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黒と白、分けられない者。善と悪の共存ー聖女の母と副団長の父に愛された子供たち、そして“魔王の生まれ変わり”が目覚めるまでの物語ー  作者: ココアバナナ
第三章 学院にて、黒は笑う。

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【番外編】「名前の話をしよう」


 夕食の後の屋敷は、穏やかだった。


 談話室の暖炉には火が入っていて、ぱちぱちと薪の爆ぜる音が静かに響いている。


 暖炉の前には、毛足の長い絨毯。


 その上に、メリアとトールは並んで座っていた。


 フレイも二人の傍に座り、本を読んでいる。


「おいしー!」


 メリアが満面の笑みで声を上げる。


 手に持っているのは、優しい甘さの香るフィナンシェだ。


 もちろん、ミレイユが作ったものではない。


 アイリーンから差し入れられたものだ。


 ミレイユの料理は、奇跡を起こす治癒魔法とは別方向に奇跡を起こす。


 食卓に出せるものかどうかは、毎回賭けだ。


「……おいしい」


 メリアの隣でトールも小さく呟く。


 もぐもぐと頬を膨らませて、幸せそうに二個目のフィナンシェに手を伸ばした。


「トール、食べ方が小動物みたい」


「……?」


 メリアに頭を撫でられても、トールはよく分かっていない顔のままだ。


 可愛い。


 あまりにも可愛い。


 ……いや、待て。


 小動物みたいにフィナンシェを頬張る十二歳の息子が可愛すぎるのは当然として、これはちょっと問題では?


 このまま育ったらどうする。


 絶対に悪い虫が寄ってくる。


 十六歳くらいになった頃に「トール先輩って放っておけないよね」とか言いながら近づいてくる不届き者が出てくるに決まっている。


 駄目だ。


 パパは心配過ぎて失禁しそうですっ!


「ルシアン、顔が気持ち悪いわよ」


「ひどくないか?」


 ソファに座る俺の隣で、ミレイユが呆れたように俺を見る。


 彼女は俺の肩にもたれかかりながら、くすくすと笑っていた。


「だって、今絶対ろくでもないこと考えてたでしょう?」


「そんなことないさ」


「嘘ね」


 ……解せない。


 その時。


「……そういえば」


 ふと、メリアが顔を上げた。


「私たちの名前って、どんな由来なの?」


「……名前?」


 思わず聞き返す。


 フレイも、本から顔を上げた。


 トールはフィナンシェを持ったまま、きょとんとこちらを見ている。


「そう!」


 メリアが、ぱっと笑う。


「だって、みんなちょっと珍しいじゃない?」


「メリアに、フレイに、トール」


「……うん」


 トールも、小さく頷いた。


 俺はミレイユと顔を見合わせる。


 それから。


 先に口を開いたのは、ミレイユだった。


「メリアはね、プルメリアのお花から」


「お花?」


「ええ。明るくて、綺麗で、太陽みたいなお花よ」


「へぇー!」


 メリアの目がきらきらと輝く。


「それにね、プルメリアには“大切な人の幸せを願う”って意味もあるの」


「……っ」


 メリアが、ぱちぱちと瞬きをした。


「じゃあ、私、最初からめちゃくちゃ愛されてたのね!」


「当たり前だろう?」


 俺は笑って、娘の頭を撫でる。


「お前が生まれてくるのを、俺たちはずっと楽しみにしていたんだから」


「えへへ……」


 メリアは照れたように笑って、絨毯の上にごろんと転がった。


「じゃあ、僕は?」


 次に聞いたのは、フレイだ。


 俺は少しだけ目を細めた。


「フレイは、豊穣と平和の神様の名前だよ」


「……神様?」


「ああ」


「優しくて、たくさんの人を守る神様だ」


 フレイは少し驚いたような顔をした。


「僕……?」


「そう。お前は昔から優しかったからな」


 小さい頃から、泣いているメリアを慰めて。


 転んだトールを抱き起こして。


 自分が傷ついても、誰かのことを先に考える。


 そんな子だった。


「お前がいると、この家は穏やかになる」


 俺がそう言うと、フレイは少しだけ照れたように視線を逸らした。


「……そんなこと、ないよ」


「あるわよ!」


 メリアが勢いよく起き上がる。


「フレイいると安心するもん!」


「……僕も」


 小さな声。


 トールだった。


「兄さん、やさしい」


 フレイが、ぱちりと瞬きをする。


 それから。


 困ったように笑った。


「……ありがとう」


 そして。


 最後に。


「……僕は?」


 トールが、フィナンシェを両手で持ったまま聞く。


 トール。


 その名前をつけた日のことを、今でも覚えている。


 まだ小さな赤ん坊だったお前を抱いて、俺とミレイユは、何度も何度も話し合って名前を考えた。


 強く育ってほしかった。


 何があっても、自分を見失わない子になってほしかった。


 大切なものを守れる子になってほしかった。


 それは、騎士としての願いだったのかもしれない。


 ミレイユと出会うまで、家のしがらみや期待に縛られていた俺自身が、“誰かを守れる強さ”に憧れていたからか。


 あるいは。


 病弱で、実母を早くに亡くし、父親からの冷遇、継母からの疎外……誰より傷ついてきたミレイユが、自分の子には強く笑っていてほしいと願ったからか。


「トールはね」


 ミレイユが優しく微笑む。


「強い神様の名前よ」


「……つよい?」


「ええ」


 俺は頷く。


「雷を落として、嵐から人を守る神様だ」


「すごい……」


 トールの目が、少しだけ丸くなる。


「でもな」


 俺は、絨毯の上にしゃがみ込んだ。


 トールと目線を合わせる。


「俺たちが、お前に願った“強さ”は、剣が強いとか、魔法が強いとか、そういうことじゃない」


「……?」


「誰かを傷つけるためじゃなくて」


 そっと、トールの頭を撫でる。


「大事な人を守れるように」


「どんな嵐にも負けないように」


「優しくて、強い子になりますようにって」


 トールは、きょとんとしていた。


 俺の言葉を、一つ一つゆっくり考えるみたいに。


 それから。


「……まもる?」


「そう」


 ミレイユが優しく笑う。


「貴方はね、昔からちゃんと守れる子よ」


「転んだ私に、ハンカチ持ってきてくれたし!」


「僕が熱を出した時もずっと隣にいてくれた」


「……ノクスが怪我した時も、泣いてたわねぇ」


 みんなが口々に言う。


 トールは目を丸くして、それから少しだけ俯いた。


 耳が、赤い。


「……僕、やさしい?」


「優しいよ」


 即答だった。


 トールはしばらく黙っていた。


 それから。


 少し照れたみたいに。


 ふわりと笑った。


「……へへ」


 その笑顔を見て俺はミレイユの手を握る。


 彼女も静かに握り返した。


 暖炉の火が、ぱちりと音を立てる。


 穏やかな夜だった。


 子供たちは笑っている。


 この家は、幸せだった。


 俺たちは、信じていた。


 どんな未来が来ても。


 この子はきっと、大丈夫だと。


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