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黒と白、分けられない者。善と悪の共存ー聖女の母と副団長の父に愛された子供たち、そして“魔王の生まれ変わり”が目覚めるまでの物語ー  作者: ココアバナナ
第三章 学院にて、黒は笑う。

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第二十九話 「それは、初めての“怒り”だった。」


 ──昼休み。


 中庭のベンチには、いつもの四人がいた。


 メリアは生徒会の書類を広げながら「なんで会長がこんな量やるのよ……!」と騒ぎ、僕はその隣で手伝っている。


 少し離れた場所では、トールとユリウスが並んで本を読んでいた。


 トールの肩には、小さな銀白色の鳥が止まっている。


 月羽鳥(ルナフェザー)


 月明かりの下で生まれると言われる、小さな魔鳥だ。


 魔力に敏感で、人の“本質”を見抜く。


 気性は荒く、警戒心も強い。


 少しでも禍々しいものや、恐ろしいものを感じれば、すぐに逃げる。


 ──なのに。


 その子は、初めて会った時からずっとトールのそばにいた。


 まだトールとユリウスが仲良くなったばかりの頃。


 学院の森で見つけたその鳥は、誰にも懐かないことで有名だった。


 先生ですら近寄れなくて、捕まえようとした上級生を盛大につついて泣かせたくらいだ。


 なのに、その子は。


「……?」


 木の下にしゃがみ込んでいたトールの肩に、自分からひらりと止まった。


 あの時のことを僕は今でも覚えている。


「えっ」


「ええっ!?」


「なんでよ!!」


 僕とメリアが叫んで、ユリウスだけが静かに「そういうこともあります」と言った。


 全然、そういうことじゃなかった。


 月羽鳥は人を選ぶ。


 しかも、本質を見抜いて。


 トールは、優しい。


 家族が好きで、ユリウスが好きで、ノクスのことだって、誰より大事にしている。


 ──でも


 時々、ほんの一瞬だけ。


 トールの奥に、“何か別のもの”がいる気がする。


 ノクスだけは。


 その“何か”ごと、最初から受け入れているみたいだった。


「……ノクス」


 トールが、小さく呼ぶ。


 ノクス──それが、その子の名前だ。


 ユリウスが付けた。


『古い言葉で、“夜”です』


 そう言って。


 トールは嬉しそうにその名前を呼ぶようになった。


「ぴぃ」


 ノクスがトールの肩の上で鳴く。


 トールは少しだけ笑った。


 ……その笑顔が、好きだ。


 ユリウスといる時も。


 ノクスといる時も。


 トールは安心した顔をする。


 だから。


 今日も、いつも通りだと思っていた。


「──ねぇ」


 不意に、メリアが顔を上げる。


「トール、今日は静かすぎない?」


「え?」


 言われて、そちらを見る。


 トールは本を閉じたまま、じっと一点を見ていた。


 視線の先。


 そこには、学院の裏庭へ続く石畳の道。


 そして──


「……あ」


 小さく、声が漏れる。


 一年の男子生徒だ。


 その子がノクスを追い回していた。


「待てって!」


「ぴぃっ!」


 ぱたぱたと羽ばたいて逃げる。


 でも、相手は面白がっているだけだった。


「変な鳥だな!」


「やめなさい!」


 メリアが立ち上がる。


 でも。


「……だめ」


 その前に、トールが立ち上がった。


 僕は息を呑む。


 普段、トールは怒らない。


 怒る時だって、困ったみたいに眉を下げるだけで。


 こんなふうに低い声を出したことなんて、一度もなかった。


「……返して」


 静かな声。


 男子生徒が振り返る。


 いつの間にかノクスは捕まっていた。


 小さな身体を乱暴に掴まれて、苦しそうに羽をばたつかせている。


「やだよ。だって、こいつお前のだろ?」


「……」


「お前も、この鳥も、なんか気味悪いし」


 その瞬間。


 ぞわり、と。


 空気が、冷えた。


「……っ」


 思わず背筋が震える。


 見ればメリアも顔を強張らせていた。


 ユリウスだけが、静かに目を細める。


 トールが、俯いている。


 黒い前髪の奥で、表情が見えない。


「……トール」


 呼ぶ。


 でも。


 返事は、なかった。


 代わりに。


「返して」


 もう一度。


 さっきより、低い声。


 びくり、と男子生徒の肩が跳ねる。


「な、なんだよ……!」


 その時だった。


 ばちんっ!!


 男子生徒の手からノクスが逃げ出した。


「うわっ!?」


 何かに弾かれたみたいに、その手が大きく後ろへ振られる。


 でも。


 誰も、動いていない。


 僕も、メリアも。


 ユリウスも。


 そして、トールも。


 ノクスは一直線にトールのところへ飛んでいく。


「ぴぃ……」


「……ごめん」


 トールがそっと抱きしめる。


 震えていた。


 ノクスも。


 ……トールも。


「……トール?」


 近づく。


 その肩が、小さく震えている。


「……僕の、大事な子なのに」


 ぽつり。


「なんで」


 ぎゅ、と。


 ノクスを抱く腕に力が入る。


「なんで、そんなことするの」


 その声は、怒っているというより。


 傷ついていた。


 泣きそうなくらい。


「トール……」


「だって」


 顔を上げる。


 黒い瞳。


 その奥に。


 一瞬だけ。


 紅が、揺れた。


「……っ!」


 僕の心臓がどくんと鳴る。


 でも。


 次の瞬間には、消えていた。


 いつもの黒い瞳。


 トールは何も気づいていないみたいに、ぎゅっとノクスを抱きしめている。


「……お前、なに今の……」


 男子生徒が怯えた顔で後ずさる。


「行くわよ」


 メリアが冷たく言った。


「二度とトールにも、ノクスにも近づかないで」


「ひっ……」


 男子生徒は逃げるように走っていく。


 静かになる。


 風が吹く。


 トールはまだノクスを抱いたままだった。


「……ノクス」


「ぴぃ」


 小さく鳴いて、ノクスがトールの頬に頭を擦り寄せる。


 トールが、少しだけ目を丸くする。


「……僕、怖くない?」


 ぽつり、と。


 小さな声。


 胸が痛くなる。


 でも。


 ノクスは迷わなかった。


「ぴぃ!」


 まるで怒るみたいに鳴いて、トールの肩によじ登る。


 それから、黒い髪に頭をぐりぐり押しつけた。


「……ふふ」


 トールが少しだけ笑う。


「……そっか」


 その顔は。


 少しだけ、泣きそうだった。


 ……やっぱり。


 ノクスだけは。


 最初からずっと。


 トールを怖がってはいないんだ。


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