第二十三話 「無意識は、嘘をつけない。」
「トールくん、一緒に帰ろー!」
「今日、売店のプリン買えた?」
「ねえ、その黒猫また抱っこしていい!?」
……トールの周りには、いつも人がいた。
特に女子。
なんでだろう。
いや、分かる。
分かるけど。
なんでだろう。
「兄さん」
昼休み。
女子に囲まれたまま、トールがこっちを見た。
「助けて」
「自分でなんとかして」
「冷たい……」
むすっ、とした顔。
でも、その瞬間。
「かわいい!!」
「今の顔、見た!?」
「ずるい!!」
女子たちが、きゃあきゃあ騒ぎ出す。
……なんなんだろう、あれ。
「ふふん」
隣で、メリアが腕を組んでいた。
「当然よね」
「なにが」
「うちの弟が可愛いのは当然だもの!」
すごく誇らしげだった。
いや、うん。
分かる。
トールは可愛い。
昔から、ずっと。
でも。
「トールくんって、眠そうな顔してるのに、たまに笑うとずるいよねー」
「わかる!」
「あと、黒猫抱いてるの似合いすぎ!」
「……あったかい」
トールの膝の上では、あの黒猫が丸くなっている。
完全に懐いていた。
昼休みになると、どこからともなく現れて当然みたいにトールの膝に乗る。
メリアなんて、いまだに一回も触らせてもらえていないのに。
「なんでトールばっかり!!」
悔しそうだった。
「姉さん、怖い」
「怖くない!!」
その時。
「トールくん」
一人の女子が、少しだけ頬を赤くしながら前に出た。
同じ一年の子だ。
緊張したみたいに、手を伸ばす。
「その……黒髪、きれいだね」
「……?」
トールが、きょとんと首をかしげる。
女子の手が、そっと。
トールの髪に触れようとして──
「……っ!」
ぴたり、と止まった。
「え……?」
女子が、目を見開く。
伸ばした手が、小さく震えていた。
「どうしたの?」
周りが、不思議そうに見る。
「わ、私……」
女子は、自分の手を見た。
それから。
トールを見て。
さっと、顔色を変えた。
「ご、ごめん……!」
弾かれたみたいに、後ろへ下がる。
「え?」
「なんか、急に……」
その声は、震えていた。
本人も、訳が分からないみたいに。
「ご、ごめんなさい……!」
そう言って、逃げるみたいに走っていってしまった。
しん、と。
一瞬だけ、周囲が静かになる。
「……なに、今」
「分かんない……」
ざわ、と空気が揺れた。
トールは、何も言わない。
ただ。
少しだけ、傷ついたみたいな顔をしていた。
「……僕、なにかした?」
ぽつり。
小さな声。
胸が、ぎゅっと痛くなる。
「してない!」
メリアが、すぐにトールの前に立った。
「トールは何も悪くない!」
「……でも」
「でもじゃない!」
怒っている。
あの女子に、じゃない。
トールを傷つけた“何か”に。
僕も、分かってる。
あの子は悪くない。
怖がろうとしたわけじゃない。
でも。
無意識は、嘘をつけない。
動物たちみたいに。
光の生き物たちみたいに。
人だって、本当は気づいてしまう。
トールの中にいる“何か”を。
「……兄さん」
トールが、僕を見る。
不安そうに。
泣きそうな顔で。
「僕、変……?」
「っ」
言葉に、詰まる。
違う。
変なんかじゃない。
お前は、僕の弟だ。
優しくて。
可愛くて。
大好きで。
……でも。
その奥に、何かがいる。
僕だけが知っている。
僕だけが、見てしまっている。
「……変じゃない」
だから、また。
嘘をつく。
「トールは、トールだよ」
その言葉に、トールは少しだけ安心したみたいに笑った。
でも。
その笑顔を見ながら。
僕は、ひどいことを考えてしまった。
──もし、いつか。
誰も、トールに触れられなくなったら。
その時。
僕は、どうするんだろう。




