言ったって」


 父さんも、笑う。


「俺たちは絶対に認めない」


 二人が部屋を出ていく。


 その背中を見ながら。


 僕は、少しだけ。


 安心した。


 大丈夫。


 父さんと母さんなら。


 きっと、トールを独りにはしない。


 ……そう、思った。


 その頃。


 トールは、自分の部屋にいた。


 真っ暗な部屋。


 灯りもつけずに。


 ベッドの上で、膝を抱えている。


 窓の外では夜風が揺れていた。


 ノクスが静かにトールの肩に止まる。


「……ノクス」


 小さく、名前を呼ぶ。


「僕、変かな」


 ノクスはただ──


 銀白色の羽をそっと擦り寄せた。


 その時。


 ふと。


 部屋の隅の影が、揺れた。


 ゆらり、と。


 まるで、生きているみたいに。


 トールは、気づかない。


 気づけない。


 でも。


 暗闇の奥で。


 何かが。


 静かに、笑っていた。


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