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黒と白、分けられない者。善と悪の共存ー聖女の母と副団長の父に愛された子供たち、そして“魔王の生まれ変わり”が目覚めるまでの物語ー  作者: ココアバナナ
第三章 学院にて、黒は笑う。

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第二十四話 「その子だけは、怖がらなかった。」


 昼休みの終わり。


 あのあと、空気はなんとなく重かった。


 さっきまでトールの周りにいた人たちも、少し距離を取っている。


 誰も、悪気があるわけじゃない。


 でも。


 無意識に、一歩。


 ほんの少しだけ、離れる。


「……」


 トールは、何も言わなかった。


 黒猫を抱いたまま、静かに窓の外を見ている。


 いつもと変わらない顔。


 ……でも。


 僕には、分かる。


 少しだけ。


 ほんの少しだけ、傷ついてる。


「トール」


「……兄さん」


「放課後、一緒に帰ろう」


「うん」


 小さく笑う。


 その笑顔に、少しだけ安心した。


 ──その時だった。


「失礼」


 静かな声。


 振り向く。


 教室の入口に、一人の男子生徒が立っていた。


 知らない顔だ。


 淡い銀の髪。


 胸元の校章は、一年。


 でも、見覚えがある。


「あ」


 メリアが、小さく声を上げた。


「生徒会補佐の……」


「ユリウス・アインズワースです」


 男子生徒は、ぺこりと頭を下げた。


「会長に頼まれて、入学者名簿を届けに来ました」


「……ああ、あなたね」


 メリアが頷く。


 たしか。


 最近、生徒会の雑務を手伝ってくれている一年生だ。


 成績優秀。


 でも、人付き合いはあまり得意じゃないって聞いた。


「机に置いておいて」


「はい」


 ユリウスは、静かに教室に入ってくる。


 そのまま。


 まっすぐ、トールの前を通った。


 ……止まらない。


 距離も取らない。


 何も変わらない。


 それだけで、僕は少し驚いた。


 メリアも、同じだったらしい。


「……あれ」


「?」


「あなた、怖くないの?」


 思わず、メリアが聞いた。


 ユリウスは、きょとんとした。


「何がですか?」


「え」


「……?」


 本当に、分かっていない顔。


 トールも、少しだけ目を丸くしている。


 ユリウスは、首を傾げたまま、トールを見た。


「……猫」


「え?」


「その子、可愛いですね」


 黒猫に向かって、そっと手を伸ばす。


 いつもなら。


 この黒猫は、トール以外には近づかない。


 メリアが触ろうとした時なんて、三メートルくらい逃げたのに。


 でも。


 黒猫は、逃げなかった。


「……にゃ」


 むしろ。


 自分から、ユリウスの指に額を擦り寄せた。


「はぁ!?」


 メリアが叫ぶ。


「なんで!?」


「……?」


 ユリウスは、本気で不思議そうだった。


「懐っこい子ですね」


「懐っこくない!!」


 メリアが机を叩く。


「私、嫌われ続けてるんだけど!?」


「姉さん、うるさい」


「うるさくない!!」


 珍しく。


 トールが、少しだけ笑った。


 その顔を見て。


 胸の奥が少しだけ軽くなる。


「……兄さん」


「ん?」


「この人、変」


「えっ」


 ユリウスが固まった。


「トール!?」


「だって、怖くないみたい」


 まっすぐな声。


 ユリウスは、ぱちぱちと瞬きをしたあと。


 少しだけ、困ったように笑った。


「……すみません。昔から、そういうの鈍いんです」


「そういうの?」


「人が怖がってるとか、嫌がってるとか。あまり、分からなくて」


 さらり、と。


 でも。


 その言葉に、僕は引っかかった。


 違う。


 この人は“鈍い”んじゃない。


 多分。


 トールの中にある何かを。


 感じ取れない。


 ……いや。


 もしかしたら。


 感じ取っても、怖くならない人なのかもしれない。


「……兄さん?」


「なんでもない」


 考えすぎだ。


 そう、自分に言い聞かせる。


 でも。


 トールの顔は、さっきまでより少しだけ明るかった。


「……ユリウス」


「はい?」


「また、来て」


 ぽつり。


 トールが言った。


 教室が、静かになる。


 トールから、自分で誰かにそう言うなんて、珍しい。


 ユリウスも、少し驚いたみたいだった。


 でも。


「はい」


 優しく笑う。


「また来ます」


 その瞬間。


 トールが、ほんの少しだけ。


 嬉しそうに笑った。


 ……ああ。


 駄目だ。


 そんな顔、されたら。


 僕まで、嬉しくなってしまう。


 たとえ。


 この出会いが、後から何かを変えるものだったとしても。


 この時の僕は、まだ。


 その意味を、知らなかった。


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