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黒と白、分けられない者。善と悪の共存ー聖女の母と副団長の父に愛された子供たち、そして“魔王の生まれ変わり”が目覚めるまでの物語ー  作者: ココアバナナ
第四章 崩壊の兆し

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第三十話 「笑わなくなった日」


 最近、トールは笑わなくなった。


 ……いや。


 正確には、“前みたいに”笑わなくなった。


「トール、これ食べる?」


 昼休み。


 メリアが焼き菓子を差し出す。


「アイリーンさんが焼いてくれたやつ!」


 前なら、きっと。


「……いる」


 そう言って、少し嬉しそうに受け取っていた。


 でも。


「……いらない」


 トールは、小さく首を振った。


 メリアの手が止まる。


「え」


「……おなか、すいてない」


 嘘だ。


 分かる。


 だって、トールはお菓子に弱い。


 アイリーンさん特製のクッキーだって、ユリウスの飴だって、メリアが半分くれる焼き菓子だって。


 いつも嬉しそうに食べていた。


 それなのに。


「……そっか」


 メリアは、笑った。


 ちゃんと。


 何でもないみたいに。


 でも。


 その声は、少しだけ寂しそうだった。


 トールは、気づかない。


 ただ静かに、本を開いている。


 最近、ずっとそうだ。


 一人でいることが増えた。


 僕たちといても、どこか遠い。


 ユリウスと話していても、ノクスを抱いていても。


 ふとした瞬間に、何かを考え込むみたいに黙ってしまう。


 ──まるで。


 僕たちのいないところへ、少しずつ行ってしまっているみたいに。


「……フレイ」


 小さな声。


 隣を見ると、メリアが俯いていた。


「なに?」


「トール、最近変」


「……うん」


 否定、できなかった。


「前みたいに笑わないし、なんか……」


 言葉を探すみたいに、唇を噛む。


「遠い」


 その一言が。


 ひどく、痛かった。


 僕も、同じことを思っていたから。


 でも。


「……大丈夫だよ」


 僕は、笑った。


「トールは、トールだから」


 そう言うしかなかった。


 言い聞かせるみたいに。


 その時。


「兄さん」


 不意に、後ろから声がした。


 振り向く。


 トールだった。


 いつの間にか、すぐ後ろに立っている。


「……トール」


「何してるの?」


「えっと……」


 言葉に詰まる。


 メリアが、無理やり笑った。


「べっつにー?」


「……そう」


 トールは、それ以上聞かなかった。


 ただ。


 じっと、僕たちを見ている。


 黒い瞳。


 静かな顔。


 昔なら。


 少し困ったみたいに首を傾げて。


「なに?」


 って、笑ってくれたのに。


 今は。


 何を考えているのか分からない。


「……トール」


 気づけば呼んでいた。


「なに?」


「……何か、あった?」


 聞かなきゃいけないと思った。


 ちゃんと。


 今なら、まだ。


 でも。


「……別に」


 返ってきたのは、それだけだった。


「何もないよ」


 静かな声。


 いつも通りの、優しい声。


 なのに。


 その言葉だけが、どうしても信じられなかった。


「……」


 沈黙が落ちる。


 トールは、ふいと視線を逸らした。


 それから。


「僕、先に帰る」


 ぽつり、と言う。


「えっ?」


「……ひとりになりたい」


 その言葉に。


 僕も、メリアも。


 何も言えなくなった。


 トールは、ゆっくり歩き出す。


 ノクスが、その肩に止まった。


 銀白色の羽が、ふわりと揺れる。


 トールは、振り返らない。


 ただ、そのまま。


 どんどん遠ざかっていく。


「……トール」


 小さく、呟く。


 届かない。


 届くはずなのに。


 今のトールには届かない気がした。


「……やだ」


 隣でメリアが泣きそうな声を出した。


「やだよ、こんなの……」


 拳を握りしめている。


「トールは、ひとりじゃないのに」


「……うん」


「なのに、なんで」


 その時だった。


 ばさり。


 不意にノクスが飛び立った。


「……え?」


 銀白色の羽が、空を切る。


 真っ直ぐ。


 こちらへ。


 そして。


 ぽとり、と。


 僕の膝の上に、小さな何かが落ちた。


「……これ」


 黒い、小さな紙片だった。


 折り畳まれている。


 嫌な予感がした。


 開く。


 そこに書かれていたのは。


『お前は、みんなと違う』


 たった、一行。


 でも。


 それだけで、分かった。


 トールは。


 ずっと、ひとりでこれを見ていたんだ。


「……誰が」


 メリアの声が、震える。


「誰が、こんなの……!」


 ぐしゃり、と紙を握り潰す。


 僕は、立ち上がった。


 遠ざかる背中を見る。


 ──駄目だ。


 ひとりにしちゃいけない。


 そう思った、その時。


「副会長」


 低い声。


 振り向く。


 ユリウスだった。


 いつの間にか、そこに立っている。


 その紫の瞳が、静かに細められていた。


「トールは、今、追われたくありません」


「でも……!」


「分かっています」


 ユリウスは、静かに言う。


 それから、ゆっくりとメリアを見る。


「会長も」


 メリアが、はっと顔を上げた。


「今、追いかければ、トールはもっと自分を隠そうとします」


「……っ」


「だから」


 一瞬だけ。


 その表情が、苦しそうに揺れた。


「今は、まだ」


 その先を、彼は言わなかった。


 言えなかった。


 僕は、遠ざかるトールの背中を見る。


 小さくて。


 細くて。


 ……ひとりだった。


 なのに。


 どうして。


 どうして、こんな時に。


 僕は、追いかけることもできないんだろう。


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